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第五十話 上川が葛西

始業式から七日が経っても、俺の横は空席のままだった。


「五百城、また休みか。上川、おまえなんか知らないのか? 仲いいだろ」


「LINEも返ってこないんですよ。心配なのはこっちですよ」


お前はなぜいつも、挑発的なんだ。


「大西、松田、お前らは?」


「いや、俺らも何も聞いてないっす」


松田が答えた。


「そうか……わかった。親御さんに連絡してみる」


「わかったら教えてください」


松田が強い口調で言った。


「事情によるな……。はいはい。一時間目の準備しとけよ」


そう言って、先生は教室を出て行った。


ランチタイムに、紗奈が慌てて教室にやってきた。


「美月からLINE来た!」


そう言って、スマホの画面を見せてきた。


〈紗奈ちゃん、ごめんね〉


「伊織、意味わかる?」


「いや、全くわからへん」


「たくさんLINE送っちゃったから、心配かけてごめん、って意味かな?」


松田が、何かに気づいたかのように、俺に聞いた。


「伊織、剣道部には連絡ないんか?」


「いや、知らへん。俺、部活のLINEグループに入ってへんもん」


「おまえ、使えんな」


「あ、ちょっと待って。聞いてみる」


上川がスマホを出した。


「萌香、あ、久保ね。友達だから」


上川がスマホを操作する様子を、三人で黙って眺めていた。


「んー、やっぱり連絡ないって。剣道部でも心配してるみたい」


「「あー……」」


紗奈と松田が同時にため息を吐いた。


「伊織のこと『彼氏』って言ったこと、関係あるかな?」


「え?」


松田と上川が、紗奈の方を振り返った。


「夏フェスの時……」


「そんなこと言ってたか?」


「直接じゃないけど、スタッフさんが『彼氏さん』って」


「わたし、その場知らないけどさ、それだけなら、スタッフの勘違いじゃないの?」


「でもでも、もしそうなら、わたし、そんなこと気にしてない」


クソほど気にしてたやないか。


だんだんと紗奈が涙目になってきた。


「そんなので美月と離れたくない」


泣き出した。上川が紗奈の頭を撫でる。


――どうする? 保健室でのこと話すか?


「いや、それはないやろ」


俺がそう言って鼻で笑ったとき、松田が立ち上がり、胸倉を掴んできた。


「……またかお前、熱くなんなや」


俺は松田の手首を持った。


「はっきり言っとくわ。まず、付き合ってへん。だから、彼氏ちゃう」


「そんなもん、いくらでも嘘つけるだろ!」


「信じるかどうかは、お前ら次第やろ」


松田は、胸倉から手を離した。


「お前ら、一度でも五百城が俺を誘ったところ見たことあんのか?」


「……たしかに、ないな」


「仮にや、仮に五百城が俺を好きやったとして、そんな奥手な女子が、他人に向かって『彼氏』ですなんて、明言するかぁ?」


穴だらけの詭弁だった。


勢いだけで押し通すつもりだった。


「そもそも、あんな美人にモブの俺が――」


「おまえ、何か知ってるだろ?」


松田の言葉に、俺の口は止まった。


「……いや」


「おまえが饒舌になるときは、嘘ついてるんだよ」


紗奈が泣いた目のまま、俺を見た。


――ここまでか。すまん、五百城。


「……わかった。負けや」


大きく息を吸って吐いた。


「せやけどな、五百城が今どうしてるかは知らん。付き合ってない。これはホンマや」


「よし、信じる。知ってることを話せ」


松田が椅子に音を立てて座った。上川も紗奈も、言葉を待って、俺を見続けている。


「言うて、ひとつしか知らへん」


「……なんだ?」


「上川が葛西らしい」


松田が立ち上がり、また俺の胸倉を掴もうとしてきた。


「いい加減に――」


俺は松田の手首を抑えたまま立ち上がった。松田は、バランスを失って倒れた。紗奈と上川が、後ろに仰け反った。


「ちょっと、伊織……」


紗奈が俺を止めに入った。


「なんもせーへんがな」


紗奈の差し出した手をどかして、俺はもう一度椅子に座った。


「松田、おまえこそいい加減にしろや。知らんもんは知らんし、知ってることは言うた」


松田は体を起こしながら、反論する。


「意味がわかんないんだよ。上川が葛西とか」


「わかってたら言うてるわ! これ見ろや」


俺は、保健室でのテキストのやり取りをみんなに見せた。


三人がスマホを覗き込み、しばらく黙った。


「……すまん、伊織」


「いや、かまへん。俺も信じられへん」


「伊織、これが原因ってこと?」


「たぶん。せやけど、紗奈への『ごめん』と繋がっているかわからへん」


上川が泣き出した。


「わたし? わけわかんないんだけど」


「日菜ちゃん、一旦、落ち着こう」


松田がそう言って上川の隣に座り、なだめ始めた。


紗奈が、自分のスマホを握りしめる。


「記憶の改ざん? そういうのってなかったっけ?」


「記憶違いのことか? それを自分で知って怖くなった……とか」


「なにかの病気?」


上川が鼻をすすりながら言った。


松田は上川の隣で、すぐには答えなかった。


「うちら四人の記憶は同じで、美月だけ違うってこと?」


紗奈が俺のスマホを見直しながら言った。


「それは怖いな。ひとり違う時間を過ごしたってこと……だろ?」


ガタンッ


身体が大きく跳ねて、椅子が鳴った。


「伊織、どうしたの? 何か気づいた?」


「……いや、気づきそうで気づかへん。何か足りへん」


嘘をついた。


「なんだよ、それ」


「ふざけてへん」


「わたし、美月んちまで行こうかな?」


紗奈がスマホを握りしめたまま言った。


「……いや。それはアカン気がする」


「なんでよ?」


「わからへん」


この後も会話は続いた。上川はずっと泣いていた。


何も分からないまま、一度も笑えないランチタイムが終わった。


いや、俺だけは多分、気づいていた。


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