第六十四話 時間が足りない
大きな音を立てて、プテラノドンが人を乗せて頭上を飛んでいく。
レールの鳴る音が近づいた瞬間、大きな悲鳴が通り過ぎ、列のあちこちで会話が途切れる。
上川はエルモのフードを押さえて空を見上げ、五百城も松田も同じ方を見ていた。
「次は、ジュラシック・パークだろ? バイオハザード、何時だっけ?」
「十六時半。帰りギリギリ」
「んー、マリオとハリポタ、二つは無理だな」
「ショーとかどうしよ? 海斗くん、見る派?」
上川と松田が楽しそうだ。それほど小さくない上川でも、松田相手だと見上げることになる。その顔がすっと横を向いた。
「美月ちゃんはどうしたい?」
「私は来たことあるから、ふたりにまかせる。行きたいとしたら、ハリー・ポッターの方かな」
「大西は?」
「俺、だいたい行ったことあるしなぁ。上川と松田のデートに付き合うで」
上川が嬉しそうに笑った。
明日、頬が筋肉痛になるんちゃうか?
フライング・ダイナソーは、相変わらず衝撃的だった。
足が地面から浮いたら、身体が前へ倒れる。地面が顔の下へ回り、そのうち空が見える。
風が目を開ける邪魔をする。五百城の声が隣で跳ねた。上川の笑い声は途中で悲鳴に変わり、松田も何か叫んでいた。俺も叫んだ。
降りたあと、喉の奥が震えていて、地に足がついていない。出口の写真モニターには、困り顔で笑う五百城が写っていた。
上川は目をつむって首をすくめ、松田は口を開けたまま笑っていた。俺は、子どもの顔に戻っていた。
「いい写真だね」
モニターの前で、五百城が言う。
「思い出に買っとく?」
「ううん。高いもん。こういうのは、もう少し大人になってから」
五百城がスマホを取り出した。
「私たちはこれで十分。はい、集まって」
ここでもまたセルフィーを撮った。
そのまま隣のジュラシック・パークの時間だけ確認して、小走りでハリー・ポッターの方へ向かう。
「はい、ジョーズ!」
通り道での写真撮影は忘れない。ジョーズなのに、なぜか怪獣のポーズをしてしまった。
「アミティ、空いてるかも。乗っとく?」
「後回しにしない? 先に城の方行こうよ」
上川と松田の主導で進んでいく。俺と五百城は後ろから付いていく。時々、五百城と顔を見合わせる。
アミティの横を抜けると、世界が急に変わる。木の影が増え、パークの音が後ろへ下がっていった。
白く雪の乗った屋根が見え、曲がった煙突の奥にホグワーツ城が立っている。五百城の歩幅が、そこで少し遅くなった。
「……すごい。映画そのままだね」
声は小さかった。上川がすぐにスマホを構えて、五百城を撮りだした。
「なになに?」
「美月ちゃん、絵になるなーって」
「この風景にエルモは、浮いてんもんな」
暗い窓には、四人の姿が歪んで映っていた。赤いエルモが異様に映えている。
「ハロウィンだー」
エルモが両手を広げる。コウモリの羽根にジャック・オー・ランタン。どこもかしこも、黒と紫とオレンジだ。
城に入るために、また並ぶ。並んだら、アプリで待ち時間をチェックする。話す。スマホで写真を撮る。
アトラクションの乗車時間なんて、一瞬だ。この待っている時間が、俺は楽しかった。
ホグワーツ城を出たころには、もう昼を少し過ぎていた。
バタービールをみんなで一つだけ買って、泡を口につけて写真を撮り合っているとき、上川が不満げに言った。
「十七時までとか、時間足りなくない? ホラーナイトまでいたかった」
ふと、口から言葉が出た。
「また次来たいと思えるくらいが丁度ええんとちゃうん? 大人になった時の楽しみや」
上川が目を真ん丸に開いて俺を見た。
「大西。過去いち、いいこと言った。これも魔法?」
「なんでやねん」
笑顔をやめられなかった。
「メシ、どうする? どっか入る? 俺、寝坊して朝メシ食ってない」
松田が腹をさすりながら言った。
「あ、俺もや。腹減ったな」
キッチンカーが目に入った。上川が指さす。
「わたし、あれでいいかな。ご飯より、乗り物乗りたい」
「それ賛成。骨付き肉とか、ちょいちょいつまめば十分」
俺らはキッチンカーでホットドッグと飲み物だけ買って、それを歩きながら食べた。
ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドの時間を押さえてから、またジョーズに戻る。アミティ号に乗ってサメを倒したら、急いでジュラシック・パークへ行く流れになった。
戻ってくる高校生たちの前髪が濡れている。
「これ、濡れるで。エルモどうするん?」
「ぬぅ。ここはあきらめか」
上川はそそくさとエルモを脱いで、パーカーを羽織った。
ボートが落ちる場所は分かっている。ガタンと音がした瞬間に、わざとらしく悲鳴を上げる。
「「「キャー」」」
思っていた場所とは違うところから水しぶきが飛んできた。
五百城のカチューシャに細かい水滴がつく。松田のシャツにも濡れた跡が広がる。上川は左半分がしっとりしていた。
降りてから、上川は揺れた萌え袖を五百城に見せた。五百城は前髪を払って笑い、松田はシャツの濡れたところを見下ろしていた。
また走ってハリウッド・ドリーム・ザ・ライドに乗って、スマホの時計を見ると、もう十六時だった。
「えー、時間ぜんぜん足りないよー」
上川がエルモに着替えながら言う。
「お土産はどうする?」
松田が聞いた。
「あ! 忘れてた! 行く。三十分に命かける」
俺は少し上を見て考えていた。
「あのさ、俺、怖いの嫌い。ぶっちゃけ、バイオ行きたない」
「えー、つまんないよー」
「まぁ、聞け。今から土産物見る。写真撮れ。バイオ並んでる間に、欲しいものLINEで送れ。俺、買っといたる」
「さすがにそれは悪いよ。一緒に怖がろうよ」
俺はキャップのツバに手を当てた。
「これのお礼させてや。三人で楽しんできや」
上川がものすごい笑顔になった。松田もその上川を見て笑っている。五百城だけは驚いたような顔で俺を見ていた。
「伊織くん? なんか変?」
「なにが?」
「え、なんか、なんて言うんだろ?」
五百城が困っている。言いたいことは少し分かる。俺が自分から何かするとか珍しい――そんなことだろう。
「や、気分ええからな」
俺はキャップを少しだけ深く被り直した。みんなの先頭に立ち、正面ゲート付近のショップに向かった。




