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第七十六話 結局の負け戦

「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ」


中元が俺と五百城に、わざとらしく声をかける。


「中元さん、かっわいいー。似合ってる」


五百城が中元を褒める。


「えへへ。五百城先輩も着ます? 絶対似合いますよ」


あ、それは俺も見たい。


「えーやだ。恥ずかしいじゃん」


「こんなにかわいいのにー。とりあえず、入ってください」


中元が、五百城の手を引き、教室の中に入れた。


教室の入口にはレースのカーテンみたいな布が垂れていて、至る所にポップな手書きの看板が掛かっていた。


目に入ってくる全てがピンクだ。


俺と五百城は、椅子に座らされた。


「あらためましてー」


五百城が中元を見ながら小さく拍手をしている。


「お帰りなさいませっ、ご主人さまっ」


破壊力抜群の妹顔だ。そして、完璧な角度で頭を下げる。


「何をご所望でしょうか?」


「へぇ、本格的やねんな。なにがあんの?」


「食べものはありませんね。雰囲気だけです」


一瞬真顔になった中元が笑う。


「こちらが当店のメニューになります」


小さなホワイトボードに、メニューが並ぶ。


『チェキ撮影』

『テーブルゲーム対決』

『萌え萌えドリンク』

『クッキーの萌え合わせ』


ベッタベタなクオリティやな。


「あ、じゃあ私、チェキ撮りたい。想い出!」


「承りました」


中元は姿勢良くお辞儀をすると、裏にはけた。


「なーんか嫌な予感せーへん?」


「そう?」


中元が戻ってきた。レースのカチューシャをふたつ持って。


「これ、俺もすんの?」


「そうです。恥ずかしがってはメイドはできません」


そう言って、俺の頭と五百城の頭にカチューシャを付けた。


五百城が中元と腕を組んで真ん中に、俺は五百城の隣に立った。


「もっと寄ってくださーい」


メイド服を着たカメラ係の男子が言う。


五百城が、俺の腕を引っ張って寄せようとした。俺は一瞬躊躇して体を固めた。


「これ、恥ずかしいなぁ」


そう言ってごまかした。


中元のメイド喫茶を出ると、五百城は、撮ってもらったチェキを満足そうに眺めた。


「なんか私、これ、嬉しいかも」


「……」


「あ、日菜子ちゃんと海斗くん、今、公演中じゃない?」


「え? そうだっけ」


俺はスマホを見た。紗奈の演奏もそろそろだ。


「ね、急ごう」


五百城に手首を掴まれ、走って第二体育館に入った。


窓には暗幕がかかっていて、舞台の上だけが明るかった。客席の前の方は、うちのクラスの連中で埋まっている。


「いよっ! 村人B! おっとこまえー」


クラスの一軍たちの声がする。


「無事か! 今助ける」


松田だ。やたらイケメンの村人Bだ。


「ありがとう、村人B。主人公が弱すぎるの」


村人Bが、ゴブリンを退治していく。


「もう大丈夫だ。そなた、名をなんと申す」


時代劇なのか?


「わたしは村人A。作者にそう名付けられたの」


客席から、笑いが起こる。


「まて、主人公はどこにいる?」


村人Aが、倒れた人を指さす。村人Bがそこに駆け寄る。


「あああ、すまん。村人Bなのに、また主人公を倒してしまった」


客席から、また、笑いが起こる。


脚本を書いたクラスメイトに敬意を表する。


「これ、もはや松田と上川の喜劇になってへんか?」


五百城に小声で言う。


「いいじゃん。ふたりとも楽しそう」


そう言う五百城も楽しそうだ。


「あのさ、今、紗奈が演奏してんねん。俺ちょっと見に行ってくる」


俺は、五百城を誘わなかった。


ほんの少しだけ間が空いた。


「わかった。その後、どうする?」


「そろそろ交代した方がええやろ。直でタコ焼きに戻るわ」


「じゃあ、私もこれ観終わったら戻るね」


「ほな、あとでな」


俺は第二体育館を出た。渡り廊下に出た瞬間、太陽の光が眩しく目が痛くなった。


第一体育館に近づくと、管楽器の音が漏れ聞こえていた。


体育館の中は人だらけで、座る席は残っておらず、俺は後ろの方から立ってステージを眺めていた。


左後方、上から二段目で、紗奈がホルンを吹いている。


紗奈と出会って七年目だけど、紗奈の演奏を聴くのは初めてだった。


少しの嬉しさと少しの寂しさを同時に感じた。


紗奈に手を振ろうか迷って止めて、動画を撮ろうかと思って迷って止めて、結局、何もせずに、最後まで演奏を聴いた。


大きな拍手が体育館に響き渡った。


「うわ! やばっ。時間経ち過ぎた」


慌てて、体育館を出て剣道部のタコ焼き屋台に戻った。


行列はまだ途切れていなかった。


五百城は先に戻っていて、レジ係をしていた。


「ごめん。遅れた。代わるよ」


俺は、藪から竹串を受け取った。


「うっす。さすがに疲れました」


ずっと火の前に立っていたからか、藪の顔は汗だくだった。


「たぶん二倍速にはなるから、村上も休んで大丈夫」


「まじですか? イケます?」


「関西人なめんなや」


頭を真っ白にしたかった。俺は一心不乱にタコ焼きを焼いて回し続けた。


十五時を過ぎた頃には、列に並ぶ人の数が減ってきた。かなり捌いたつもりだった。だけど、昼を過ぎてから、タコせんとタコ串に集中していた。


残り三十分で、材料はまだ二〇〇個分以上余っていた。


みんなの顔に疲労が見えていた。


「あと三十分。最後まで気合を入れよう! 声を出して呼び込もう」


清水が発破をかけた。


学園ドラマなら、ここでみんなが息を吹き返す。


だけど、呼応する声は上がらなかった。


「……なぁ清水、もうええんちゃうか?」


「でも、これだと儲けがでないだろ? お前、二千個さばくって言っただろ?」


「まぁなぁ。せやけど、ま、負けかな」


俺は手を止めた。


ホットプレートの上にはまだタコ焼きが一面残っていた。


「千八百個売れたなら、大大、大成功でしょ」


眉毛が消えた佐々木が言った。パイプ椅子で休んでいた渡辺が小さく笑った。久保も、レジ箱を閉めて微笑んだ。


天かすを握る藪も、串にタコ焼きを刺す村上も笑って佐々木を見た。


手にメニュー表を持つ五百城も笑って俺を見た。


「でもまぁ、主将が言うなら、最後までやり切ろうか」


佐々木のその一言で、止まったみんなが動き出した。


清水だけが、少し遅れて頷いた。


結局、百五十個ほどを残して、模擬店は閉店を迎えた。


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