第四十五話 中堅、中元
盆休みが明けた。夏休み残り二週間。
朝、着替えを終えて道場に入ろうとすると、道着を着た他校の生徒が庇の下で待機していた。
「今日は、よろしくお願いします」
清水の声だ。向こうの主将らしき人と挨拶をしている。
俺は何も見なかったかのように道場に入った。
「今日は、湊高との合同練習です」
え? そうだっけ?
「午前は一緒に稽古して、午後は試合形式の練習をします」
湊山高校。強豪でも弱小でもない。同じ中途半端な中堅高。
二校で一緒に午前の稽古をこなし、十五時まで昼休み。
他校の女子が来たからなのか、みんなクーラーの下にはいかず、庇の影で涼んでいた。
五百城に他校の女子が群がっている。その女子たちに我が高の男子が群がっている。
それを横目に、俺は校舎に入った。
クーラーの入った教室にひとり。
落ち着く。
当然、寝る。起きる。慌てて道場に戻る。
みんなが整列しているところに遅れて入る。
「おまえ、またか……」
顧問はもう呆れて叱りもしない。
ここまでは鉄板だ。
「まぁ、いい。今、メンバーを発表していたところだ」
そうやろな。
「大西、お前は先鋒だ」
「あ、やっぱり?」
顧問は一瞬、目を閉じた。
「次、女子。先鋒、久保」
「はい!」
「次鋒、五百城」
「はい」
五百城は凛として、顧問の顔を見上げていた。
「中堅、中元」
「ひゃい?!」
中元は変な声が出ていた。
は?
そうか、二年女子が四人しかいないもんな。
中元が一番ましやな。
「副将、渡辺。大将、佐々木。以上」
「「はいっ」」
「……それでだ」
顧問が五百城を見て、口調を穏やかにして言った。
「五百城、やっぱり主将やってくれないか。先生には、お前が雰囲気を作ってるように見えるんだ」
俺に対する口調とはずいぶん違うな。
「……わかりました」
嫌がるかと思っていた。
だけど五百城は、少しほっとしたように笑っていた。
「まず、女子から。十分後には始めるぞー」
各人が試合の準備に取り掛かった。
中元がなかなか動かなかった。誰が見ても緊張している。
五百城がなだめながら、中元を連れていった。
「中元、緊張しなさそうだけどな」
清水が俺に話しかけてきた。
「逆ちゃう? 普段は明るさを演じて緊張隠してんのちゃうん?」
それだけ言って、俺は脇に引いた。
対抗試合が始まった。
「先鋒、前へ。はじめっ!」
「「やーっ」」
甲高い叫び声が、狭い道場に木霊する。
中元は面紐を結べていない。面をつけた五百城がそれを助けている。
「……ちゃうがな」
俺は脇を外れ、中元の近くに寄った。
「あんな、中元……」
中元が泣きそうな顔でこちらを向いた。
「五百城は待機しときや。こっちは任せとき」
そう言って、中元の前に屈んだ。
「先鋒次鋒が負けたら、中堅が勝たなあかんねん」
中元の涙が溢れそうになってきた。
「でもな、その役目と今日の役目はちゃうやろ?」
中元が目を見開いた。その拍子に、一筋だけ涙が落ちた。
「一緒に早番練習してきたやん。部内で一番稽古したやん。今日はな、その成果をみんなに見せるのが役目やろ」
中元の震えが少しずつ止まってきた。
「……よし、いけそやな?」
「はい。ありがとうございます。いきます」
中元の顔色が戻った。
俺は軽く頷いて、脇の定位置に戻った。
先鋒の久保が二本負けをして、次鋒の五百城が試合に入った。
「「「美月ー、ファイトー!」」」
女子たちが声を出している。この春まではなかった光景だ。
五百城は決して下手ではない。型だけなら上手い方だ。
背も高いし、身体は細いけど筋肉は締まっている。
ただ、いかんせん、闘争心が見えない。
「メーン!」
相手方の白旗が三本上がった。歓声と落胆が両方聞こえる。
「二本目、はじめ!」
あ、出端面が飛んでくる。不用意だ。
「五百城! 打て!」
勝手に声が出た。
「コテッ!」
バッと赤旗が三本上がった。
握り込んだ拳の力が抜けた。
握り込んだ?
「お前の応援、初めて聞いた気がする」
隣に座る清水が言ってきた。
「いや、チャンスやったから、つい……な」
そのまま時間切れ引き分けで、ついに中元が出番を迎えた。
震えは止まってるようだった。
「中堅、前へ。はじめっ!」
「やあーっ」
中元は剣道のときでも、妹声だ。
うん。足は動いてる。
中元は、やたら打ち込んでくる相手をのらりくらりとかわしている。
「なんかさ、中元の剣道って、お前に似てないか?」
清水が話しかけてきた。
「俺、あんな下手ちゃうで」
「いやなんていうか、脱力感っていうか……」
陸上で下半身ができ上がってる中元の立ち姿は、素人目にもきれいだ。
左拳はつねに正中線上にあり、重心は常に開いた両足の真ん中にある。
「そりゃなぁ。俺が直で教えてるからな」
バーン。
竹刀が防具を打つ音が響いた。
「コテあり!」
白旗が三本上がっていた。
相手は明らかに経験者。中元はまだ剣道始めて数ヶ月。ここまで避けてきただけでも立派だ。
「脱力だけじゃ、勝てんわなぁ」
開始線に戻った中元が、その場で二度ほどジャンプした。
「中元、あんなとこまで真似してるぞ」
あれは、俺が緊張をほぐすときにやる癖だ。拳を握った。
中元が竹刀を握り直した。
左手の小指から順番に。それから人差し指は添えるだけ。
――頑張れ
俺は、声に出すのを我慢した。




