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第二十九話 予定の不調和

後半のホイッスルがグラウンドに響いた。歓声が一斉に大きくなる。


うるさい。まじうるさい。


松田は前半と変わらず右サイドにいた。素人目に見ても、一番走っている。


「松田ー! 海斗ー! そこ行ける!」


松田がボールを受ける度に、葛西の声が飛ぶ。


葛西もいいヤツだ。俺は苦手だが。


「なんかさ、応援で人の名前叫ぶのって恥ずかしくない?」


紗奈が言ってきた。


いや、俺の時、叫んでたやろ。しかも、恥ずかしい下の名前で。


「そもそも、俺は他人を応援するとかわからへん」


「また、そういうこと言う。素直になりなよ」


これが百パーセント素直だ。


五百城も、応援していた。松田を嫌ってるわけちゃうんやろな。


「松田くん、がんばってー」


松田の耳に届くことを祈る。


そのまま二十分が過ぎた。俺の時間も残り二十分。


何も考えてなかった。やばいな。


告白の阻止ってどうすんの?


「……あ」


葛西の声が漏れた。


コーナーキックからだった。相手のフォワードの頭がボールを弾いた。


キーパーの手が届かなかった。


それだけだった。


ピーッ


甲高い笛の音が鳴った。


相手のスコアに「1」が書かれた。


五百城が手を合わせて祈り出した。


勝ったら俺が大変なんだけどな。


でも、この五百城を見てると負けを願う自分が恥ずかしい。


「松田くん、がんばれー」


紗奈の応援語彙の少なさも、恥ずかしい。


ボールが外に出た時、試合が中断した。


その時に、メンバー交代が行われた。


「あ、松田くん、ワントップになるみたい」


まじか。松田に懸けるのか。


「なに? どういうこと?」


紗奈が俺でなく葛西に聞いた。


失礼だ。


それくらい俺でも知っている。


「とにかく、ボールを前に出して、松田くんに託す感じかな」


「え、すごいじゃん」


「うちの高校、みんなバテてるもん。松田くんだけ、まだ走れるってことじゃない?」


松田を尊敬する。


剣道なんて、長くて五分。松田はもう、これまで六十分走ってる。それでも、まだ走れるってことだ。


もはや、ボールは、七割以上相手がキープしていた。


松田は、センターライン付近で、自軍がボールを奪うのを待って、奪った瞬間に前に走り出す。


だけど、松田にパスが届かない。


松田はボールに触れられない。


ただ、前に後ろに走っている。


松田が何かを叫んでいた。


歓声が大きすぎて、松田の声は聞こえない。


「なんで、松田くんは守らないの?」


紗奈が聞いてきた。


気づけば俺も、拳を強く握っていた。


「松田は、下がられへんねん。味方が奪ったボールを受け取る役やからな。味方を信じて待つしかないねん」


「かわいそう」


素人の紗奈でも分かる。


誰しもがもう、松田がボールを持って、ゴールする姿を信じている。


さすがに俺も声が出た。


「なにしてんねん! 松田に出せ! 松田ならなんとかするやろ!」


葛西が立ち上がり、音頭を取り始めた。


「ま、つ、だ! ま、つ、だ!」


背は紗奈より低いくせに、声は俺より大きい。態度はでかい。


雰囲気が変わった。場内に松田コールが鳴り出した。


「「「ま、つ、だ! ま、つ、だ!」」」


五百城も、松田コールを叫んでいる。


勝ってしもたら告白されんねんで?


松田が声援に応えるように、手を上げた。


主人公の動きだ。


だが、それでも松田にはボールが渡らない。


松田は肩で息をしながら、ただ前後に往復するだけだった。


「こんなのかわいそう。松田くん、サイドのままの方が良かった」


葛西が言った。


「松田て、なんか雰囲気あるからな」


「え?」


「松田に勝負を背負わせたんちゃうかな」


「え?! それひどくない?」


紗奈が怒った。


「や、俺の偏見。でも、松田からしたらそう感じるやろな。いい意味でも、悪い意味でも」


残り五分で、松田がついに、我慢しきれずに少し下がろうとした。


「あいつ、そんだけ責任感があんねやろ」


だが、それもトップ下のヤツが、手で制した。


松田は、ずっと下がれなかった。


ボールはずっと自陣にあった。


最後の最後まで、松田に見せ場は訪れなかった。


葛西と紗奈が泣いていた。


葛西のキャラが崩壊だ。お前は泣くな。


五百城はハンカチを握りしめて下を向いていた。


松田が描いた台本は、松田にボールが来ないまま、幕を閉じた。


俺は、ホッとしていた。


自分で思う――最低だ。


試合後俺たちは、会場の外で松田を待った。


松田はひとり、肩を落として歩いてきた。


「松田くん、惜しかった。感動した」


葛西が声をかけた。松田は笑顔になり頷いた。


「ほんと、カッコよかった。ひとりで最後の最後まで走ってたもんね」


紗奈も松田を褒めた。


「結局、ボール来なかったけどな」


松田は少し遠くを見た。


かっこいい。


「せっかく応援来てくれたのに。美月ちゃんにいいとこ、見せられなかった」


「そんなことない。海斗くんカッコよかった」


五百城が松田を見上げて言った。松田は五百城の方を見ずにうなずいた。


このふたり、絵になるな。


「松田。まだ二年やん。また、来年がんばろうや」


俺はみんなに続いたつもりだった。松田は俺の方を見た。


「……いつも外から見てるお前にはわからんだろな」


松田はそう言うと、荷物を持ってひとり歩いて行った。


女子三人が俺を見ている。


ハーレムだ。悪い意味で。


「伊織、明日、謝りなよ」


紗奈が言う。


なに? 俺悪いの?


「俺、なんか悪いこと言った?」


「さあ? 月曜に自分で聞いたら?」


紗奈がそう言って駅に向かった。葛西もついていった。


五百城は、駅とは違う方向に歩いていく松田の背中を見ていた。


それから、俺の横を通り過ぎ、


「ありがとう」


と小さく言って、紗奈たちについていった。


俺は、ひとりぽつんと立ちすくんだ。


雨が降る前の湿っぽい冷たい風が吹いた。俺は、レンズのないサングラスを外した。


なんなんだ、これ?


五百城の声が頭に残っていた。


この状況で「ありがとう」だった。


「……あいつ……言ってることと、やってることがなんか違う?」


地面に、ポツポツと雨跡がついてきた。


俺は、みんなとは違う駅へと走った。


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