第四十四話 あの頃と同じように
花火会場の入り口は、待ち合わせの人で混雑していた。色とりどりの浴衣が流れていく中で、紗奈はすぐに松田を見つけた。
「あ、海斗くん。おっきいから見つけやすいね!」
紗奈に手を引かれ、慣れない下駄でなんとかついていく。
「紗奈ちゃん、かわいい!」
若草色の浴衣を着た葛西が言った。
「ほんと、似合ってる」
薄い黄色の五百城も続く。
「俺は?」
茶系の甚平を着た松田が、なぜか自己主張した。浴衣じゃなくても似合うのに腹が立つ。
「いや、お前、かっこええな」
「伊織に褒められても、ゾッとせんな」
「褒めたのに損した」
横から、松田と同じくらい背の高い男が並んできた。
「あ、わたしの彼氏ね。草間桔平くん」
葛西が当たり前みたいに紹介した。
「あ、よろしく」
「よろしく。茉莉花からいつも聞いてます」
かっこいいじゃないか。
葛西は草間の腕にしっかり絡んでいた。葛西の顔は草間の胸あたりにある。
松田も草間も背が高い。浴衣の女子三人も普通に目立つ。
俺だけ一般人だ。
「なんでこそこそしてるの?」
後ろに下がった俺に、五百城が聞いてきた。
「いや、前が目立ちすぎんねん」
「そうかな?」
「せや。五百城らも含めてやな」
五百城は少しだけ首を傾げた。
自覚のない美人は罪だ。
俺は松田の後ろに隠れるようにして歩いた。
「あ、あの辺りで良くない?」
紗奈が指さした先に、六人なら座れそうな隙間があった。
「オケー」
松田がブルーシートを広げる。
「お前、用意ええな。海の時も」
「普通じゃん?」
さらっと言う。
こいつ、中身もかっこいい。
シートに座ると、女子三人はすぐに浴衣の話を始め、松田と草間はスポーツの話になった。
俺はスマホでゲームをしていた。だがそのうち、暇と雰囲気に耐えられなくなった。
「飯、なんか買ってくるわ」
「あ、じゃあ私も行く!」
紗奈が立つ。
「私も行きたい」
五百城も続いた。葛西は草間の腕から離れないまま、松田に目配せする。
「じゃあ、俺も行くわ」
松田が立った。さすがだ。
「わたし、桔平と場所取りしとく。テキトーにお願いしていい?」
「とりま俺、タコ焼き買うてくるわ」
「あ、私も!」
そう言う五百城と目が合った。
「や、三つくらい買うとくから。五百城たちは、他のん買うてきといてや」
俺はそれだけ言って、三人から走って離れた。
パッと見渡して、美味しそうな屋台を見つけ、行列に並んだ。
自分の番になったとき、ちょうどストックが無くなった。
「十分くらいかかるけどええか?」
「あれ、関西弁? 本場ですね。待ちます待ちます」
「にーちゃんも関西か。ちょい待ちや。美味いもん、食わしたるさかいな」
関西弁も場所場所で少し違う。このおじさんは、大阪の南の方の人らしい。
タコ焼きの返しを見てると、十分があっという間に過ぎた。
「にーちゃん、三個やな。おおきに」
三パックを袋に入れて手渡されて、みんなの場所に戻ろうとした。
来たときよりも遥かに人が増えて、もう道が見えなくなっていた。
「お、ちょっと……」
タコ焼きを守りながら歩いているうちに、人の流れにそのまま流され、自分の居場所が分からなくなった。
「ふーむ」
ひとつため息をして、人の流れから外れるように端に寄った。
「モブがモブである所以だな」
タコ焼きのパックを開けて、一つを口に入れた。
「あっつ!」
口の中が火傷した。慌てて周りを見渡した。自動販売機があった。
そこで水を買って口に流し込んだ。
「さすが本場やな」
ひゅーと音がして、その方を向くと、光の筋が空にまっすぐ上がっていた。
ドン!バーン!
近くの木の葉が音で揺れた。
そこから、連続して花火が上がる。花火が咲くたびに、目の前の人込みが明るく照らされる。
「ま、帰りには会えるわいな」
〈すまん、まよった。放置よろしく〉とLINEを送信し、その場に座った。
俺は妙に落ち着いていた。ひとりであることに安心していたのかも知れない。
「いおり!」
後ろの方から聞き覚えのある声がした。
「見つけた! なにしてんの?」
「いや、迷ったし、探すんめんどいし、ここで花火見てた。タコ焼き食う?」
紗奈が笑みを浮かべながら、ため息を吐いた。
「……ここで落ち着いてられるのが、伊織だね」
「んー、焦る意味がわからへん。ほんで、食べるん?」
俺は串にタコ焼きを刺して、紗奈に見せた。
「食べる」
「ほな、どーぞ」
串を紗奈に手渡した。紗奈がタコ焼きを口に入れた。
「あつっい」
「せやろ、本場の熱さや」
そう言って、ペットボトルを手渡した。
「飲みかけイヤなら、新しいの買うで?」
「ううん、全然。ありがと」
紗奈は気にすることなく、水を飲んだ。
「なんでここわかったん?」
「なんとなく」
「勘? すごいな」
「ずっと一緒だったからね。美月にも中元さんにもそれは負けない」
紗奈を見た。紗奈は空の方を向いていた。
花火は間を空けずに上がっていた。
「きれいだねー」
そう言う紗奈を俺は見ていた。
「きれいやな」
視線を空に戻した。大きな柳の花火が、ちょうど空から落ちてきた。
「……せやんな、ずっと一緒やったもんな」
独り言が勝手に口から漏れた。
すぐに紗奈の視線を感じた。だけど、俺はそっちを向かなかった。
花火が終わると、人の流れは駅の方へ一気に動き出した。
松田から〈でかいふたりを見つけろ〉、葛西から〈人多すぎ。無理でしょ。現地解散で〉と続けて届いた。
「だって」
紗奈がスマホを見せてくる。
「しゃあないか」
俺たちはそのままふたりで、人波に押されて駅へ向かった。
「来年も見たいね」
「せやな、来年も来れたらええな」
それ以上、話すことはなかった。
紗奈はいつも、俺の左側を歩く。俺は右手で、残りのタコ焼きが入った袋を持った。
人に押されて何度か肩が触れあって、いつのまにか、紗奈は俺の左腕に絡まっていた。
人ごみを抜けても、それはあの頃と同じように、そのままだった。




