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第三十一話 下手くそな蝉

「なんとかする」


これまで絶対に言わなかった言葉。なのに、五百城に言ってしまった。


これは能力値が高いキャラが言う言葉だ。


俺が使うと詰む。


なんとかできる手段はない。根拠もない。


状況は変わらず、時間だけが過ぎていく。


紗奈と葛西のガールズトークに、俺と五百城が頷くだけのランチタイム。


俺が抜けると五百城ひとりが残される。


松田を戻すきっかけがなくなってしまう。


だから、この地獄に耐える。


七月に入り梅雨が終わって、また、中元に周回遅れにされる日々が戻ってきた。


噂は減ったが、中元は相変わらずの妹顔だ。


「伊織先輩、夏休み、予定あるんですか?」


珍しく並走してきて聞いてきた。


「モブの夏は、冷房の中でゲームやな」


「部活はないんですか?」


「うちは強豪校ちゃうからな。夏休みは自主練のみ」


「先輩は?」


「だから、ゲームやって」


それを聞いた中元がいたずらっ子の顔になった。


「せんぱーい。もういいですって」


「なにがやねん?」


「先輩って、モブモブ言いながら、裏で頑張るタイプでしょ?」


やめろ。それを言うな。


モブのアイデンティティが壊れる。


「……いや。モブや」


「わかりました。じゃあ、わたし、毎日道場に来ますね」


「は? 俺、ゲームしてる言うてるやん」


「はい。だから、わたしが道場に来ても、伊織先輩はいませんよね?」


こいつ。確信犯か。


少しイラついて中元を見た。


妹顔が、満面の笑みで返してきた。


ここで「勝手にしたら?」というのがツンデレの定番。


「ほな、道場けーへん。近くの剣道教室でも行くわ。勝手したら?」


「えー、それはいじわるですよー」


中元が、パンパンと肩を叩いてきた。


こいつはテンプレを裏切らない。


「……そっか、夏休みやなぁ」


「そうですよ。楽しみですね!」


そう言って、中元は走り去っていった。


どうせ周回遅れで追い付かれるけど。


だが、夏休みに入る前に、高校生には避けられないイベントがある。


期末試験だ。


ランチタイムで紗奈が聞いてきた。


「ねぇ、試験どうだった?」


こう聞いてくるやつは、だいたい成績がいい。


「他人に聞く前に自分が言うのが筋ちゃうん?」


「わたし? わたしは頭いいからね。平均八〇点くらいかな」


ほらな。


仕方ない。欲する言葉を与えてやろう。


「うそ? マジ? アホやと思てたのに」 


「伊織と一緒にしないでよ」


「すげえな。俺、平均四〇点台だもんな。四教科補習や」


紗奈が笑い出した。


「まじ? モブなら無難に補習避けるんじゃないの?」


「そんな能力は持ってへん。五百城は成績良さそうやんな」


ここは興味ある。自分で聞く。


紗奈も葛西も、五百城を見た。


「え? 私? 普通だよ。全部平均点は超えてるから補習はなし」


こいつは能力隠してそうだ。


あえて騙されてやろう。


「葛西はたぶん、俺の仲間やんな」


葛西があからさまに怪訝な顔をした。


「なんか悪い?」


期待を裏切らない返答だ。


「何教科や?」


「四教科」


「俺と一緒やないか」


「バカは良いけど、大西くんと同じってのが嫌」


みんなが笑った。


視界の端に松田が見えた。こちらを見ている。


俺は、松田の方を向いた。


「松田、おまえ、テストどうやったん? 一緒に補習しよや」


「勘違いするな。俺は頭がいい」


うそ。まじで。


「全部九〇点超え。廊下の張り紙見てこいよ」


俺は走って、廊下に張り出されている成績優秀者の張り紙を見に行った。


『十二位 松田海斗』


……これこそ、主人公。


トップじゃないあたりがリアリティ。


教室に戻った。


「……松田……学年十二位だった」


「「「え?」」」


全員が同じような顔で松田を見た。


松田自身も驚いた。


「え? 俺、アホだと思われてた?」


俺と紗奈と葛西は大きく頷いた。


五百城だけは、少し遅れて笑った。


「すごいね、海斗くん」


松田は、それを聞いて、少しだけ目を逸らした。


学校の制度からは逃げられない。


俺は葛西とふたりで放課後の補習を受けることになった。


クラスでふたりだけだ。


「今日は、お前ら、このプリント解いて職員室まで持ってこい」


それだけ言って、教室を出ていった。


葛西とふたりきり。


だが、こいつとはフラグが立たない。


そもそも、俺はこいつが苦手だ。


「ねぇ、大西くん」


ほら来た。プリントしよーぜ。


「大西くんさ、誰が好きなの?」


「は? 誰でもないわ。はよ、終わらそや。俺、部活あんねん」


「そうやってごまかしてばっかり」


葛西がニヤけ顔じゃない。


「なんやねん。俺の勝手や。そっちも勝手にしーや」


「あのさ、一応さ、わたしは大西くんを友達だと思ってる」


え? そうなん?


「だから、聞いてるの。紗奈ちゃんと五百城さんのどっちが好きなの?」


「いや、だからな、どっちでもないって」


葛西が鼻からため息を出した。


「紗奈ちゃんさ、大西くんのこと好きだよ、きっと」


「腐れ縁的なやつやろ?」


「理由なんてどうでもいい。そこは感情」


わけ分からん。


だが、これを認めるわけにはいかない。


「せやな。たしかに紗奈は他の女子とは違うけど、好きとかそんなんとちゃうな」


我ながら完璧な返答だ。


「じゃあ、五百城さんは?」


「ない。釣り合わへん。五百城はどう見てもヒロイン級。モブ級の俺には高嶺の花やで」


葛西がニヤけた。いつもの顔だ。


「へぇ。高嶺の花っていうことは、意識はしてんだねー」


「変な解釈すんなや。なんで葛西は――」


ガラッ


教室の扉が開いた。


「おまえら! まじめにやれ! 終わるまで帰れんぞ!」


そう言ってまた、扉を閉めて戻って行った。


葛西と顔を合わせて、笑った。


「それよりなにより、松田を戻さなあかんねん」


「そうだね。いいこと言うね」


俺はひとり、仲間を得た。


会話がここで終わったが、プリントが終わらずに、ふたり仲良く職員室で叱られた。


窓の外では、まだ下手くそな蝉が、夏が始まる合図を奏でていた。


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