第五十五話 上川の策略
高校二年生は、あまりにもイベントが多い。夏休みが終わってホッとしたばかりなのに、もう修学旅行がやってくる。
今日の朝のホームルームの時間は、修学旅行の班決めだった。
「あー、男女比はなんでもいいが、四人ずつなー。仲良し同士でいいぞー」
そう言って先生は教室を出ていった。
女子は女子で固まり、男子は男子で固まる。
そして、松田の周りの女子密度が上がる。
「松田くん! 一緒に回ろー」
ここぞとばかりに、五百城へ寄っていく男子たち。
「五百城さん、良かったら……」
うんうん。下心丸出しなあたりが香ばしい。
とうぜん俺は、ひとりきり。ふと後ろを見ると、金髪ショートもひとりきり。
知らん奴らよりは、マシやな。
「上川、ここはモブ同士やな……」
上川が松田を見ている。
分かりやすいやつやな。だが、あの牙城は簡単に崩せへんぞ。
「……りくん」
なんか呼ばれた気がする。お化けか?
「伊織くん!」
五百城が人の壁から手を伸ばしてきた。
「なんや五百城か。なんや?」
席を立って、人の壁を抜けて俺の前に来た。
「一緒に回って!」
「班のこと? でも、こいつらどうすんの?」
何人もの男たちが、俺を睨みつけていた。俺の勝手な解釈。
何事も、バランスっちゅうもんがあんねん。
「あ、伊織! ずるいぞお前!」
松田が女子の壁を押しのけて、こっちに走ってきた。
「ずるいて、なにが?」
「お前、美月ちゃんと一緒の班になろうとしてただろ?」
「あん? いや、まだ――」
「抜け駆けは、許さん」
松田の席に集まった女子たちの視線が、紫外線より痛い。
「いやねぇ。お前ら人気もんは、分散しとけや」
そう言った時、肩をトントンと叩かれた。上川がウィンクしてきた。なんやねん、こいつ。
「五百城さん、一緒に回ろ!」
俺に用があったんちゃうんか!?
五百城が上川に飛びついた。いや、抱きついた。なんや、何が起こった?
「海斗くん、どうする?」
五百城が松田に聞いた。
「あ、じゃあ、俺も」
上川・五百城・松田連合が完成した。
五百城と松田に集まったモブ達は解散し、それぞれでまた班を作りだした。
連合組んで俺を引き入れるつもりか?
絶対入ったらへん。俺はモブとしてやり過ごしたいんや。
「よーし、だいたい決まったか?」
先生が戻ってきた。
「四人決まった班から班長決めて、教えにきてくれ。」
続々と、班員を書いた紙が提出されていく。
「ん? 残りはお前らだけか? 松田、班長でいいな」
「はい」
「よし、じゃあ、授業の準備しろー」
先生は紙をまとめて、出ていった。
ん? なにが起きた? あ……
あの強烈ペアに金髪ショート。
そこに一人で割って入る勇気持ってるやつは……もはや主人公級やな……
俺は後ろの席を見た。
上川が目元でギャルピースしてやがる。五百城まで。松田、お前はすんな。キモい。
「楽しみだねー」
そう言う五百城の顔を見て、小さなため息が出た。楽しそうな顔だったから。
「……まぁ、サボれん理由はできたかな」
「なんでいつも、そうやって斜めから見てるの?」
ほんま、なんでやろな。
「んー、性格?」
「やっかいな性格だね」
五百城は目を細めた。言葉とは違って優しい笑顔に見えた。
こんなん絶対なんかあるやん。
夏休みを経て、なお俺は、モブとして暮らすことを望んでいた。
どのクラスでも、今日は修学旅行の班決めだったらしい。部室では二年生がその話で盛り上がっていた。
「なぁ、大西。お前やっぱり五百城と同じ班? うらやましすぎるぞ、それ」
清水が言ってきた。悪いため息しか出なかった。
「お前、ようそれで、俺にやる気うんぬん言えたなぁ。稽古量減る心配しろや」
清水は黙った。俺は五百城の名を出されてイラついていた。
なんでか知らんけど。
俺は清水らを放って、いつも通り、校庭に向かった。
校庭に着いたとき、中元はもう走っていた。息を切らしたまま、俺のところにやってきた。
「はぁはぁ、伊織先輩……はぁ……五百城先輩と……同じ班なんですね?」
息切らして言うことかいな?
「せやねん。なんで知ってんの?」
「更衣室で五百城先輩が嬉しそうに話してました」
嬉しそう? 嬉しかったのか。
「そうなん? ま、なんでもええわ。俺、走るわ」
中元を置いて走った――つもりだった。
あっという間に追いつかれ、あっという間に抜き去っていった。
部活終わりには、今日も五百城が俺を先に待っていた。
「お疲れ、伊織くん」
「今日はあんまり疲れてへんな」
「一緒の班だね」
なんか釈然とせーへんけどな。
「せやな。上川の策やろ、あれ」
「そうだね。でも、私は嬉しいかな。みんなと同じ班が良かったから。伊織くんは?」
「んー……ま、もうモブ集団より、松田の方が気が楽や」
五百城がよく分からない笑顔で俺を見た。
「んでも、松田はそれでええんかな? 女子にも人気あったし、一軍メンバーとも一緒ちゃうし……」
「伊織くん……」
五百城の笑顔が消えた。
「松田くんも、もう伊織くんと一緒にいる方が楽しいんだと思う」
男に好かれる趣味はない。
スマホに紗奈からLINEが飛んできた。
〈ごめん。今日も居残り。先帰ってて〉
「……紗奈、今日も居残りやって」
「そっか……じゃあ、帰ろっか」
今日も十センチ離れて並んで歩いた。少し離れてみても、自然に十センチに戻った。
五百城、これ近すぎへんか?
そう言えたら、どれほど楽だろう。
言葉を出せない自分に、少し情けなさを感じていた。




