第七十五話 お揃いの顔文字
文化祭当日の朝。校門には、ベニヤと段ボールで作ったアーチが立っている。
昇降口の鏡の前に、女子が三人並んでいた。
ひとりは前髪を指でつまみ、ひとりは友達の目尻にラメを乗せている。もうひとりはなにしてるんだろう。
その横を、文化祭実行委員の腕章をつけた三年が、透明のゴミ袋を両手に抱えて走っていた。
教室に荷物だけ置いて、剣道部のタコ焼きの屋台に向かう。外注しただけあって、立派な暖簾。誰が持ってきたか知らないけど、昨日までなかった小さな黒板のメニューボード。
「大西くん、これ着て」
佐々木が俺に青色Tシャツを渡してきた。広げると『KENDO TAKOYAKI』の文字が描かれていた。その下の『(´・ω・`)』は、なんだろう。
「せっかくだからお揃いTシャツ作った。一枚二千五百円」
「え? ほな……」
「うん。完売しても一万五千円だねー」
佐々木が笑いながら言う。
「デザインは……?」
渡辺が頭を下げて、手を上げた。
「みんなで決めたんだ。もうお金はいいから、楽しもうって」
俺は自分を指差した。
「ん? みんな? 俺は?」
「大西くんを驚かせたくて。その顔は、大西くんのつもり」
佐々木は軽く笑って言った。
俺はTシャツを見たまましばらく固まっていた。嬉しかった。
ぽんと、佐々木に背中を叩かれた。
「ほら、早く着替えて、食材切ってよ」
その様子を、五百城が少し遠くから笑顔で眺めていた。
キャベツをざく切りにして、みじん切りカッターに放り込む。紐を引っ張り刃をビュンビュン回す。中身を袋に入れる。その繰り返し。
「これ、めっちゃ楽やん」
予備に一玉だけ残し、残り五玉はみじん切りカッターにかける。十五分もしないうちに、全部細かい緑になった。
文明の勝利やな。
粉は本物の屋台を真似て、ポリバケツで作る。キャベツの水分を考慮して少し硬め。
四十五リットルのバケツになみなみで、ちょうど二千個分。
あとはタコを刻む。
『ボイルカットたこ 2〜3g 1kg 約400粒』
刻む必要がなかった。
「なぁ、佐々木、もうやることなくなったんやけど」
そう言うと、佐々木がニヤリとした。
「そうだね。大西の仕事はもう終わり」
「なんやそれ」
俺は、そこにあったパイプ椅子に腰かけた。
開店二十分前。ここから入口の門が見える。
門の外にはもう人が待っている。
藪と村上が最初のタコ焼きを焼きだした。
「動線確認。焼き上がったら私に渡す。私が、パック、タコせん、串刺し。凪ちゃんが、商品渡してレジ。オッケー?」
「「「オッケー!」」」
「清水ー。号令出してー」
佐々木が叫ぶ。
「とうとう当日を迎え――」
佐々木が清水を丸めたパンフレットで叩く。
「だから長い!」
清水の姿勢が伸びた。
「今日は売り切ろう!」
「「「はいっ!」」」
全員がポジションに付いた。
俺のポジション、パイプ椅子。
うん。まさにモブポジション。ここが落ち着く。
門が開いた。人がぞろぞろと入ってくる。
「焼きたてのタコ焼きいかがですか~。タコせんもタコ串もありますよ~」
少し高く通る声が、歩く人の足を遅くする。そして、声の主を見て止まる。
五百城の効果だ。
もう見慣れてしまったけど、やっぱりどう見ても美人の部類だ。
焼けたタコ焼きがどんどんとホットプレートに置かれていく。
佐々木が、手際よくタコ焼きを捌く。
タコ焼きは、パックされたり、エビ煎餅に挟まれたり、串に刺されたり。
タコ焼きも大変やな。
二人目の呼び込み久保が進化していた。声がいつもより一段高い。
「剣道部のタコ焼き、美味しいですよぉ~」
そして語尾が上がっている。
こいつ中元ポジションを狙ってやがる……
「大西くん! キャベツ、天かす、ショウガ撒いて!」
佐々木から命令が飛んできた。
なるほど……『食材係』な。
空いたパイプ椅子には清水が座った。
一時間後には行列ができ始めた。
「うん。流れができたみたい」
佐々木が言った。
「大西くんと美月ちゃん、先に、一緒に回って来てよ。戻ってきたら交代ね」
「いや、今、客増えたのに大丈夫か?」
「だからチャンスなんじゃん。行列あれば、映えの呼び込み必要ないから」
「……なるほど。頭ええな」
妙に納得した。
「てことで、ローテするよー! 萌香、呼び込みから、レジ。凪ちゃん、食材撒き。清水くんは、萌香に代わって呼び込みね」
清水が反応しない。
「しーみーずー! よーびーこーみー!」
パイプ椅子に座っていた清水が、いきなり指名されて驚いた。
「え? 俺、監督じゃないの?」
「なに言ってんの? こんなに人がいるんだよ。目立つよ。自分が主将だって示すチャンスだよ」
佐々木が清水を煽る。
「なるほど。よっしゃ」
清水が勢いよく屋台の前に飛び出した。
佐々木の掌握術に感動する。
「伊織くん、行こっか。さっと回ってきて、交代しようよ」
「せやな」
これで、ふたりずつ休憩できる。そのための仕事のない監督。ひとり多めの呼び込み。
すげぇな、佐々木。
俺と五百城は、行列ができる屋台を置いて、校内へと入った。
校舎に入れば、焼きそば、クレープ、チョコバナナ。どこを歩いても、甘いか濃いかの匂いがする。
喧騒は外とあまり変わらない。学校なのに、年配の方がたくさん目に入る。
すれ違う人たちの目が、俺と五百城を見ているような気がした。
「なぁ、五百城。これさ、なんかペアルックに見えるんちゃうん?」
「文化祭だもん。みんなお揃いだよ」
五百城は気にする風もなく笑う。
「伊織くん、あれ、中元さんじゃない?」
廊下の向こうに、メイド服が似合いすぎている妹顔が見えた。
「見にいこっ」
五百城が俺の袖を少し引っ張る。
どうしても人の目が気になってしまう。
心臓は別の意味でうるさくなった。




