第二十八話 理由聞かへん
金網のゲートを抜けたあたりで、スマホに五百城から返信が届いた。
〈入口近くの噴水のところ〉
首を伸ばして周りを見渡した。噴水が見えた。
俺は全力疾走でそこに向かった。
五百城が祈るように手を組んで立っている。
美人は何を着ても映える。
Tシャツと長めのスカートにスニーカー。フード付きのパーカーを羽織っていた。
近くまで来ると、足が小刻みに震えているのが分かった。
「なんかあったんか? だいじょうぶか?」
五百城の目つきが少しおかしい。
焦点が合ってない。
まるで俺が見えていない。
「五百城!」
肩を軽く振って、名前を呼んだ。
ゆっくり俺の方を向いた。
「あ……」
俺の顔を見た後、俺を抱きしめ泣き出した。
なんだ。なんだこの状況は。
なんのフラグだ?
「ちょっ、ちょっと……」
俺は、手の置き場に困り、両手を中途半端に上げて固まっていた。
五百城は肩を震わせながら泣いている。
尋常じゃない。
首だけで周囲を確認した。ベンチが見えた。
「こっちに行こう」
俺は、五百城の肩に手を置いて、ベンチに向かい、そこに五百城を座らせた。
五百城の前に腰をかがめ、目線を合わせた。
五百城はまだ震えて泣き続けている。
俺は、深く息を吐いた。
「……少しは落ち着いた?」
五百城は小さく頷いた。
「まったく状況わからへん。けど、みんなには話せない理由ってことやな」
もう一度小さく頷いた。
「それで、きっと、俺だけが何とかできるかもしれない、ってことやな」
五百城は黙って俺の顔を見た。
それから、小さく頷いた。
俺は五百城を見て、笑顔を作った。
「オッケ。了解。あんまりいい予感せーへんけどな」
あんまりどころじゃない。「全く」だ。
「それで何したらいいんや?」
五百城は自分の足元を見ながら、小さな声で話し始めた。
「……松田くん、たぶん、告白してくる……でしょ?」
なんで知ってんねん?
「……五百城……やっぱり……未来から」
「違う。未来なんてわからない」
「ほな、なんで?」
「台本通り……だから」
これは理解できた。
「出会った時に、俺が五百城を避けたみたいな感じ?」
「そう……かな」
「そりゃ、こんなんラブコメのお約束やからな。そりゃ読めるわな」
五百城は頷いた。俺は少しホッとした。
「ほな、なんで応援来る言うたん?」
「今回は大丈夫かなって思って……。みんなともっと仲良くなりたいし」
今回は? 前回もあったってこと?
「でも、やっぱり……怖い……」
「せやかて、告白とか震えて泣くほどのことちゃうんちゃうん?」
しまった。これは言い過ぎだ。
五百城がまた、涙を流して震え出した。
「ちょっ、待って。言い過ぎた。ごめん。マジごめん」
「ううん。大西くんは悪くない」
五百城は息を吸って吐いてを繰り返した。
自分で自分を落ち着けようとしている。
俺は、鼻から息を吐いて、五百城から視線を外した。
それから大きく背伸びをした。
「……わかった。理由聞かへん。告白、阻止したらええんやろ?」
「え?」
「なんとかする。モブにはモブのやり方があんねん」
五百城が座ったまま、俺を見上げた。五百城の震えは止まっていた。
「……よし、いけそうやな。とりあえず、その顔、隠さなあかんなぁ」
俺は周りを見渡した。
「ちょい待ってて」
俺は自動販売機まで走って、ペットボトルの水を買って戻った。
「ハンカチある?」
五百城が俺にハンカチを手渡した。
その手を持って、「動かないで」と言って、買ってきた水で冷やした。
「まず、その手で、まぶたと目の下と頬を順番に冷やして」
五百城が俺の指示通りに動いた。何度か繰り返して、目の下の赤みが減ってきたころ、ハンカチを水で冷やして、五百城に渡した。
「これで目元を二十秒冷やして。赤みと腫れが少しは引くから」
五百城は言われた通りにハンカチを目元に当てた。
残りの水は俺が飲んだ。
「それしながらでいいから、鼻から四秒吸って、口から六秒吐いて。三回くらい」
呼吸のたびに、五百城の呼吸が深くなるのが分かった。
「よし、オッケーかな」
五百城の顔を見て言いながら、手を伸ばした。五百城がその手を持った。
五百城の手を引いて立たせた。
「あとは、トイレで顔と髪直してき。ぐっちゃぐちゃやで」
そう言って笑った。
「そだね。ごめんね」
五百城はようやく笑顔を見せた。手は握ったままだった。
試合会場から笛の音が聞こえた。
俺は手を離した。
「ねぇ、大西くん」
「なに?」
「なんで、あんな方法知ってるの?」
「ん? 泣いた後のこと?」
「そう」
「そんなん泣き虫やったからに決まってるやん」
「そうなの?」
「ちょっといろいろあって、泣きまくってたからな」
「……」
「ええから、そろそろ着くで。笑顔の準備しときや」
「うん」
五百城と一緒に応援席に入り、紗奈と葛西の待つ席に向かった。
「ごめん、紗奈ちゃん、葛西さん。迷ってて、泣きそうになってたー」
「ちょっとわかりにくいよね。でも、後半には間に合ったし」
俺は「ほんで、何点差?」と聞いて、紗奈の視線を五百城から逸らした。
「まだ、ゼロ対ゼロ。松田くん、がんばってる」
葛西が指を差した。
ユニフォームを捲し上げて、腹筋をさらけ出しながら、スポーツドリンクを飲んでいる。
「これ見よがしに、腹出してんなぁ」
「大西くん、嫉妬は良くないよ。あれは様になっている。シックスパックは裏切らない」
葛西は鼻をふんふん鳴らしている。
「なんか、葛西おかしくないか?」
紗奈に聞いた。
「茉莉花、スポーツの応援すると興奮するみたいだね」
そう言って笑った。
ちらりと、横目で五百城を見た。
紗奈と葛西を見ながら、微笑んでいた。
ようやく心が落ち着いた。
グラウンドでは、選手がポジションについて、主審がボールを持っている。
残り時間は四十分。
試合のことじゃない。
俺が松田を止める方法を考えられる時間だ。




