第四話 幼馴染は作られる
教室に着いても、朝のホームルームまで、あと十分あった。
五百城と同時に席に座ると、後ろの席の葛西に肩を叩かれた。反射的に振り向いた。
「大西くん、五百城さんと同伴登校?」
その楽しげな顔に腹が立つ。
「いや、三人」
「三人?」
「五百城と中学の同級生と、俺。同じ時間に同じ建物へ入っただけ」
「……ふーん」
この「ふーん」はよくない。
席に座ると、松田がこちらにやってきた。昨日と同じようにスポーツドリンクを手に持っている。
「五百城さん、おはよ」
松田は、自然だった。自然に俺をスルーして五百城に挨拶をした。
五百城は少しだけ目を伏せてから、答えた。
「おはよう、松田くん」
松田は、昨日より少し嬉しそうに笑った。
お前が、五百城とラブコメチャレンジやっときゃええねん。
俺は、笑顔で会話するふたりの顔を見ないようにした。
何も起きることなく、昼休みになった。
ふと五百城の方を見た。鞄から弁当を取り出している。
俺は、相変わらずの弁当なしだ。意気揚々と、鞄から財布を取り出し、尻のポケットに入れた。
席を立った。立った瞬間に、教室の前の扉に、朝見た姿がまた見えた。
「伊織~」
紗奈が、紙袋を持ってやってきた。別のクラスの人間である。
葛西が、にやにやとこちらを見ている。
その顔やめろや。
「どうせ、購買パンでしょ。駅前のベーカリーで買ってきた」
紗奈はそう言いながら、俺の席の前にやってきた。
「紗奈、弁当ちゃうのん?」
「ママが寝坊したから」
……あれは、フラグやったんか。
「いつ駅前に行ったん?」
「四限サボタージュ」
ええんか、それ。
「あれ? 美月、席となり?」
紗奈は、弁当を開こうとする五百城に聞いた。
「そうなの。転校生あるあるだから」
それ、俺のセリフちゃうのん?
そう思いながらも、黙って席を離れようとした。その瞬間に、紗奈が腕を軽くからませて、五百城に言った。
「じゃあさ、三人で一緒に食べようよ」
紗奈は、悪気なく……あるのかもしれない。でも、とりあえず笑顔だった。
だが、やめてくれ。松田が見とる。
葛西のにやけ顔に、また腹が立つ。五百城は、うつむき加減に少し笑った。
「うん。ありがとう」
「やったね」
そう言って紗奈は、勝手に俺の机と五百城の机をくっつけて、近くの椅子を持ってきて座った。
「伊織が食べたいものはわかってる」
紗奈が買ってきたパンを俺に見せてきた。
カレーパン。しかも、揚げてない焼きカレーパン。
「……」
他のパンも、机の上に広げた。
醤油餅パン、明太フランス、最後は、お好み焼きパン。
生理現象は止められない。唾液が溢れてきた。
「ね、合ってるでしょ?」
「……すげぇな、おめぇ」
孫悟空のモノマネで返した。
五百城がクスクスと小さく笑っていた。葛西が紗奈の後ろから、ひょいっと顔を出した。
「大西くんの彼女ぉ?」
語尾を上げんな。
お前、そのニヤ顔で固定されるで。
「彼女ちゃう。朝言うてた中学の同級生や」
紗奈は、何でもないみたいに笑って自己紹介をした。
「わたし、その同級生。西宮紗奈。今日はお弁当ないから、ついでに買ってきた」
「ついでだけで同級生の分まで買うんだぁ」
葛西の声が、少しだけ弾んだ。
その弾み方は、教室に伝染する。案の定、松田が窓際からこちらを見た。
もう松田は止まらない。待ってましたと、こちらにやってきた。
「伊織、幼馴染に昼飯買ってきてもらってんの?」
「幼馴染ちゃう。小五からや」
「同じだろ」
違う――と言うと負ける形だ。
松田を無視した。
「まぁええわ。紗奈、ありがとな」
それだけ言って、席に座りなおした。
紗奈は、五百城を横目に見ながら、素直に嬉しそうな顔をした。
「西宮さん、俺も入っていい?」
松田が聞いてきた。よし、これは歓迎しよう。
「いーよいーよ。葛西さんも、一緒にどう?」
紗奈のノリで、五人が机をくっつけて、昼ご飯を食べることになった。あまりにもスムーズだ。展開としてできすぎている。
他人のクラスで、勝手に他人の机を使ってるけどな。
「なぁ、紗奈。ありがたいんだけど、なんでいきなり?」
聞いてしまった。いや、ここは直接聞くのが正解だ。
「えぇ? それ、ここで聞く?」
そう言う葛西の目が痛い。
「んー、だって、美月と仲良くなりたいじゃん」
「……なるほど」
言い訳は立っている。
葛西が雰囲気を戻すために、話を変えた。
「でもさ、普通、醤油餅パンなんてチョイスしないよね?」
紗奈が、机の上のパンを見ながら答えた。
「伊織、昔から変なパンばっか好きだから」
「変なパン、ちゃうで」
「醤油餅パンなんて、パンと餅が喧嘩してるじゃん」
「アホか。喧嘩するほど仲ええんねん。醤油とノリが鎹や」
葛西と松田が笑った。
なんやこの青春テンプレの会話……
五百城は、弁当の箸を持ったまま、俺と紗奈を見ていた。
俺は焼きカレーパンを持つ手を少し止めた。
「……迷惑だった?」
紗奈が聞いてきた。その声だけ、少し違った。
やめてくれ。
「いや、そんなことないで。ありがとな」
こう返さざるを得なくなる。
「うらやましいなー。かわいい幼馴染ー」
わざとらしいセリフやめや。紗奈がご満悦やないか。
俺は黙った。
正しくは幼馴染ではない。だがこれで、紗奈が幼馴染に格上げされた。
もうアカンな。諦めや。
俺はモブ化した。
焼きカレーパンを食べ終わり、黙って醤油餅パンに手を伸ばした。
うむ。うまいな。
しばらく、パンの世界にいた。
「……伊織?」
紗奈が俺の目の前に顔を近づけた。驚いて、のけぞった。
「あ、生きてるね。わたし、戻るわ。また夜LINEするね」
それだけ言って、手を振って去っていった。
机と椅子は戻していこや。
俺は無言で、机と椅子を元の位置に戻した。
葛西も松田も、何事もなかったように、午後の授業に備えだした。
五百城は、弁当箱を片づけて、数学の教科書と筆箱を机に出した。
その所作は、正直言って、美しい。
それから俺を一瞬だけ見て、何事もなかったように、数学の教科書を開いた。
どうやら、幼馴染は作られる――らしい。




