第五十七話 聞いてないよ?
九月下旬の休み時間。廊下の窓は開いていて、涼しい風よりも、誰かの「USJ」という声の方が先に入ってくる。
「どこ回る?」
「ジュラシックワールドは、絶対よね。あと、チャッキー?」
「あ、ハロウィンだったね。今年、最高じゃない?」
いや、最悪や。何が嬉しくて、ゾンビに脅かされにいかなあかんねん。
ちょうど前に紗奈がいた。俺に気づいて手を振る。
「伊織、おはよー」
「おはよ。紗奈さ、最近、帰りこっち来ないけど、どしたん?」
「十一月に全日本あるから。居残り練習」
「あ、そか。文化系って、秋に大会あるんか」
「そう。修学旅行中も、マウスピース持ってけって。ありえなくない?」
「うちらなら竹刀持ってけってか。それはいややな」
「でっしょー」
うん。いつも通りの表情やな。
「よかったわ。元気そやな」
一瞬、紗奈が止まって、それから笑顔になった。
「え? 心配してたの?」
「心配ってほどちゃうけど、最近、元気ないな、くらい」
「あら、めずらしい。ありがと。元気だよ」
向こうから紗奈の友達らしき女子が手を振ってきた。
「ほな、いくわ。また昼に」
「うん。お昼に」
ランチの時間も、教室のそこかしこで、弁当のふたより修学旅行のしおりの方が目立っていた。
「紗奈ちゃんのところも、やっぱりUSJだよね? 一緒に回ろうよ」
上川が紗奈に聞いた。
「それがさー、みんな怖いのイヤだって言っててさ」
「そうなの? もったいなくない?」
「うーん。人多いのもイヤなんだって……」
あー、分かる。俺はそっちがいい。
「じゃあ、海遊館コース?」
「そうそう。海遊館とか通天閣とか、のんびり観光。つまんないなー」
紗奈は心底つまらなそうな顔をしている。
「そんなん、勝手にこっち来たらあかんのん?」
「伊織はすぐそういうこと言うよねー。そんなのできるの伊織だけだよ」
「あ、ほな、俺がそっち行こか? 俺、ハロウィンナイトとか嫌だし」
松田が入ってきた。
「それダメだろ」
「お前なら隠し通してくれるやろ。俺はお前を信頼する」
紗奈が乗ってきた。
「それ、嬉しいかも。班に仲いい子いないんだよね」
「え? なんで?」
「うちのクラス、班決めで揉めちゃって、クジ引きになっちゃった……」
「うわー、それは嫌だな」
「でしょー」
紗奈が両手を上げて肩をすくめた。
「でも、伊織くん、やっぱりひとりだけ抜けるのは良くないよ。私たちまで叱られちゃうし」
五百城が言ってきた。
「……うむ。それは正論やな」
「うん……そうだよね。伊織、やっぱりやめよ」
紗奈が寂しそうだ。
「でもさ、夜はホテル一緒でしょ。おしゃべりしよーよ」
寂しげな紗奈を見て、上川がフォローを入れた。金髪ショートのくせに、やたら他人に気をつかう。疲れへんのかな。
「日菜子ちゃん、ありがとう。あ、私もう行かなきゃ。昼練あるんだ」
紗奈は慌ただしく弁当箱を片付けて、教室を出て行った。
「紗奈ちゃん、忙しそうだね」
五百城が扉の方を向いたまま言う。
「帰宅部のわたしは勝ち組」
「見た目だけだと、バンドとかしてそうなのにな」
「海斗くん、それは偏見。わたしは、目立ちたくない」
「金髪のセリフじゃなくないか?」
上川と松田がテンポよく話し出した。五百城はそれを微笑みながら眺めて、俺はスマホを取り出し、ログインボーナスを手に入れていた。
放課後になり、校庭に道着ランニングに出たが、今日は中元が来なかった。
少し寂しさと、ひとりの気楽さの両方を感じた。走れば顔に当たる空気がもう涼しい。
ひとしきり汗をかいた後、道場に入ろうとした。普段は無音の時間なのに、今日はペン先がホワイトボードをこする音と何人かの話し声が聞こえてくる。
「先輩、遅いですよー」
体育座りをしていた中元が、俺を見つけて言ってきた。
「ん? これなに? なんも聞いてへんで」
「え? 文化祭組は集まれって」
「文化祭組? なにそれ」
そこで清水が話に入ってきた。
「あー、ほらクラスの方を選ぶヤツもいるからな。挙手制で、剣道部の屋台に参加する人集めたんだよね」
「あ、そういうことね。ほな俺は、打ち込みしてもいいの? うるさいなら外出るわ」
「音が出るなら、外がありがたいな。すまんけど。あと十分くらいだけ」
「あーかまへんよ」
中元が何か言いたげな顔で見てきたが、俺はそれを無視して、竹刀だけ持って道場の外に出た。
ちょうど五百城と他の女子ふたりがやってきた。
「あれ? 伊織くん、なんで外?」
「あー、中で文化祭の会議してる」
そう言って笑っておいた。
「え? わたし聞いてないよ」
「あれ? 五百城も? ほな、あれなんなん?」
女子たちが顔を見合わせた。
「あー……なるほどねー。清水っぽいねー」
クスクスと笑っている。
「なんやなんや?」
ひとりの女子が言った。
「わたし中学から清水知ってるけど、あいつ、そういうとこあるから」
なんのこっちゃ。
「そういうとこって、どこやねん」
「大西くん、ほんとそういうの気づかないよね」
もうひとりの女子が、五百城の方を見た。
「わたしらに言ったら、美月にも話伝わるでしょ」
体よく俺をハブろうってことか。
「あ、なるほど。清水、頭ええな」
「大西くん、腹立たないの?」
「や、別に。好きにしたらええやん。俺、文化祭出る気ないし」
また、女子たちが顔を見合わせた。
「それがもう、大西くんぽいんだよね」
「それ、今の話と関係あんの?」
三人が俺を見て笑い出した。
「ぽいぽい。大西くんぽい」
ほんま、なんのこっちゃ。
わけが分からずに、あんぐり口を開けていたら、五百城が教えてくれた。
「伊織くんは、伊織くんなんだね、ってこと」
もっと分からへん。返事が出てこない。
「いいじゃん。褒められてるんだよ?」
女子ふたりが大きく頷いた。
その間に、続々と他の部員たちも集まっていた。
「待たせてごめんなー。稽古始めるよー」
入口から清水が顔を出して、言ってきた。部員たちがぞろぞろと道場の中に入っていく。
――大西、空気読めへんからなぁ。
小学校の頃から、よく言われてる。読めへんもんは、しゃあないな。




