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第五十九話 初デート、らしい

修学旅行を控えた土曜の朝、枕元のスマホのバイブがしつこく、それで起こされた。


着信元は紗奈だった。


「もしもしー。昨日ゲームしすぎて、まだ眠いんやけど」


「伊織、服買いに行くよ。修学旅行用に」


「女の服とかわからへんで」


「なに言ってんの? 伊織のだよ?」


ベッドから出て、話しながら一階に降りた。親父はもう仕事に出ていた。


「俺の? おとんのパクれば十分やがな」


コーヒーメーカーにスイッチを入れた。少ししてポコポコと小さな音が聞こえた。


「ダメだって。わたしが、おじさんに頼まれたの。せっかくだから、伊織の服見てあげて欲しいって」


あくびが出る。


「あぁん? おとんが?」


キッチンの上に封筒があった。中を見てみると一万円札が二枚。


「あたしも少し見たいし、一時間後に駅集合で」


「ちょ……勝手に」


切れた。紗奈の押しの強さは、全く衰えない。


立ったままコーヒーを一口飲んだ。


「そもそも、今日着る服もないけどな」


マグカップから上がる湯気が、今日は少し揺れ過ぎな気がした。


紗奈に連れられて向かった駅ビルの二階は、修学旅行前の高校生でやたら混んでいた。


「考えてることはみんな一緒やな」


「だね」


服屋の入口には、マネキンがベージュのニットを着て、ありもしない秋風を受けている顔をしている。


「伊織、こっち」


紗奈が迷いなく店に入っていく。


俺は入口で一度止まった。


「なぁ、これ、俺が選ぶん? 難易度高すぎやねんけど」


「そう? 適当に着て似合ってたら買えばいいじゃん」


「流行りとか知らへんし、紗奈、わかるん?」


「男物なんてわかるわけないじゃん」


「ええー」


帰りたくなってきた。


「伊織、素材いいから、何でも似合うって。ほら入ろ」


紗奈に手を引かれて、店の中に入った。


紗奈は何やら、キョロキョロと店の中を見渡した。


「なにしてんの?」


「とりあえず、マネキンのコーデ見て、頭の中で伊織に似合うか考えて、似合いそうなら、その商品の棚を探す」


すげぇ。なんだそのスキル。


紗奈は籠を持ってきて、そこに迷いなく服を投入していく。俺はただ見てるだけ。


「十月だからねー。夕方、羽織れるものも必要だよねー」


独り言を言いながら、服を広げては俺の胸元に当てる。なんだか、ひとりで楽しそうだ。


「よし、こんなもんかな。試着室いくよー」


籠の中が服で一杯になっていた。


「こんなに着るんか?」


「そうだよ。ここで気に入らなかったら二軒目いくよ」


それはいやや。はよ終わらせたい。


試着室に入って、紗奈が選んだ服に着替える。鏡を見ても自分ではよく分からない。カーテンを開けて、紗奈に見せる。


「あらま、かっこいいじゃん」


なんやその言い方。パシャっとスマホで写真を撮られる。


「ね、ね、他のも着てよ」


背中を押されて、試着室に戻された。


いろんな服を着た。どうやら、紗奈は、ワイドパンツが好きなようだ。履いてみたズボンの全てが太かった。


カーテンを開けるたびに、紗奈はいちいち反応して、写真を撮る。


「いーねいーね」


「似合ってるよー」


「もっと上目使いで。そうそう」


変な方向に向かってる気もした。


全ての試着を終えたころには、俺のヒットポイントはほぼゼロになっていた。


「伊織、おつかれー。全部似合ってたじゃん」


なんか、久しぶりに紗奈の満面の笑みを見た気がする。


「さ、一旦出ようか」


紗奈がさらっと言う。


「え? 買うんちゃうの?」


「買うよ」


紗奈はそれだけ言って、試着した服で一杯になった籠を店員さんに手渡した。


「選んでから、また来ますー」


そんなん、ありなんか?


服屋と同じビルのカフェに入った。丸いテーブルにラテが二つ。


紗奈は楽しそうに、さっき撮った写真を見せてくる。


「ほらほら、これとかカッコいいじゃん」


その楽しそうな顔に、こちらも楽しくなってあげたい。


だけど、俺は周りの目がそれ以上に気になっていた。どう見ても、学校ですれ違ったことのあるやつらばかりだ。


「……なぁ、紗奈。俺ら、みんなに見られてるんじゃない?」


「あ、そだね」


「恥ずかしないん?」


「なにが?」


俺の言うことなど気にもせずに、スマホを何度もスワイプしている。


「だって、これ誰が見てもデートやん」


「そだね。だってデートじゃん」


紗奈が、一旦スマホを触るのをやめて俺の顔を見た。


「なに? 伊織は私といたら恥ずかしいの?」


「そうとは言ってないやん」


「じゃ、いいじゃん。斜に構えてるくせに、小さいこと気にするんだねー」


そう言って、またスマホで写真を眺め出した。


「さ、次は、わたしに付き合いなさい」


「は?」


「わたしも服欲しいから」


「えー、マジかー」


お昼を挟んで、とにかく服を着て写真を撮って、それを眺めて。夕方に何着かだけ、購入した。それだけでも両手は紙袋で埋まっていた。


帰りの電車の中で、その紙袋を見て紗奈が言う。


「買ったねー」


「買いすぎたような気もする。修学旅行って二泊三日だけやで」


「いいじゃん。今後また、わたしと出かける時に着てきてよ」


こいつは、こういうことを照れもせずに言う。たぶん、俺を男として扱ってない。


これは、お互い様か。


電車の窓を見る紗奈を見た。


俺より、手のひら分だけ背が低い。


横顔は鼻筋も通ってるし、全体的に整っている。表情も柔らかい。モテると言われると分からんでもない。


「なに?」


俺の視線に気づかれた。焦って、思っていた言葉がそのまま出た。


「……いや、紗奈も育ったなぁと」


キョトンとされた。次の瞬間、他の乗客が振り向くくらい笑った。


「あははは、なにそれ?」


でも、すぐに笑うのを止めた。


「うん。そだね。お互いに大人になってきてるよね」


そう言ってまた窓の外を見る紗奈の目は、どこか遠くを見ているような気がした。


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