第五十六話 モブできてない
秋はとてもとても慌ただしい――らしい。
修学旅行を控えているなかで、次は文化祭のネタ決め。文化祭前には、球技大会。
高校のイベントは、陽キャのためにある。これは偏見だ。
うちのクラスの出し物は演劇に決まった。これは参加したくない。部活の方も何であれ、参加したくはない。
「えー、今日は稽古の前に文化祭の出し物を決めたいと思います」
清水の声に拍手が上がる。なんでやねん。やりたいやつだけでやってくれ。
一年の女子が書記として、ホワイトボードの前に立った。
「案がある人、手を挙げてください」
清水の声むなしく、誰も手を挙げない。そう、これが現実。
「あの……」
中元が手を挙げた。全員が中元の方を向く。
「部費、足りないですよね?」
なんや、その質問。なにかを期待していたのか、小さなため息がいくつも聞こえた。
「そうだけど、それ関係ある?」
清水が珍しく真っ当なことを言った。
「関係あります。屋台なら、儲けを出せますよね」
それは大阪人の発想や。ほんで、妹顔から出る意見ちゃうで。
「赤字の可能性もある」
清水、つまらん返しすな。
「でも、やっても何ももらえないなら、やる意味なくないですかぁ?」
……妹声で言う内容ちゃうな。
だけど、これをきっかけに議論が盛り上がった。ホワイトボードが、アイデアで埋め尽くされていく。
「大西、お前どう思う?」
話を聞いてなかった。仕方がないので、鼻に指を突っ込んで言った。
「儲けてなんぼやろ。稼ぎまくってハワイ合宿行こや」
適当だった。心の底から適当だった。
だが、これが議論の熱を上げてしまった。
箸巻きが良いだの、王道は焼きそばだの。金魚すくいはありえへんやろ。
ただ、道場の中は騒がしかった。
「伊織くん、やるじゃん」
五百城が耳元で言ってきた。いや、ほんまどうでもええねん。マジで。
「で、結局、どうするんだろ?」
「知らんやん。儲けから逆算してけば勝手に決まるやろ」
それを聞いた五百城が手を挙げた。清水が指名する。
「あれ? 珍しいな。五百城、なにか思いついた?」
「はい。儲けから逆算したらいいって、大西くんが言ってます」
バッと全員が俺を見た。俺は五百城を見た。
君は、なにを言い出すんだい?
「どういうこと? 説明してみて」
清水が俺にホワイトボードの前に来るよう、手で促す。
しぶしぶ、五百城を睨みながら立って前に出た。一年の女子がペンを手渡してきた。
俺はホワイトボードを使って説明した。
「まず、どれくらい人くるん? 清水知らんの?」
清水が資料を見た。
「屋台だと、だいたい、百人から二百人くらいみたい」
「ほな、文化祭価格の四百円で売ったとして、売り上げが四万から八万やろ」
みんながホワイトボードを眺めて、静かに聞き出した。
「ハワイ行きたいなら、この値段を上げるしかない。現実ムリ」
「じゃあ、どうすんの?」
清水が聞いてくる。なぜか語気が強い。
「原価抑えて、在庫を売り切れるように考えるのが筋ちゃうか?」
「たとえば?」
なんか先生みたいで腹立つな。
「やっぱり、タコ焼きとかお好み焼きの粉モンやろな。焼き台レンタルしても原価百円以下や」
「あーなるほど。タコ焼き串とかなら、冷凍食品使うだけで楽だもんな」
「んー、それでもええけど、それだけだと薄利多売になるなぁ」
「はし巻きは?」
「あれは、原価低いけど、大人に売れん。数稼げん」
「たしかに」
「メインをタコ焼きにして、売れ残って焼きすぎた分をタコ焼き串に回したら在庫もはけるんちゃう?」
「おお、大西にしてはナイスアイデアだな」
おい、「にしては」は余計ちゃうか?
「いや、知らんけどな。とりま、こんな風に考えてったらなんかええこと思いつくんちゃう?」
ペンを清水に手渡して、元の列に戻った。
「伊織くん、なんかすごいね……」
座りしなに、五百城が言ってきた。
「なにが? あんなん算数やん。俺、赤点大王」
さらに三十分が経過した。俺は時計を見ていただけだった。出ていかへんだけマシやろ。
「もう稽古しないと時間ないし、なかなかいいアイデアが出ないので、最初のアイデアを採用しようと思います」
ほな、この時間なんやってんや。
「屋台は、タコ焼きで良いでしょうか?」
清水が聞く。疲れた拍手が起きた。
タコ焼き? 最初のって、俺のってことか。
「だから俺がリーダーってのは無しやで」
先に止めておいた。清水が言う。
「そこはだいじょうぶ。お前、当日こなさそうだし。俺がやる」
分かってるやん。俺、多分、サボる。
だけど、なにかトゲのある言い方にも感じた。
結局もう、防具つけて稽古する時間はなくなっていた。
部活が終わっても体を動かし足りない俺は、道場に残って打ち込みと素振りをしていた。中元ではなく五百城が一緒に残った。
「伊織くんて、なんか不思議だよね?」
五百城が素振りをやめて言ってきた。
「なにが?」
俺は素振りをしながら答えた。
「いつも端でひとりでいたがるのに、いつの間にか、真ん中付近にいるの」
「そやねん。去年までこんなんちゃうかってん。五百城がなんかしたんやろ?」
チャンスだと思って、カマをかけた。五百城が笑った。
「だから、なんでよ。私、超能力とかないよ?」
「ありえへんねんて。こんなんになったん、五百城が来てからやもん」
「なにもしてないってば」
「ほな、なんでやろか。あんまり好ましくないなぁ」
「んー、あのね。たとえばね……剣道部女子の間でも、伊織くんて結構人気なんだよ」
「は?」
「自覚ないと思うけど」
五百城が改めて俺を見る。
「伊織くん、モブできてない」
そう言ってケタケタ笑った。
「なんやそれ」
俺はもう口を閉じて素振りに集中した。いや、集中するふりをした。
「なんとなく。……私も一緒だから」
五百城は小さく呟いた。俺に対して言ったか独り言なのか分からない。
俺は聞いてないふりをして、素振りを続けた。




