第七十三話 つもりがない
朝起きると、紗奈からメッセージが返ってきていた。
〈ありがとう〉
それだけだったけど、妙に安心できた。
登校してすぐに清水の教室で、清水と文化祭について話をした。
「何がどこまで進んでんの?」
清水は無言で紙の束を見せてきた。
「…………」
出せる言葉が何もなかった。
タコ焼きの機材はレンタルしておらず、家庭用のホットプレート二台を誰かの家から借りていた。しかも、延長ケーブルの長さも足りない。
料理器具に至っては全て借りる前提になっていた。材料の発注だけが終わっていた。冷凍タコ焼きではなく、粉から作る。
「えーと……何個を予定してるん?」
「二千個」
「おけ。それをホットプレート二台で焼く……と」
清水は何も言わない。
「それ、無理やろ」
少し黙って口を開いた。
「だから練習してたんだけど?」
アホか、と言う言葉を飲み込んだ。
「で、俺は何したらいいん?」
清水は黙っている。
「めんどくさいからはっきり言うわ。利益捨てや。せやないと無理ちゃうか? 楽しみたいだけなら、それでええやんか」
それでも清水は黙っている。さすがにイラついてきた。
「あんなぁ、お前はマジで何したいねん」
少し声が大きくなった。清水が答えた。
「お前はいいよな。五百城のおかげで女子が味方になるからな」
「は? 関係ないやん。あいつらに巻き込まれて、こないなってんねん。タコ焼きとか焼きたないわ」
また清水が黙った。
「お前、もうええわ。とりあえず二千個さばく。そんでええやろ」
俺は自分の教室に戻った。
放課後、俺はランニングをせずに道場前に向かった。文化祭組が集まっていて、清水が腕組みをして待っていた。
俺はみんなの前で言った。
「えーと……外注しよう。機材も看板も、もう今から準備する時間ない」
全員が俺の顔を見た。
「機材レンタルはもう無理やから、ガスのタコ焼き機を二つ買う。暖簾と看板はネットで発注。それでもギリや」
誰も何も発言しない。ただ俺の顔を見続ける。
「利益は下がって、二千個全部売れても、四万円くらい。でも、カラオケ行くには十分やろ」
俺は昨日調べた模擬店の工程をスマホで見ながら言った。
「あと、火使うから、消防への届け出も要る。これも日程ギリギリや」
みんな、互いに顔を見合わせ、時々、清水を見た。俺はひとつため息をついた。
佐々木が口火を切った。
「誰がいつまでに何をするか決めようよ。間に合わせよう。せっかくなら、楽しもうよ」
なんとか進んだ。佐々木に感謝。
道場に入ってホワイトボードに役割、担当者、期限が書かれていく。
ホッとして、俺は議論の輪から少し離れて、それを見ていた。
「伊織くんの一言で進んだね」
五百城が俺のところにやってきた。
「や、これは佐々木のおかげでしょ。剣道下手やけど、キャプテンシーは最高ちゃうか?」
「そういう言い回し、伊織くんぽいね」
「なんやそれ」
「んー、たとえば……清水くんをどう思う?」
「めんどくさいヤツやけど、あいつなりに頑張ってんちゃう?」
「ほら! けなしたあとでも褒めるよね?」
気にしたこともなかった。
「そんなつもりないで。イラつくもんはイラつく」
五百城が頷いた。そして言葉を置いた。
「つもりがないのが、伊織くんだね」
「……こんなん関西人のクセやで」
この日から、文化祭組も手が空いてる人は稽古に参加し、道場の玄関には、暖簾や看板、食材が積み重ねられていた。
文化祭一週間前となり、短縮授業となった。いよいよ学校全体が文化祭仕様に変わっていく。
剣道部も道場の庇の下で、模擬店のリハーサルをすることにした。
机を置いて、その上にタコ焼き器二台とホットプレートを準備した。
「えーと、ガスで焼くのはそのまま提供。ホットプレートで保温して、タコせんとタコ串に回す」
清水が予定表を見ながら言う。
「焼き係やりたい人、挙手をお願いします」
誰も手を挙げない。
「あのねー、それがダメなんだって」
佐々木が強い口調で清水に言った。
「清水が監督するなら、実働九人しかいないんでしょ」
そして、紙を見ながら読み上げた。
「各台に一人ずつ、パック、レジ、食材準備、呼び込みが二人で、もう九人じゃん」
みんなが佐々木に注目する。
「それなら――」
一年男子の藪が続いた。
「人前に立つのは女子の方がいいよね。あと配置も変えません?」
藪がタコ焼き台が並んだテーブルに向かう。
「すぐ提供できるホットプレートは手前。ガスは後ろ……」
しゃべりながら、机の配置を変えていく。
一年男子の村上がホワイトボードを持ってきて、二年女子の久保がそこに当日の係と機材配置を記録していく。
食材の確認、当日の流れ、どんどん話が進んでいく。ホワイトボードが埋まっていく。
清水は腕組みをしてそれを眺める。
『食材 大西』
『呼び込み 五百城』
俺と五百城の名が、ホワイトボードにいつの間にか書き込まれていた。
見映えの良い五百城が呼び込み係なのは分かるが、大阪出身の自分は焼き係に回されると思っていた。
「さぁ、明日から本番想定の練習に入るよー。みんな、自分の仕事を忘れないように」
夜までかかったリハーサルは清水の言葉で締められた。




