↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
65/81

第六十五話 ショップの前のベンチにて

ショップに入ると、上川はすぐ足を止めた。


「あ、これかわいい。こっちもかわいい」


ぬいぐるみ、キーホルダー、カチューシャ。買わずに、スマホで撮っていく。松田はその横につき合い、時々呼ばれては、少しかがんで画面を覗いた。五百城は少し離れた棚で、のんびり商品を見ている。


二十分が、あっという間に過ぎた。


「やっば! もう行かないと!」


上川が松田の袖を引っ張り、ショップの外へ飛び出していく。


空はまだ明るい。建物の色も、人の顔も、はっきり見える。上川のエルモは朝より少しへたっていて、松田のシャツには水の跡が残り、五百城のカチューシャは最初より丁寧に直されている。


「LINE送るねー!」


そう言いながら、上川と松田は走っていった。


大股で進む松田の隣を、華奢なエルモが小股で必死に追いかけている。


その後ろ姿を見て、少し笑みが漏れた。


ふと気づいた。


五百城が残っている。


「あれ? 行かんでええん?」


「うん。ほら、日菜子ちゃん……たぶん、ね」


「……なるほどね」


俺は周りを見渡し、目に入ったキッチンカーでラテをふたつ買った。それをひとつ五百城に渡した。


「ちょい座らん? 正直、足死んでるわ」


「立ちっぱなしだもんね。私も疲れたー」


近くのベンチに並んで座った。目の前を、カチューシャをつけた女子、土産袋を持った男子、私服の高校生たちが、話しながら次々に通っていく。


五百城がラテを両手で包む。


「あー、足パンッパン。でも、楽しかったねー」


「楽しかったな。でも、明日はまた見学や。あれはつまらへん」


「あはは、伊織くん、じっとしてらんないもんね」


「でも、今日はほんま楽しかった。この班で良かったわ」


「うん」


五百城は前を向いたまま、少しだけ目を細めた。


「私も初めて伊織くんと一緒に回れて、楽しかった」


この言い方に、何度目かの引っかかりを感じた。


『初めて』ってなんや?


「あのさ、五百城……」


ラテの蓋の小さな穴から、湯気が揺れて上がっている。


「なに?」


五百城は笑顔のまま、俺の方を向いた。


「……いや、やっぱりいいや」


「えー、なんで? 言ってよー。なに~?」


いつもより、少しだけ言い方が柔らかい。五百城もテンション上がってるんやろな。


聞かない方が良いと思った。だけど、俺は聞いてしまった。


好奇心が恐怖に勝ってしまった。


「俺さ、前に五百城と会ったことある? 覚えてへんのやけど」


五百城が固まった。


笑顔がゆっくり消えていく。視線が下がり、カップを持つ指に少し力が入った。やがて五百城は手で口元を覆った。


「……あ」


一瞬、俺の方を振り向き、また下を向いた。


しばらくそのまま時間が過ぎた。目の前では高校生たちが次々に通り過ぎていく。袋の擦れる音と、興奮した話し声だけが耳に残った。


「……信じてもらえないかもしれないけど」


五百城が口を開いた。俺はカップを握り直した。


「うん」


「私ね……」


五百城がひとつ、大きく息を吐く。


「私、ループしてるかもしれない」


持っていたカップが、ぐしゃっと鳴った。


「え? は? えぇ?」


慌てて力を抜く。蓋の端からラテが少し滲んでいた。


「そうだよね。そうなるよね」


五百城が寂しそうに笑う。


「ちゃう。ちゃうけど、さすがにびっくりした」


ベンチから立って、二、三度深呼吸してから、また五百城の隣に座った。


「……よし、受け入れ準備はできた。というより、少し納得できた」


「え?」


「五百城って、何か知ってそうな感じやったやん。ループって言われたら、あ、そうって思うわ」


「でも、ほんとはわからない」


五百城の肩が少し震えだした。


「ある日起きたら、四月の転校した日の朝になってる。過ごした時間は夢で、起きてからが現実。そんな感じ。だからループしてるってのも夢なのかも」


「なるほどなー」


平坦に返す俺を、五百城が眺める。


「ただの妄想かも知れないし……」


「妄想だとしても、なんか五百城、怖がってるやん」


五百城はしばらく間を置いてから、小さく頷いた。


「……うん」


「ほな、ま、怖い時は言うてみてや。何ができるかしらんけどな」


「え?」


「や、だって俺からしたら、五百城は目の前の五百城だけやん。なんも変わらへん」


五百城が真っすぐ俺を見てきた。俺は目線を外さないように必死だった。


「もう半年も五百城見てきたやん。少しはわかってやれる……気もするやん」


五百城の目が潤んだ。


その時、スマホがブブッと震えた。画面を見ると、列に並んで待っている二人のツーショットと、お土産リストが並んでいた。


「ごめん。しんみりしてもた。さ、買い物行こう」


ベンチから立ち上がろうとした瞬間、五百城が横から抱きついてきた。


持っていたカップが手から落ちる。俺はそのまま、ベンチに倒れるように座り直した。


「ちょっ、ちょっと、なに?」


通り過ぎる高校生たちが、こちらを見ながら歩いていく。俺は顔を隠すようにキャップを深くかぶった。


「ありがとう……」


声が震えていた。


「ありがとう……ありがとう」


小さく何度も言う。五百城の心臓の音が、こっちまで伝わってくる。たぶん俺の心臓の音も、五百城に伝わっている。


「……わかったって。人見てるって。勘違いされるってば」


俺がそう言うと、五百城はハッとしたように離れた。


涙を手で拭いて、慌てて周りを見る。


「あ、ごめん。そだよね。どうしよ……」


俺は落ちたカップを拾い、近くのゴミ箱へ持っていった。戻ってくると、五百城はまだベンチに座ったまま下を向いていた。


「んー、そんときは必死に言い訳しよや。なんとかなるなる」


そう言って、笑いながら立った。


「はよ買いに行かな、バス行ってまうで」


五百城は座ったまま、少しの間俺の手を見ていた。


「そだね」


そう言って、俺の手をそっと取った。その手はもう震えていなかった。俺が引くと、五百城は立ち上がった。


結んだ手は、すぐに離れた。二人並んで、混雑するショップの中へ戻っていく。


その時の俺は、五百城が見られる側の人間であることを、すっかり忘れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。