第四十二話 暇だけど誘わない
合宿二日目も、強烈な暑さだった。
冷房のない道場では、日が昇って一時間後には、暑くて目が覚めるほどだった。
六時にはもう全員が起きていた。
庇の下でみんなで涼んでいると、清水が声をかけてきた。
「あっちぃ。これ外の方が涼しくね?」
「これはあかん暑さや」
Tシャツを脱いで、濡れたタオルで体を拭いた。
風が吹くと、すっと少しだけ涼しく感じる。
「合宿ってもうイベントないんだよな」
清水が笑いながら言ってきた。
心からどうでもいい。
「今日、稽古何時からの予定なん?」
「飯食って三〇分後。九時から」
「おけ。俺、ちょっと走ってくるわ。暑いよりまし」
「は?」
「ようわからんけど、なんか落ち着かへんし。飯までには戻るわ」
「え、おい……」
俺は、Tシャツとペットボトルを持って、学校の外に走り出した。
昨日から、頭の中に同じところばかり引っかかっていた。
河原を目指して走りながら、考えないようにした。
それでも考えてしまう。
「今の俺……昔の俺……」
「逃げたのが始まり……終わりはどこや……」
独り言をつぶやきながら、河原の土手についた。
走るのを止めて、土手の上を歩いた。
散歩しているお姉さんとすれ違った時、お姉さんが俺から目を逸らした。
慌ててTシャツを着た。
「……いや、これ、頭回ってへんな」
ペットボトルの水を飲んで、それから頭から水をかぶった。
土手に座って、流れる川を見ていた。
「どうしたらええんやろ?」
自分の胸に手を置いた。
走った分だけ、まだ心拍が収まってなかった。
「あー、まじで逃げたい」
立ち上がって、二度だけ、その場で思い切りジャンプした。
二度目に着地した時、その流れでまた、学校に向かって走り出した。
学校に着くと、道場の庇の下に、机が出され、オニギリとお茶が並べられていた。
一年女子がそれをみんなに配っていた。
「あー、先輩だけ走ってきたんですか? ずるいです」
そう言いながら、二個のオニギリとお茶を渡してきた。
「暑くて寝られへんかっただけやで」
軽く笑って、俺は集団から離れた。
その位置が、俺には落ち着いた。
いつもより一時間長い午前の稽古も無事終わり、全員が道場に整列した。
清水がみんなの前に立った。
「合宿も無事に終了しました。一泊二日でしたが、大きなトラブルもなく、お互いの絆が養えたと思います。ありがとうございました」
部員たちが拍手で称えた。
――絆。
ここで使うと、便利で安い言葉になってまうな。
顧問が横から出てきて、清水に代わり、前に立った。
「あー、お前ら疲れただろ。後片付けは、先生らがやっておく。今日はもう帰って、ゆっくり休みなさい。事故は起こすなよ」
「「「はい!」」」
「それでは。正面に礼!」
全員が正座をして、上座に対して額を下げた。
こうして、一泊二日というか、一日半だけの夏の合宿が終わった。
部室で着替えて、道場の前で五百城を待つ。
もはやこれが、夏休みのルーティンになっていた。
「いちいちタイミングが……紗奈のメールも」
「ラブコメフラグなんて妄想のはず……」
待っている間、独り言が止まらなかった。
「伊織くーん」
背後から五百城の声が聞こえて、心臓が飛び出しそうだった。
恐る恐る、そちらを向いた。
女子が数人固まっていた。
中元もその中にいた。
「今日これから女子みんなで打ち上げだって」
「打ち上げ? 男子はあるんかな? 少なくとも、俺は呼ばれてへんな」
「そっかそっか。じゃあ、今、私を待っててくれたってこと?」
「せやけど?」
「あ、そか。ごめん。LINEしとけばよかったね」
「かまへんで。疲れすぎて、すぐ帰る気にもならんかったし」
「うん。気を付けて帰ってね。また明日ね」
「また明日。楽しんできや」
五百城は女子みんなと楽しそうに話しながら、道場を離れていった。
アスファルトの灼けた匂いが鼻を突いた。
少し遠くに逃げ水が見えた。
ふとスマホを取り出し、LINEの紗奈のトーク画面を開いた。
ハッとして、すぐに閉じた。
「……そういうことか」
松田のトーク画面を開いてメッセージを送った。
〈今、ひま?〉
すぐに既読が付いて返信が返ってきた。
〈ばーちゃんち。田舎過ぎて暇すぎる〉
〈そっか、ほな、またな〉
次に葛西のトーク画面を開いた。葛西にLINEを送るのは初めてだ。
〈ひまになった。あそんでや〉
すぐに既読が付いて、五分ほどしてから返信が返ってきた。
〈ひまだけど、イヤ〉
葛西は裏切らない。
もう一度、紗奈のトーク画面を開いた。
昨日のメッセージには既読がついているが、返信はない。
ここで紗奈を誘えば、会えてしまう気がした。
ほとんど確信に近かった。
「……誘うよう誘導されてる?」
だけど、確かめる自信はない。
そのまま帰宅し、夜になってから、紗奈にメッセージを送った。
〈今日なにしてたん?〉
〈なにいきなり。家でゴロゴロ。あついもん〉
やっぱりだ。
少し考えてたら、追撃のメッセージが届いた。
〈あ、昨日ありがとね。うれしかった〉
少しだけ、口角が上がった。
〈伝わったか。さすがやな〉
〈でっしょー。そうそう、花火いこーよ。みんなで〉
話が急に変わる。紗奈らしい。
〈盆のヤツ?〉
〈そうそう。どうせグループLINE見てないでしょ〉
見てない。
〈いかない? どうせひまでしょ?〉
ここで断ると捻じれてしまう。
〈はいはい〉
〈じゃぁ、詳細決まったら連絡するね〉
〈りょうかい、ありがとう〉
既読を待って、スマホを閉じた。
鼻からすぅっと細く長い息が漏れた。




