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第四十話 肝試しと抜ける腰

五分おきに、ぞくぞくと三人組が暗闇の昇降口に入っていく。


俺と中元と一年モブの番が来た。


「さあ、伊織先輩、平野くん。いきましょう!」


中元が俺らを引っ張る。


いやだ。行きたくない。


でも、ふたりきりだったら、腕組んでいいですかフラグが立つところだった。


まだましやな。


心の中だけで、平野に感謝した。


同じ場所でも、昼と夜では表情が違う。


夜の昇降口、ガラス戸の向こうは暗い。中にある非常灯だけが、靴箱の角をぼんやり緑に浮かせている。


昼間なら気にもならない床の砂が、光の端で白く見えた。誰かの上履きが少しずれて置かれていて、それだけで妙に何かいるような感じがする。


「うわ、雰囲気ありますね」


中元が小さく言った。俺は何も話さなかった。


「これ、靴履き替えるっすかね?」


平野が聞いてきた。


「そうちゃうのん」


中元と平野は一緒に一年の靴箱へ。俺は二年の方へ。


靴箱を開けた。


「うわっっっ」


靴箱の中から、バネの蛇が出てきた。


驚きすぎて、後ろの靴箱に腰をぶつけた。


「いってぇ」


腰をさすりながら靴を履き替えた。そこに中元と平野が笑ってやってきた。


「先輩、声出すぎですよ」


平野が言う。


「お前らんとこは?」


「へびっしょ? こんなん余裕っすよ」


平野と中元は、懐中電灯を取り合って、なにか楽しげだ。


「はぁ……」


ため息しか出ない。


「先輩、おばけ怖いんですか?」


中元が聞いてくる。


「おばけなんておらへんやろ。脅かされんのが苦手やねん」


「あー、なるほど」


そう言って、中元が俺の手を握ろうとした。俺はそれを避けた。


「えー、手を握ってあげようと思ったのにー」


「いらへんがな。平野、お前にゆずるわ」


「いいんすか? サンキュっす」


平野が中元の手を握ろうとした。中元がそれをスルーした。


「え……やだ……」


真顔だ。妹顔が真顔だ。


暗闇の恐怖が少し和らいだ。


平野の顔が曇った。


「よし、行くで。さっさとアイス食おうや」


俺は強がった。生きてきて一番強がった。


平野が先頭で懐中電灯を持ち、真ん中が中元で、最後が俺。三人固まって歩き出した。


日中の熱が抜けきらない床に、廊下の奥から冷たい風が吹いてくる。


閉め切られた校舎の匂いが混ざっていた。掃除道具が入ったロッカーの中から湿った古い雑巾の匂いがする。


俺たちの足音だけが校舎を何度も反射して響いてくる。


掲示板には、夏休み前のプリントがまだ貼られている。


オープンキャンパス。進路希望調査。補習日程。


心底、どうでもいい。


「何も起きないっすけど、むしろ怖いっすね?」


「だね」


「この先トイレ。なんかしてきそう」


「だね」


中元は平野の言葉に相槌だけ打って、小さく笑っていた。


俺には、話をする余裕などなかった。


ピロン……ピロン……


遠くから聞こえるピアノの音に、身体が一瞬跳ねた。


平野の懐中電灯を持つ手が、少しだけ硬くなった。


先生たちも暇やねんな。


トイレの入り口に差し掛かる。平野がトイレにライトを向けた。


何もない……。


「これ、驚かす気、あるんかな?」


「んー、流行りの人手不足?」


妹顔が語尾を上げて、首をかしげる。


中元が平常運転で少し安心する。


廊下の先に、階段が見えてきた。


そこまで行けば二階へ上がれる。そこから屋上。


そう思った瞬間だった。


右側の教室の扉が、内側から叩かれた。


ばんっ。


平野が声を上げた。


「うわっ!」


中元も肩を跳ねさせた。


俺はというと、反射的に中元の後ろへ半歩下がっていた。


教室の窓ガラスの向こうに、白いものがゆっくり浮かんだ。


「ひっ」


声が出た。


俺の声だ。


中元がこっちを見た。


「先輩?」


白いものは、もう一度ゆっくり上がった。


そして、窓の内側で左右に揺れた。


懐中電灯の光が、それを映し出した。


バタバタバタ


後ろから音が聞こえた。


反射的に振り向いた。


顧問が全速力で走ってこっちに向かってきた。


「うわぁぁっぁぁ」


中元と平野は、俺の声に驚いて叫んだ。


「キャアアアアー」「ああああっ」


顧問が目の前にまでやってきて、大笑いする。


「いいリアクションだな。先生、満足だ」


そう言って、トイレの中に戻っていった。


隠れてたんだな。暇やなぁ。


安心して、歩き出そうと足を出した。


「……あ」


右足の力が抜けて、座り込んだ。


腰が抜けていた。


「あれ? 先輩、大丈夫っすか? ちびったっすか?」


「いや、ちびってないけど、腰抜けた」


「マジっすか? へたれっすね」


平野の笑い声が廊下に響いた。


「ちょっと平野くん!」


頭上に中元の声が聞こえた。暗くて表情は見えないがたぶん怒っている。


「そんな言い方ないでしょ」


そう言って中元は俺の横に屈んだ。


「先輩、立てますか?」


肩を貸そうとしてくれている。


「や、だいじょうぶ。立てるよ」


俺は、中元の肩を借りずに、壁を使ってゆっくりと立ち上がった。


また膝が笑っていた。


「顔だけは平気そうなんですけどね」


中元が不思議そうな顔で俺を見る。


「無表情が染みついてんねん。ぶっちゃけ、帰りたい」


笑い顔を作って見せた。震えが止まってきた。


「よし。ふたりともすまんな。もういける」


「いきましょう。後ろの組が追いついてきちゃう」


「平野、階段照らしてくれ。お前が頼りや。俺にはむり」


「イエス・サー!」


平野がいつもより大げさに返事をした。


中元は笑わなかった。


西階段の上を懐中電灯が照らした。


上から吹き抜ける風が、ヒューと音を鳴らした。


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