第三十八話 見え見えの主将
八月に入り日差しはますます強く、暑すぎて朝でもセミが鳴き止むほどだった。
俺は汗だくで、今、布団を一枚持って剣道場に向かっている。
清水と中元のせいだ。
七月終わりの稽古前のミーティングで、清水が声を張った。
「夏と言えば合宿。なので、今年は我が剣道部も合宿をします」
「「「えーっ?!」」」
当然だ。
何が嬉しくて、夜まで学校に残らなきゃならないのか。
「それ、なんのためですか?」
中元がわざとらしく手を上げた。
「いい質問だ。強くなるためじゃない。思い出作りだ」
清水と中元が目を合わせた。
お前ら共犯だな。
「合宿と言っても金はない。男子は道場で寝る。女子は先生が短期留学生用のレジデンスを手配してくれた。一泊二日。二日目は午前まで。稽古量は増やさない」
「それ、家帰ったらええんちゃうのん?」
「違う。全員で飯を作り、全員で寝る。これでチームの一体感が増す」
増す前に帰りたい。
「あと、夜は肝試しをやる」
歓声が上がった。
五百城まで目を輝かせている。
学校の肝試しで喜ぶのは小学生までだろ。
俺は列からこっそり出ようとした。
「大西、休みます、とか言うなよ」
先に抑えられた。
それで、布団を家から運ぶという苦行をしている。
合宿とは言っても、ただの泊まりがけの稽古だ。
違いは、道場の端に、各人の布団が重ねられてるくらい。
朝の八時半。部員全員の前で清水が声を張った。
「この合宿では特に初心者の強化を行います。僕が直接指導にあたります」
初心者って女子全員やないか。
「あのさ、こっち何したらいいの?」
二年男子の浜田が、防具もつけずに女子たちの側に立つ清水に聞いた。
「あー、そっちはいつも通りで」
テキトー過ぎるやろ。
浜田が俺に聞いてくる。
「大西、どうする? 合宿なのにいつも通り?」
「俺に聞かんといてくれ。そんなん、しらんやん」
午前の稽古が始まった。
本当にいつも通り。
ちらりと清水を見た。笑顔で一年女子に打ち込みを教えている。五百城が二年女子を教えている状況になっていた。
「あれ絶対狙ってたよね」
二年の八巻が言ってきた。こいつは言葉遣いが柔らかい。
「そうかもしらんけど、俺、関係あらへん」
「大西はムカつかないの?」
「や、別に。清水が主将に選ばれたわけで。多少その特権使ってもええやろ」
「違うよ。清水、立候補だよ」
「……なるほどなぁ」
多少の士気低下はあったものの、卒なく稽古は終了した。
昼休憩では、道場の庇の影の下で、配られた弁当をみんなで食う。
「清水、この弁当ってどしたん? 部費から?」
「これがさ、先生が出してくれた」
「え? この量だとそこそこするんちゃうん?」
「俺と中元で先生を説得しに行ったとき、先生が『おまえら、青春だな』って涙目になって……」
妹顔は大人にも通用したのか。
「その代わりに新人戦は全国狙えって」
センセ、休み中の稽古すらイヤがっとったんちゃうんか。
どいつもこいつも、青春脳か?
「そっか。ありがたいな」
俺は体のいい言葉を言って、お茶で米を流し込んだ。
道場の庇の下は、いつでも日陰で風通しがいい。
夏でも動かなければ気持ちが良い。
みんなで寝ころび、ダラダラと時間を過ごす。
気づけば寝ていた。
「……先輩、飯の用意らしいっす?」
後輩のモブに起こされた。
中元でも五百城でもない。
妙に安心してしまった。
調理室に連れていかれると、男子の後輩が三人待っていた。
そこに妹顔がひとり。
やっぱりか。
「伊織先輩、待ってました!」
「なにこれ? 説明してや?」
「わたしたち後輩組がカレー係で、先輩は監視役です」
なるほどな。
「他は?」
「清水さんが一年女子たちと買い出しで、他は、道場の前で先生と一緒にバーベキューの準備です」
妹顔は清水の好みじゃなかったか。
「……了解。ほな作ろか」
二〇人分ほどの材料が置いてあった。
大きいボウルを置いて、刻んだ玉ねぎをそこに入れていった。
「なにしてんねん。はよ終わらそや。俺、まだ眠いねん」
一年生たちが、互いに見合いながら動かない。
「……ピーラーでジャガイモの皮むいて、水につけといて。あと、鍋に油引いて、この玉ねぎ炒めはじめて」
俺の指示出しで、一年生たちが動き出した。
パッと見たら、中元がひとり余っていた。
ひとりだけ女子やと、さすがにあぶれるわな。
「残り女子、豚バラを五センチくらいに切って、鍋に放り込んで」
「はい!」
カレー班が動き出した。嬉しいとは違う、何か別の感情があった。
「玉ねぎ、終わり。次、ジャガイモ行くでー。皮むき終わったら手伝ってや」
そう言って、ボウルからジャガイモを取り出して、まな板の上に置いた。
「伊織先輩って、料理できるんですか?」
中元が聞いてきた。俺はジャガイモを刻みながら答えた。
「こんなん料理言うほどちゃうやろ。紗奈ん家離れてから毎日作ってるからな」
「先輩、西宮先輩と一緒に住んでたんですか?!」
中元の言葉で、自分が発した言葉の意味を理解した。
「ちゃうちゃう。俺が小さい時におかん出てったからな。親父が紗奈の家族に頼んで、中学卒業までは夜ご飯だけ、紗奈んちで食べててん」
「……そうなんですか。なんか、すいません」
中元が肩を落とした。妹顔はしょげてもかわいい。
「こんなんよくあることやん。肉終わったんなら、こっち手伝いや」
「はい!」
中元が俺の横に並んでニンジンを刻みだした。
調理室には、玉ねぎを炒め過ぎた甘い匂いが充満していた。




