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第四十六話 なんか違う

「中元さん、ファイトー! まず一本取ってこー!」


五百城が声を張る。


主将できるじゃないか。


「「彩音(あやね)、ファイトー!がんばれー!」」


同級生も声を張る。


「中学校の頃、全国出てたらしいからな。肝は据わってんねやろな」


「え、そうなのか?」


「自分で言うてたで」


中元は、相変わらず、九対一で打ち込まれている。


「あっ、あぶなっ」


明らかに焦る相手が、鍔迫り合いで中元を強く押した。


一瞬、中元の身体が傾くが、中元はそれをいなさずに押し返して、相手が倒れた。


「うーん。あれはアカンなぁ」


「……中元って気強いんだな。あの顔で」


「そやな。あの顔で……」


少し笑ってしまった。


待てがかかって、開始線に戻される。


攻め続けている相手はもう肩で息をしている。


「中元ー。チャンスやでー」


とりあえず声を出した。


中元は振り向かず、左手一本で竹刀を構えていた。


遠くから見ても、中元が深呼吸したのが分かった。


「よしよし、落ち着いてるな」


相手の打ち込みは止まらない。


肩が上がった。息を吸っている。この時、身体は動かない。


同時に、スッと中元の切っ先が前に伸びた。


次の瞬間、切っ先は残像を残し、相手の面を叩いた。


「メーン」という中元の声と一緒に、ポンと軽い音がした。


赤旗が三本上がった。女子たちの「キャー」という歓声が上がった。


「面あり! 時間切れ、そこまで」


ぎりっぎりやったんか。


俺は、手に汗を握り、時間が経っていることも忘れていた。


「引き分けか。経験者相手にすごいじゃないか」


清水が言う。


面を外した中元は、また泣き出して、五百城に抱きかかえられていた。


緊張が戻ったのか、悔しかったのか。


初心者のくせに、勝てると思てたんか。


生意気な。


「せやなぁ。俺よりは勝ち気がありそやな」


五百城と中元の善戦むなしく、副将、大将と敗れ、三敗二分。


「お互いに、礼!」


「「「ありがとうございましたっ」」」


女子たちが脇に下がり、俺ら男子が中央に入る。


五百城とすれ違った。目が合った。


五百城が片手を上げた。


「頑張ってね」


一瞬、止まった。


俺は、その手に自分の手を合わせて、音を鳴らした。


「頑張りたくないねんけどなぁ」


笑って見せた。だけど、目までは笑えなかった。


「先鋒、前へ」


開始線に着く。


その場で二回ジャンプをしてから、蹲踞(そんきょ)をした。


「はじめっ!」


切っ先が触れ合う。


「よし、こいや、おらぁ!」


声を出して、気合を入れた。


すぐに審判の顧問に止められた。


「暴言を吐くな。白、反則一回」


「なんでやねん?!」


「あ? もう一回反則で一本だぞ」


「あー、わかりましたよ」


俺は黙った。やる気が折られた気がした。


それでも、夏休みに稽古を増やしたからなのか、俺らは圧勝だった。


俺、清水、一年の藪、村上が、全て二本勝ち。


唯一の穴だった二年の八巻が、引き分け。


試合後は、全員でかかり稽古を行って、この日の部活は終了した。


「正面に礼!」


「「「ありがとうございました!」」」


相手校も同じ列に入り、最後の挨拶をした。


「なぁ、これ俺ら強いんじゃね?」


部室に戻る道すがら、清水が興奮して言ってきた。


「うーん。決勝トーナメントで一回勝てる程度ちゃうか?」


「なんでお前はそんなことを言うんだ?」


「強豪とは稽古量がちゃうて。俺は熱血したないねん」


そう言いながらドアを開けて部室に入った。清水が付いてくる。


「じゃあ、なんでお前そんなに強いんだよ」


「俺? 強ないやん」


「お前が予選で戦った人、インターハイ個人戦で全国四位」


「は? そんなに強かったん、あの人?」


道着を脱いで、汗拭きシートで体を拭きあげる。


「それと互角だったんだから、強いだろ?」


「互角ちゃうわ。負けたがな」


「だから! なんでそんなにやる気ないんだよ!」


清水が声を荒げた。だが、俺の心は動かない。


着替えながら、清水の相手をした。


「あんなぁ、やる気あれば強くなるってわけちゃうやろ」


「……」


「剣道なんざ稽古量や。俺はお前らより一時間多く早出稽古してるし、夜も素振りしてるしやな」


「……」


「ときどき、街の道場に出稽古にも行っとる」


「……え?」


清水が俺を凝視する。


「勝負ごとが好きちゃうだけや」


まだ道着のままの清水をおいて、俺は部室を出た。


五百城を迎えに道場に向かうと、そこには湊高女子とうちの女子たち、さらには数人の男子が輪になって盛り上がっていた。


俺を見つけて、中元が走ってきた。


「伊織せんぱーい。みんなでカラオケいきましょー」


妹顔に戻っている。


「いや、俺、今日、気分ちゃうねん」


「えー、いきましょーよー」


中元が俺の左腕を持って左右に振る。


「あー、部室に清水残ってるから、誘ってやってや」


「えー。はーい」


そう言って、中元は部室の方に向かっていった。


「伊織くん行かないから、私もやめよかな」


五百城が寄ってきて小声で言ってきた。


「主将が抜けたらアカンのちゃうのん?」


「……そっか……そだね」


少しの間、言葉がなかった。


「伊織くん、元気ないけど、何かあった?」


「いや、なんもない……こともないか」


――五百城が転校してきて、全てが変わった。


「ちょこっと疲れた。たまにはモブに戻りたいな……とね」


「そっか……うん。そうだね」


五百城の顔が、少し緩んだ。


「ほな、また明日な」


「また明日」


道場の前の人だかりを置いて、俺はひとり先に帰路についた。


……俺はいったい、何を演じさせられてるんだろう。


人の声は、背中の方でまだ続いていた。


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