第六十三話 エルモの早歩き
あと十五分でUSJの門が開く。もはや、尻を地に付けている人はいない。誰しもが今か今かと待ち構えている。
ここで上川が、リュックを開けだした。
中からエルモの着ぐるみを取り出した。周囲の目が上川に集まる。
上川はそんなことは気にしない。パーカーを脱いで、せっせと着ぐるみに包まれる。
こいつ、このためのリュック、そして、薄着だったのか。
「ふっふーん」
鼻歌を歌いながら、リュックの中に手を伸ばす。
「はい」
「はい」
と、五百城と松田にハロウィン仕様のカチューシャを付けた。少し身を引いてふたりを眺める。
「うん、よし、かわいい」
さらに、リュックの奥をまさぐる。
「大西にもあるよー」
DJゲンガーのキャップを被せられた。
「被り物と迷ったんだけどねー。リュックに入んなかったんだ」
松田も五百城も、カチューシャに手を置き固まっている。俺は被らされたキャップを脱いで、それを見ながら言った。
「上川、これどうしたん?」
上川は俺の手からキャップを奪い、また俺に被せた。
「楽しみ過ぎて、ポチっちゃった。どうせならみんなの分も……って」
「ええ? ほなお金払うわ。高いやろこれ」
「いーの。わたしが勝手に買ったんだもん。わたしのために」
「そんなん言っても――」
松田が俺の肩に手を置いた。
「日菜ちゃん、ありがとな。今日は、お昼奢らせてな」
上川は目をこれでもかと細めた。五百城が上川に言う。
「でも、日菜子ちゃん。やっぱり――」
「美月ちゃん、シャーラーップ!」
五百城が分かりやすく驚いた。
「ほんっとにいいの! わたしのためなの。高校二年は人生で一回なの!」
その言葉に少し、ほんの少しだけ、心が揺れた。込み上げるものがあった。
「せやな、上川。ありがとな。でも、やっぱり後でお金払わせてや。そうじゃないと、俺らも楽しめへん」
「……うん、わかった。ごめん。ありがと」
時計を見た。あと三分。鼓動が速くなってきた。どうせ走ると叱られる。なのに、走りたい衝動が止まらない。
「伊織くん、走ったらダメだよ。また怒られるよ?」
先に止められた。
「だから、門をくぐってから、みんなで走ろ」
五百城も上川に毒されたらしい。もうずっと頬が緩みっぱなしだ。
「はーい。順番に入れよー。走るなよー」
狭い団体用の入り口に、二列で並んで入っていく。門を過ぎた人たちから、どんどん走っていく。
「あー、先並ばれちゃうよー」
そう言いながら、着ぐるみのエルモが地団駄を踏む。俺も尻の下のあたりがムズムズする。
先生の「走るなよ」が、もはや号砲だった。
前の列が門を抜ける。次の列も抜ける。ついに俺たちの番が来た。
チケットをかざし、ピロンと音が鳴った瞬間、上川が小さく跳ねた。
「行くよ!」
「走るなと言ってるだろ!」
先生が叫ぶ。
「走ってない! これは早歩き!」
上川、俺と同類やってんな。
着ぐるみのエルモが、高速で歩き出した。袖も裾も赤い毛が揺れている。
「日菜ちゃん、転ぶなよ!」
「転ばない!」
松田が笑いながら追いかける。五百城もカチューシャを片手で押さえながら、小走りでついていく。
俺も走った。いや、これは早歩きだ。もはやどうでもいい。
もう全部がうるさかった。
音楽が鳴っている。どこかで誰かが歓声を上げている。知らない外国人のスタッフが、やたら明るい声で手を振っている。
「まず、整理券! バイオハザード!」
上川が脇目も振らずに走っていく。着ぐるみのくせに速い。松田はついて行くが、俺と五百城は置いていかれた。
やっと追いついたと思ったら、
「整理券ゲットできた! 次はフライングダイナソー!」
そう言って、上川はまた走り出した。ところがミニオンのモニュメントの前で急に止まった。
「なんや?」
「写真! まず写真!」
「走るんちゃうんかい」
「ここは外せない! 美月ちゃん、こっち!」
上川が五百城の腕を引いた。
五百城は少しよろけて、それでも笑っていた。頬が緩んだまま戻らない。ハロウィンのカチューシャを直しながら、上川の隣に立つ。
「海斗くんも大西も!」
松田が俺の背中を押す。
近くにいた同じ学校の女子に上川がスマホを渡し、俺たちはミニオンの前に並ばされた。
上川が真ん中に入りたがるかと思ったら、五百城の肩を押して真ん中に立たせた。自分はその隣で、エルモのフードを脱いだ。
俺と松田はその両端に立った。
「大西、ゲンガー見えるようにしてよー!」
「はいはい」
スマホを構えた女子が笑った。
「撮りまーす」
上川が「いえーい」と言った。五百城もつられてピースをした。松田はいい笑顔だった。
俺も、自然に笑顔になった。
写真を撮り終えると、上川がすぐに画面を確認する。
「うん。さいこーの写真! よし、いこう!」
上川が五百城の手首を掴んで走っていく。五百城は俺たちの方を見ながら引っ張られていく。
俺と松田は、笑いながらそれを追う。俺はキャップのつばを少しだけ上げた。
全力で向かったつもりだったが、待ち時間はすでに四十分に延びていた。
並んでいる間も、上川が公式アプリで、他のアトラクションの待ち時間を確認していた。
「整理券があるのとないのがあるんだよねー。なんかもう一個くらい整理券取っとけば良かったかなー」
上川が口をすぼめて言う。五百城がまだ息が整ってないまま言った。
「ううん。みんなで並んでるだけでも、なんか楽しくない?」
「そだねー。雰囲気楽しもう! ありがとう、美月ちゃん」
上川がスマホを自分に向けた。
「みんな、寄って寄ってー。……はい、チーズ」




