第五十一話 デート誘っていいですか?
五百城が学校を休んでも、他の人の日常は続く。俺も相変わらず、部活前のルーティンをこなしていた。
「夏が終わっても暑いですね」
俺に並走しながら中元が言ってきた。
「暑いな」
「先輩が元気ないのは、五百城先輩が来ないからですか?」
一拍だけ返答に躊躇した。
「そうかもなぁ。やっぱり心配やからな」
「そうですよね。わたしもです」
「ほんで、今日は先に行かへんのん?」
「はい。先輩の真似をしたくて」
「なにがやねん」
「こないだの練習試合で先輩の真似したら、頑張れました」
「あーあれな。あれは頑張ってたな」
中元が一瞬だけ下を向いて表情を隠した。
「えへへ。だから、走るのも先輩の真似します」
この妹顔は不安を少し楽にする。
「……いや、助かるよ」
「え?」
「なんでもあらへん」
部活の稽古内容もいつもと同じだった。
稽古が終わって、部室で着替えて、道場の前で五百城を待っていた。
道場の前の庇の下は、夕方にはひんやりとした風が吹く。
「あれ、先輩? なにしてるんですか?」
現れたのは中元だった。
「あ、そか。五百城、おらへんのか」
小さくため息が出た。
「……ほな帰るわ。中元も気いつけて帰りや」
俺は駅に向かって一歩踏み出した。
「伊織先輩!」
「ん?」
顔だけ後ろに向けた。
「……先輩……あの……」
「なに?」
「デート誘っていいですか?」
もう驚きは感じなかった。
「イヤって言ったら?」
「映画誘います」
「それもイヤって言ったら?」
「相談に乗ってもらいます」
「……そうなるよなぁ」
「はい」
笑顔の妹顔だ。俺は身体ごと、中元の方を向いた。
「わかった。ええよ。土曜日か?」
「はい! ありがとうございます」
「ほな、とりあえず今日はここでバイバイな」
中元に手を振って、俺はまた駅に向かって歩き出した。
「お疲れさまでしたっ!」
背中の向こうから中元の元気な挨拶が聞こえた。
俺はスマホを取り出して、紗奈のトーク画面を開いた。
〈中元にデート誘われた〉
そう打って、送信ボタンの上で親指が止まった。少し後、打ったテキストを消去して、スマホを閉じた。
五百城が学校にも来ず、連絡もないまま、金曜日の夜を迎えた。
スマホを片手に、LINEアプリを開いたり閉じたり。
これがラノベの世界だったら……と何度も思った。
モブの俺でも、もう分かる。俺は中元に好かれている。
これから起きるイベントをこなしていけば、かわいい妹彼女ができてハッピーエンドだ。
「……現実はそんな単純ちゃうんよな」
俺は、五百城のトーク画面を開いた。
〈五百城は五百城やろ?〉
そう打って、一呼吸おいてから、送信ボタンを押した。
次の日の土曜日。午前十一時。
最寄りの駅では、改札前の柱で、女子が二人固まっている。ひとりはスマホを両手で持って、もうひとりは前髪を直していた。
それを横目に改札に入り、街に向かう電車に乗った。
休日の車内は、私服の若者と子供連れの家族で騒がしい。
ホームに降りて、改札に向かう。待ち合わせは、改札を出たところの時計の下だ。
時計を見た。十一時四十分。待ち合わせより二十分早い。
――ヒロインは遅れてやってくる。
改札を抜けて、時計の方に足を向けた。
「伊織先輩!」
中元が小走りで駆けてきた。
遅れたのは俺の方?
「先輩、おはようございます」
薄いピンクのブラウス。襟元に小さいリボンがついていた。下はふわっとした膝上のフレアスカートに白い厚底気味のスニーカー。
低めツインテールが中元らしい。
「おはよ。ピンク、似合てるな。来るの早ない?」
「えへへ。張り切っちゃいました」
妹顔で俺の目を見てくる。制服やジャージじゃなくても中元だ。
「昼飯は?」
「食べてません」
「オッケー。ほな、どうしよ。マクドでええか」
「はい」
駅前の通りを見た。マクドの二階席には、窓際に高校生のグループが見える。トレーを寄せて、誰かのスマホをみんなで覗いていた。
注文のタッチパネルの列に並びながら、普通の会話をする。
「先輩、何にするんですか?」
「そんなん考えてへん。常に季節限定もの」
「わたし、いつも同じ。てりやきです」
「同じやと飽きへん?」
「んー、どっちかと言えば、安心します」
「なるほどね」
会話が途切れるたび、中元は俺の目を見てくる。
今日も変わらない。
俺は、その目を凝視できず、いつも、つい目を逸らしてしまう。
窓際の席に横並び。トレーを置いて、座りながらポテトをつまむ。
服装とは不似合いに、大きな口でハンバーガーをほおばる。ついつい、目が奪われる。
「中元って、見た目ガーリーやけど、しっかり食うんやな」
中元が少し照れたような表情を見せた。
「あ、そか。……ばれちゃった。だって、食べないと体作れないですもん」
「体?」
「次は、勝ちたいんです。剣道、楽しいです」
「そか。こないだの試合でも気ぃ強かったもんな」
「えへへ。そうなんですよ~。妹と髪の引っ張り合いしてました」
中元が笑いながら、ポテトをつまみだした。
それからは、中元がデートでやりたいことを延々と話した。
マクドから出ると、強い紫外線が肌を突いた。スマホを見ると、十三時十五分。
「で、なにしよか?」
「決められません!」
中元らしい言い方に、つい笑ってしまった。
「そか。そやな。ほな、映画行こや。観たいのあんねん」
足を映画館に向けた。でも、その瞬間、中元が俺の手を取って止まった。
「イヤです」
「なんでやねん。さっき、まったりデートは映画館て言うてたやん」
「映画だと、二時間おしゃべりできません。今日は、たくさん先輩としゃべりたいんです」
頬を膨らませてくる。
「あーもうわかった。でも俺、モブやからな。デートなんか初めてやで?」
「だいじょうぶです。わたしも初めてです!」
笑いが込み上げてきた。
「なにを自慢してんねん」
中元はキョトンとして、笑う俺を見ていた。
「カラオケ嫌いやし。ほな、スポッチャでも行こか」
「はいっ」
「いや、その服、あかんか」
「だいじょうぶです。ショーパンはいてます」
そう言ってスカートの裾を少しつまみ、下のショートパンツを見せようとした。
「ちょ、中元アカンて」
慌てて止めた。
「あ。てへ。すいません」
リアルに「てへ」を使っても違和感がない。これはもはや才能だ。
中元の歩幅に合わせて、ゆっくりスポッチャに向かった。




