↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/81

第六十八話 言葉通りじゃない

この高校には、修学旅行の余韻を生徒に感じさせる優しさがない。


すぐに中間テスト期間が始まった。


「大西、赤点どれくらいの予定?」


休み時間に上川が聞いてくる。


「半分程度に抑えたい」


「落第ってあったっけ?」


「制度的には。補習受ければ、だいたいなんとかなるで」


「さすが常習犯。わたし、今まで赤点なんてなかったもんなー」


「あ、そやっけ?」


「うん。今回、ちょっと浮かれ過ぎてた。修学旅行で」


ちらっと見えた上川のスマホの待ち受けは、USJで撮った四人の写真になっていた。


「だいじょうぶ。ソースは俺。落第してへん」


「あはは、そだね。そうそう最近、紗奈ちゃん来ないけどなんかあった?」


修学旅行以降、紗奈はランチタイムにも来なくなった。LINEで聞いても、部活としか言ってこなかった。


「全日本まで吹奏楽忙しいみたいやで。でも、ちょっと心配やし、今度、家に凸ってくるわ」


「お願いねー。紗奈ちゃんいないとさみしいもん」


確かに紗奈のいないランチタイムは、上川がずっとしゃべっている。こいつと同じ速度で突っこめるのは紗奈くらいだ。


次の日の朝、俺は紗奈の家の前で待つことにした。いつもは紗奈が待ってくれていた。


「伊織? おはよう。どうしたの?」


「最近来ないから、なんかあったかなって」


「心配?」


「や、心配ってほどじゃ……いや心配か」


「んー、だいじょぶ。ありがと」


「そか。ほな良かった。みんな心配してたよ」


紗奈は少し目を背けた。


「……うん。じゃ、学校いこっか」


紗奈は駅に向かって歩き出した。


「あ、そうそう。これ」


俺はボブとスチュアートのペアキーチェーンを渡した。


「紗奈、ミニオン好きやったやろ。お土産」


「え? そんなの覚えてた?」


「小学生の頃やったから、今興味あるか知らんけどな。思い出したから。そろそろ誕生日やし、プレゼント代わりや」


紗奈は顔を背けた。


「どした? え? ええっ?」


紗奈は涙を流していた。


「ちょ……なんでやねん?」


俺は何をどうしたら良いか分からずに、両手を宙ぶらりんに止めたままになった。


「なんでもない。伊織のせいじゃない。なんか懐かしくて」


「……それならええけど」


紗奈はペアキーチェーンを眺め、何も言わずスチュアートを俺に返してきた。


「ん? なに?」


「これは伊織の分だよ」


「ボブとスチュアートって二個ペアじゃないの?」


「違うよ。ケビンとかティムとかいろいろ」


「へぇ……」


「スチュアートは伊織が持っててよ」


そう言って、スチュアートを左手に握らされた。


「うん。今までで一番嬉しかったかも」


「それならよかっ――」


「だから、片方は持っててよ」


「……あ、うん。わかった」


紗奈が元気じゃないのは、明らかだった。でも、元気を見せようとしてるのも分かった。


ふたりで、いつもと同じように電車に乗り、いつもと同じように学校に向かう。


避けられてるわけでもない。壁があるわけでもない。ただいつもより一歩だけ、離れている気がした。


「じゃ、みんなによろしくね」


俺の教室の前で紗奈はそう言った。きっと言葉通りじゃない。でも俺には、言葉の裏にある紗奈の気持ちは分からなかった。


その日の放課後、俺は竹刀を持って道場に向かった。打ち込みでもして気を晴らそうとした。


道場の入り口に着くと、中に人の気配がした。テスト期間は部活がないはずだ。


こんなときは、だいたいあいつがいる。


中に入ってみると、ジャージ姿で竹刀を振る中元がいた。


「おつかれー」


中元が竹刀を止めて振り向いた。


「あ、伊織先輩、おつかれさまですー」


かなり汗をかいている。どれだけ素振りしたんだ?


「部活休みなのに素振りしてんの? えらいな」


「そんなんじゃないですよ。体動かさないと気持ち悪くて」


「あー、それはわかるなぁ」


俺は話しながら、打ち込み台をセットした。


「じゃあ、今日は、先輩もですか?」


竹刀を左手だけで持って、振りかぶる。


「いや、単純に何かを叩きたかった」


まっすぐ竹刀を振り下ろす。


パーンッ


甲高い音が、道場内を木霊した。


「へー、先輩でも、ご機嫌ななめさんな時あるんですねー」


もう一度、左手だけで振りかぶる。


「ご機嫌ななめというより、頭ぐっちゃぐちゃ?」


まっすぐ竹刀を振り下ろす。また、甲高い音が、道場内を木霊する。


「……修学旅行で何かあったんですね」


「あったんかなぁ?」


打ち込みをしながら会話を続けた。


「ひとごとですね〜」


「どないなんやろな?」


「あ、良いアイデアがあります!」


「なに? 一応聞いとく」


「わたしと付き合いましょう!」


竹刀が頭上で止まった。


「はい?」


「そしたら、気が沈む瞬間すらなくなりますよ」


俺は黙って、打ち込み台を片付けた。


「中元」


「はい」


「ありがとう」


中元は姿勢を正して微笑んだ。それからゆっくり頭を下げた。


帰宅すると、リビングのテーブルの上で、埴輪が誇らしげに、部屋の明かりを跳ね返していた。


親父がその埴輪と対面しながら、晩酌をしている。


「伊織、これ俺やろ。センスあるな」


親父が埴輪を手に取り、自分の頭を撫でながら言った。相変わらず顔を見せないで話す。


「おとん、もう飲んどんかいな?」


「今日はええやろ。お祝いや」


「なんかあったっけ?」


「お前と暮らし始めた記念日や」


嫌いになって別れたわけじゃないんやろな。


「……そか、そやな。あと三年したら、晩酌付き合うたるわ」


「おう。さっさと飯食って風呂はいれ」


キッチンには、親父が作った立派なチキンライス定食が用意されていた。



―― 第四部 完 ――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。