第三十七話 青春っぽいね
「あー、疲れたー。日焼け止め、塗り直しだね」
葛西の声で目が覚めた。紗奈たちが戻ってきたみたいだ。
俺は寝ていた。それはもうグッスリと。
「伊織、寝てたの?」
「あー寝てた。汗びっしょりやわ」
その俺に松田が笑いながら言う。
「飯とか買っておいてくれたら、いい男だったんだけどなー」
俺が反論しようとしたら、紗奈が先に反論した。
「海斗くん、それは違う。伊織はわたしの楽しみを奪わなかったんだよ?」
そう言って、俺の手を引いた。
松田が不思議そうな顔で俺を見た。
すまんが、俺もよう分からへん。
「伊織、何あるか見に行こ!」
紗奈に強引に引っ張られて、走らされた。
海は、フラグが立ちまくる。
正直、しんどい。
他の三人は、ゆっくりと歩いて海の家に向かった。
俺もあっちが良かった。
ここは、地方の小さな砂浜。海の家も人はまばら。
「何にしよーかなー」
紗奈は天井からぶら下がるメニューを眺めていた。
俺は、左腕に絡みつく紗奈の手をジッと見ていた。
「あ、ごめん。つい」
紗奈が慌てて手を引いた。
うむ、予定通りだ。
「や、もうええよ。どうせ見られてもあの三人だけやろ」
こう言っておけば、角も立たない。完璧だ。
だが、まさか、だった。
「あ、そうね」
そう言って、紗奈はまた俺の腕に手を回した。
フラグを避けたはずなのに避けられない。
「伊織、何にする?」
海の家と言えば、焼きそば、ラーメン、カレーだ。
「チャーハンやな」
「オッケー、わかった」
紗奈が店員さんを呼んだ。
「すいませーん。カレーと焼きそばひとつずつ!」
「え? 紗奈、ふたつ食べるん?」
「なんでよ。伊織と半分ずつ。わたし両方食べたいもん」
俺のチャーハン、どこいった?
「ほな、なんで聞いたん?」
「一応、聞いとかないと悪いかなって」
そう言いながら、目を細めた。良い意味でのため息が出た。
みんな、一品ずつ買って、店の前のテーブルに並べた。
焼きそばとカレーしかない。
「あんな、おまえら、バリエーションってないんか?」
「ぜんぜん。定番、楽しいもん」
葛西は目を細めて笑った。この顔は初めてだ。
「そうそう。食べよ食べよ」
そう言いながら、紗奈がカレー半分、焼きそば半分を、別の皿に盛った。
「はい、これ、伊織の分ね」
皿を箸と一緒に手渡してきた。
「サンキュー」
それを受け取った時、松田が口を開いた。
「伊織と紗奈ちゃんって、なんか、ほんま仲いいよな」
五百城の肩がピクッと跳ねた。
「幼馴染って、やっぱりいいよね」
そう言う五百城の目は少しだけ伏せ気味だった。
「いや、小五からやから、幼馴染ちゃうで」
「そうそう。出会った時もう、あまのじゃく完成してたもん」
余計な一言だが、否定はしない。
「それで、そんなに仲いいんか?」
紗奈は、少しだけ考えるように箸を止めた。
余計なこと言うな。
止めろ、葛西。
葛西は、カレーの皿を持ったまま、楽しそうにこっちを見ていた。
「ん……そうだね……わたし、やっぱり伊織が好きだから」
紗奈の言葉に、全員の箸が止まった。
いきなり何を言うんだ。
紗奈は、箸の先でカレーの端を少しだけ崩した。
「彼氏とか、そういうんじゃなくてさ。……女枠かな。美月と茉莉花とおんなじ」
松田が自分を指さして、紗奈を見た。
「海斗くんだけ、男枠かな」
紗奈はいたずらっぽく笑った。
止まっていた葛西が、再びカレーを食べだした。
「いいんじゃん。紗奈ちゃんっぽくて。わたしは好きだな、それ」
五百城が紗奈を見た。俺はそこに目を向けることができなかった。
「うん、紗奈ちゃんっぽい」
「茉莉花も美月も、ありがとー」
俺は焼きそばを食べながら、声だけ聞いていた。
店先で、チリンと風鈴の音が鳴った。
そこからは、まさにテンプレ通りの高校生の海水浴。
砂浜に絵を描いて、浅瀬でビーチバレーをして、それ以外にフラグも立たない。
俺は砂に埋められる。
「伊織、これはモブ役だな」
「せやけど、これマジで動かれへんやん」
「えー、じゃあ、置いてこうかなあ」
「五百城まで悪ノリせんといてや」
くだらないことで笑いが尽きない。
時間は十七時。
「そろそろ、帰ろか」
紗奈が言った。
「楽しかったねー」
葛西も続いた。
「大学生とかなら、夜に花火とかするんだろな」
松田が少し寂しそうに言う。葛西が返した。
「うん。でも、それは大学生の時にとっておこうよ」
「そだな」
五百城がそっと空を見た。釣られて俺も空を見た。
うん。なるほどな。
夏のお約束がやってきた。
あっという間に厚い雲が流れてきて、太陽が隠れた。
ふと、暗くなった。
ぽつ、ぽつ。
「あ、雨?」
サザザザ、ザーッ。
夕立だ。
水着のままだ。怖いわけがない。
「最高の締めだな、これ」
松田が嬉しそうに、雨の中をはしゃいだ。紗奈も葛西も、一緒にはしゃぎだした。
「五百城? どうした?」
五百城だけが少し浮かない顔をしていた。
「うん。なんかね、嬉しくて。嬉しいはずなんだけど……」
俺は、三人に声をかけた。
「とりあえず、着替えよや。その間に雨も過ぎるやろ」
そう言って、場を流した。
三人が、着替えて戻ってきたとき、五百城の笑顔は戻っていた。
「え? 二人とも着替えてないの?」
俺も松田も、水着のままだった。
「や、俺、そもそも着替えない。海入るつもりなかったし」
「あ? 俺? 着替えも雨に濡れて、服がない」
「その格好で濡れたまま、帰るの?」
「タオルで拭けば、だいじょうぶや。ちょっと寒いけどな」
俺と松田は、女子三人とは別の車両で帰った。
「じゃねー、またねー、今日はありがとう」
駅に着いて、みんなが帰路についた。
太陽はもう沈んでいて、夏の夜風が、濡れた服を冷やし続けた。
「さっむぅ。こらあかんわ」
「伊織ってさ、基本、バカだよね?」
「バカちゃうわ。アホて言え」
内容のない話をしながら、紗奈の家についた。
「ちょっと待ってて」
紗奈に玄関前で待たされた。
「はい。せめて乾いたタオルだけでも。持って帰っていいから」
「……ありがとう。なぁ……」
「なに?」
タオルの端を握ったまま、言葉が止まった。
「今日は……誘ってくれてありがとな」
「うん。わたしも楽しかった。またね」
「またな」
俺は自分の家に歩き出した。
紗奈の笑顔を見るのが怖くて、振り向かずにまっすぐ歩いて帰った。




