↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
63/81

第六十三話 エルモの早歩き

あと十五分でUSJの門が開く。もはや、尻を地に付けている人はいない。誰しもが今か今かと待ち構えている。


ここで上川が、リュックを開けだした。


中からエルモの着ぐるみを取り出した。周囲の目が上川に集まる。


上川はそんなことは気にしない。パーカーを脱いで、せっせと着ぐるみに包まれる。


こいつ、このためのリュック、そして、薄着だったのか。


「ふっふーん」


鼻歌を歌いながら、リュックの中に手を伸ばす。


「はい」


「はい」


と、五百城と松田にハロウィン仕様のカチューシャを付けた。少し身を引いてふたりを眺める。


「うん、よし、かわいい」


さらに、リュックの奥をまさぐる。


「大西にもあるよー」


DJゲンガーのキャップを被せられた。


「被り物と迷ったんだけどねー。リュックに入んなかったんだ」


松田も五百城も、カチューシャに手を置き固まっている。俺は被らされたキャップを脱いで、それを見ながら言った。


「上川、これどうしたん?」


上川は俺の手からキャップを奪い、また俺に被せた。


「楽しみ過ぎて、ポチっちゃった。どうせならみんなの分も……って」


「ええ? ほなお金払うわ。高いやろこれ」


「いーの。わたしが勝手に買ったんだもん。わたしのために」


「そんなん言っても――」


松田が俺の肩に手を置いた。


「日菜ちゃん、ありがとな。今日は、お昼奢らせてな」


上川は目をこれでもかと細めた。五百城が上川に言う。


「でも、日菜子ちゃん。やっぱり――」


「美月ちゃん、シャーラーップ!」


五百城が分かりやすく驚いた。


「ほんっとにいいの! わたしのためなの。高校二年は人生で一回なの!」


その言葉に少し、ほんの少しだけ、心が揺れた。込み上げるものがあった。


「せやな、上川。ありがとな。でも、やっぱり後でお金払わせてや。そうじゃないと、俺らも楽しめへん」


「……うん、わかった。ごめん。ありがと」


時計を見た。あと三分。鼓動が速くなってきた。どうせ走ると叱られる。なのに、走りたい衝動が止まらない。


「伊織くん、走ったらダメだよ。また怒られるよ?」


先に止められた。


「だから、門をくぐってから、みんなで走ろ」


五百城も上川に毒されたらしい。もうずっと頬が緩みっぱなしだ。


「はーい。順番に入れよー。走るなよー」


狭い団体用の入り口に、二列で並んで入っていく。門を過ぎた人たちから、どんどん走っていく。


「あー、先並ばれちゃうよー」


そう言いながら、着ぐるみのエルモが地団駄を踏む。俺も尻の下のあたりがムズムズする。


先生の「走るなよ」が、もはや号砲だった。


前の列が門を抜ける。次の列も抜ける。ついに俺たちの番が来た。


チケットをかざし、ピロンと音が鳴った瞬間、上川が小さく跳ねた。


「行くよ!」


「走るなと言ってるだろ!」


先生が叫ぶ。


「走ってない! これは早歩き!」


上川、俺と同類やってんな。


着ぐるみのエルモが、高速で歩き出した。袖も裾も赤い毛が揺れている。


「日菜ちゃん、転ぶなよ!」


「転ばない!」


松田が笑いながら追いかける。五百城もカチューシャを片手で押さえながら、小走りでついていく。


俺も走った。いや、これは早歩きだ。もはやどうでもいい。


もう全部がうるさかった。


音楽が鳴っている。どこかで誰かが歓声を上げている。知らない外国人のスタッフが、やたら明るい声で手を振っている。


「まず、整理券! バイオハザード!」


上川が脇目も振らずに走っていく。着ぐるみのくせに速い。松田はついて行くが、俺と五百城は置いていかれた。


やっと追いついたと思ったら、


「整理券ゲットできた! 次はフライングダイナソー!」


そう言って、上川はまた走り出した。ところがミニオンのモニュメントの前で急に止まった。


「なんや?」


「写真! まず写真!」


「走るんちゃうんかい」


「ここは外せない! 美月ちゃん、こっち!」


上川が五百城の腕を引いた。


五百城は少しよろけて、それでも笑っていた。頬が緩んだまま戻らない。ハロウィンのカチューシャを直しながら、上川の隣に立つ。


「海斗くんも大西も!」


松田が俺の背中を押す。


近くにいた同じ学校の女子に上川がスマホを渡し、俺たちはミニオンの前に並ばされた。


上川が真ん中に入りたがるかと思ったら、五百城の肩を押して真ん中に立たせた。自分はその隣で、エルモのフードを脱いだ。


俺と松田はその両端に立った。


「大西、ゲンガー見えるようにしてよー!」


「はいはい」


スマホを構えた女子が笑った。


「撮りまーす」


上川が「いえーい」と言った。五百城もつられてピースをした。松田はいい笑顔だった。


俺も、自然に笑顔になった。


写真を撮り終えると、上川がすぐに画面を確認する。


「うん。さいこーの写真! よし、いこう!」


上川が五百城の手首を掴んで走っていく。五百城は俺たちの方を見ながら引っ張られていく。


俺と松田は、笑いながらそれを追う。俺はキャップのつばを少しだけ上げた。


全力で向かったつもりだったが、待ち時間はすでに四十分に延びていた。


並んでいる間も、上川が公式アプリで、他のアトラクションの待ち時間を確認していた。


「整理券があるのとないのがあるんだよねー。なんかもう一個くらい整理券取っとけば良かったかなー」


上川が口をすぼめて言う。五百城がまだ息が整ってないまま言った。


「ううん。みんなで並んでるだけでも、なんか楽しくない?」


「そだねー。雰囲気楽しもう! ありがとう、美月ちゃん」


上川がスマホを自分に向けた。


「みんな、寄って寄ってー。……はい、チーズ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。