第六十七話 つるつるの埴輪
高校二年生。修学旅行。ホテルじゃなく旅館。あまりにもテンプレすぎる。
大部屋に集まって、朝まで恋やら夢やらを話しつくす。それが青春。
俺は大部屋ではなく三人部屋で、ルームメイトは、相変わらず安達と江口。
このふたりには申し訳ないが、彼らが陽キャでないことがありがたかった。
俺が風呂から上がってきたときには、安達と江口も寝ていた。気兼ねすることなく、俺も寝れた。
次に目を開けた時には、もう朝だった。
スマホには紗奈からのメッセージが届いていた。
〈起きてる?〉
八時間以上前だけど、返しておこう。
〈今は起きてる〉
既読もつかず、返事もこなかった。
朝ご飯を食べに宴会場に向かう途中、後ろから松田が元気にやってきた。
「おはよう。伊織、なんで昨日こなかったんだよ?」
「俺、モブや。夜は寝るんや」
「昨日のテンションはどこいった?」
「昨日は昨日、今日は今日。あー、サボりたい」
ブッフェ形式の朝ご飯。目の前は、皿に料理を山盛りにして食べる高校生で溢れていた。
俺はおにぎり一個とコーヒーだけ持って、ロビーで食べた。
ひとりになりたかった。
昨日は興奮気味だったから、あっさりと流してしまった。だけど、ループというのは受け入れがたい。
答えなんて出るわけもなく、時間だけが過ぎていく。
バスに乗せられ、百舌鳥・古市古墳群へ。
古墳なんて、近くで見るとただの小さな山だ。入口の広場で整列させられている時、パタパタと音が聞こえた。空を見ると、ヘリコプターが頭上を旋回していた。
「……上から見ないと、全体は見えへんわいな」
愚痴がぽろっと出た。
「――はい、解散。十三時には戻って来いよー」
みんなが一斉に散りだした。
「ん? あれ? どした?」
取り残された。
「伊織くん、どうする?」
五百城が聞いてきた。
「え? 聞いてなかった」
「見学する人は先生についていく。あとは、散策してもいいし、お土産見てもいいし。この辺から離れなければ、三時間自由だって」
「まだ理解できない。いいのそれ?」
「しおり読んでないの? で、伊織くんのご予定は?」
「読むわけない。松田と上川は?」
「レンタサイクルして古墳カレー食べに行くって。ノリノリで」
話しているうちに、広場には俺と五百城だけになっていた。
「……なるほどな。こりゃどないしましょかね?」
言い方が変だったのか、五百城が笑い出した。
「伊織くんって、ほんっと焦らないよねー」
「焦る理由ないやん。せやけど、ここで三時間なにしろ言うねん?」
俺が愚痴を言った時、五百城が、一枚のパンフレットを見せてきた。
『小さなお子様も大人も。埴輪づくり体験』
おお、手作り感満載のパンフやな。
「いや、なんかもう予想できるな」
「うん。埴輪つくろ」
「……んー、断る理由が思いつかへん」
「じゃ、決まりね」
俺とは対照的に、五百城はとにかく笑顔だ。昨日の顔はなんだったんだ。
パンフレットの地図を見る。今は、応神天皇陵古墳の前にいる。地図を見ながら道路を歩いた。
同じ高校のやつらが、いっぱいだ。
考えることはみんな同じで、結構な人が埴輪づくり体験に集まっていた。
「みんな、そんなに埴輪作りたいんか? 古墳見いひんのか?」
そんな愚痴を言いながらも、内心はありがたかった。
ここだけで九〇分は潰せる。
大勢の同級生たちと、教室に入っていくと、机の上には板と粘土の塊と、木べらが人数分並べられていた。部屋には土の匂いが残っている。
係の人が前で作り方を説明してくれる。
粘土を伸ばす。輪にする。積む。ならす。
それを繰り返す。
ひたすら地味だ。
「なんかさ、埴輪の顔ってかわいいよね。丸みっつ」
手本の埴輪を見ながら、五百城が言う。
「それは否定しない。絶対に万博のミャクミャク作ったヤツおるやろな」
「あー、いそういそう」
土をコネながら、くだらない話をする。意外と癒される。
だいたい目立ちたがりは、ここでアヒルのオマルを作る。偏見だ。
俺にそんな気はない。凝る気もない。
ひたすら、水でつるつるにしていた。
「伊織くん、なんかそれスゴイかも。光ってるよ」
五百城が笑う。
「いや、これに、目と口の穴あければ、ほら」
つるつるの表面に、丸い穴を三つ開けて、その真ん中に鼻となる棒を置いた。
それを見た五百城はもう、笑いが止まらなくなっていた。
「あははは、その顔」
俺は五百城の作品を見た。馬だ。たぶん、馬だ。
「五百城のそれ、馬やんな」
「そだよ」
「いや、なんつーか。上手いわけでも、下手なわけでも……」
「なに? どういうこと?」
「いや、ほら、中途半端つーか。ネタにならんつーか」
五百城が頬を膨らませるのを初めて見た。
「これでいいじゃん」
五百城は、俺の埴輪を自分の馬に乗せた。
「はに……は……埴輪の王子様。光りすぎ。だめ、おもしろすぎる」
ひとりでツボに入って笑っている。
最後に名前を書いた紙を添えて、係の人に渡す。焼き上がるのは後日らしい。
「あ、日菜子ちゃんが、一緒に古墳カレー食べよう、だって」
「興味はある」
「じゃあ、いこー!」
この日、五百城はずっと機嫌が良かった。
帰りの新幹線は……静かだった。
みんな寝ていた。そりゃ、そうだろな。
そう思いつつも、俺自身もすぐに寝てしまい、起きたときにはもう、降りる直前だった。
駅でみんなを並べて、先生がお決まりの文句を言う。定番の光景だ。
「あー、今日はここで解散だ。帰るまでが修学旅行。事故などに気を付けて帰るように」
いつも思う。「など」ってなんや? 事故以外を教えてほしい。
五百城たちとはそこで別れ、俺は最寄り駅が同じ紗奈と帰るつもりだった。
だけど、解散して紗奈を探しても、紗奈はもういなかった。
修学旅行のテンションで友達と帰ったんやろな。そんな風に思っていた。
五百城も松田も上川も、もう帰っていた。
俺はひとり残された。
いつもなら喜ぶべき状況なのに、この時の俺は、消化しきれない何かを感じていた。




