↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/50

第三十二話 おかえり、松田

「あっついなぁ」


「あついねぇ」


このところ、ときどき紗奈が、朝迎えに来る。


ふたりで登校することが増えてきた。


葛西が変なことを言うから意識してしまう。


「あんな、ちょっと聞いてええか?」


「いいよ、なに?」


「怒らへん?」


「内容次第」


紗奈が笑った。


「ほな、言わへん。怒られるのは怖い」


「なんでよ。言ってよ」


少し躊躇(ちゅうちょ)した。紗奈が俺の言葉を期待している。いつもなら、この期待の逆をする。


だけど、今は変に逃げてしまうと、また何かが起こりそうで逃げられない。


「いや、なんで迎えにくるんかな、と」


「え~、そんだけ?」


「そんだけ」


「期待して損した」


何を期待してたんや?


「伊織と一緒に学校行きたいからに決まってんじゃん」


それは質問の答えになってへんで。


「なに? 照れてんの? 噂になるとか?」


「うーん。そういうわけでもないけど、シンプルに。紗奈になんの得があんねん」


紗奈は少し考えた。少しだけ真面目な顔になった。


「そーだね。松田くんと伊織の影響かなぁ」


「まったくわからへん」


「松田くんはいつでも一生懸命で。伊織は普段ふざけてるけど、やるときはやるし……」


やめろ。モブを神聖化するな。


「わたしも、一生懸命になろうかなって」


「朝迎えに来るのと何の関係あんねん?」


「んー、ナイショかな」


ナイショてなんやねん。


「まぁ、いいや。話戻すわ」


「あ、松田くんのことね」


「なんか案ある?」


「んー、たぶん、ね」


「なんやねんそれ」


「……ナイショかな」


「なんや、またナイショかいな」


紗奈が笑った。こいつの笑顔は安心する。


中元や五百城の笑顔は、受けると刺さる。


その日のランチタイム。相変わらずの四人組。


モブの俺にとっては、地獄のハーレムタイム。


五百城のためでなく、自分のために松田を戻したい。


「はい! 提案があります!」


紗奈が口火を切った。


なぜか敬語で。


「なんでしょう! 紗奈さま!」


俺は最近、葛西のノリを気に入っている。


「みんな、下の名で呼び合いましょう!」


「「「ん?」」」


三人が紗奈を見た。


「ほら、そろそろ夏休み。わたしはみんなで遊びたい。もっと仲良くなりたい」


「や、おまえ、松田以外、全員下の名前で呼んでるやん」


「ちがうの。わたしだけじゃだめ。みんなで仲良くなる」


三人が顔を互いに見合わせた。


「えー。わたしが大西くんを、伊織くんって呼ぶってこと?」


葛西が嫌そうな顔をして聞いた。


「そう!」


「なんで?」


「なんかさ、一部だけで名前で呼び合ってたら、そこだけ特別な感じするじゃん」


なるほど。確かに。


「だから、みんな一緒。みんな特別。どう?」


「紗奈ちゃんっぽいね」


葛西が笑った。五百城も微笑んだ。紗奈がチラリと窓側を見た。


「わたし、西宮紗奈」


紗奈は、そう声を張って、葛西に手を掲げた。


これはもう完全に学園ドラマの流れだ。


なぜ、お前らはみんなドラマを演じるんだ。


「わたし、葛西茉莉花」


葛西が五百城に手を掲げた。


「私、五百城美月です」


細いけど通る声で言った。


そして、五百城は俺に手を掲げた。


ここからの流れは完璧に読める。


答えたくない。逃げたい。避けたい。


避けると、それが五百城に向かう。


くそっ。


負けだ。ここは負けだ。


「俺は、大西伊織」


負けるが勝ちだ。


俺は、窓際の松田に向かって手を掲げた。


三人も松田の方を向いた。


「松田!」


松田が振り向いた。だけど、半分口が開いて固まっている。


そりゃそうだ。


「次、お前! はよしてや。手がしんどい」


紗奈が俺に向かって音のない小さな拍手をしている。


松田の仲間たちが、松田の背中を押している。


あいつ、愛されてんな。


「俺、松田海斗、次期キャプテン!」


松田は、一度だけ窓の外を見た。


それから、笑ってこちらに向かってきた。


「海斗くん、おかえり」


葛西が言った。


紗奈が松田とハイタッチした。


五百城が俺に目配せして、少し微笑んだ。


「松田を名前で呼ぶのは、何よりも照れるな」


「俺は、名字を呼ぶ方が苦手だけどな」


「こないだは、悪かったな」


「いや、悪いのはこっちだ」


松田と軽く握手した。


紗奈が泣いていた。


「良かった~。せっかく仲良くなったのに、わたし……」


リス顔の葛西が、紗奈の頭を撫でていた。


顔面的には、役目、逆だろ。


「でも、ちゃんづけはいややな。葛西さ、茉莉花ちゃんって、どうよ?」


「キモイ。それなら、茉莉花の方がまし」


みんなが泣いて笑っている。


それを、五百城が静かに眺めている。


なんやこれ?


俺は、いったい何を見させられてんねや?


その日は、頭の中がまとまらないまま、残りの時間を過ごした。


部活終わりに剣道場の前で五百城と紗奈を待っていると、五百城がふとお礼を言ってきた。


「伊織くん、ありがとう」


一瞬、胸が鳴った。


このヒロイン級の顔に、下の名前を呼ばれるとは。


「下の名前って、照れるな」


「そうだよね。でも、伊織くんも私のこと名前で呼んでよ」


断りたいのに断れない。


五人の関係は壊せない。


俺はこれまで、ひとりだったから逃げてこられたのか。


「……み、美月」


五百城が俺を見て微笑んだ。


「はい」


目に吸い込まれる。俺は顔を背けた。


「照れないでよ」


「照れるやろ」


「そこは、海斗くん見習おうよ」


「あれは、主役やから。俺はモブ。むり」


五百城は、一瞬だけ間を置いた。


「伊織くん、モブなんかじゃないんだよ」


「あん?」


俺と五百城の間に、紗奈が後ろから、笑いながら入ってきた。


「ふたりで、なにをいちゃついてんの~」


「いちゃついてへん。下の名前が照れるって話や」


「あ、そうね。でも、いい案だったでしょ」


「せやな。さすがやで」


紗奈が満面の笑みになった。高校に入ってから、初めて見たかもしれない。


ふたりでハイタッチをした。


「ふたり、やっぱり仲いいね」


「そうか? そやな」


俺と紗奈は顔を合わせて笑った。


五百城も笑った。


だけど、その瞳の中に、少しだけ曇りを感じたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。