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第二十七話 応援席を抜けて

松田の決勝戦の日の朝、俺は悩んでいた。


話し合いの結果、制服はやめて私服で応援しようということになったからだ。


モブの俺に私服などない。


天気は晴れ。最高気温は二十七度。


絶妙すぎる。もっと暑いなら、Tシャツ一枚でいけるのに。


父親のクローゼットを勝手に開ける。


よく言えば恰幅のいい、悪く言えば腹が出ている父親の服を漁った。柔軟剤の匂いが広がる。加齢臭を隠そうと必死なのだろう。


Tシャツは自分のでいい。ユニクロのワゴンセール五百円。


モブは当然、白一択だ。


濃いめのデニムとゴルフ用のグレーのパーカーを見つけた。


これでなんとかなるんじゃね?


現地集合。試合は午後一番の十三時から。


家にいてもやることもないし、漫喫にでも行こうと駅前に向かった。


途中、ショーウィンドウに映る自分の姿が気になった。


何か足りない。


近くの雑貨屋に入ると、千円アクセの棚に『Buy one, get one free』と書いてあった。


適当なシルバーネックレスをひとつ手に取り、少し離れたサングラスの棚にも同じ札を見つけた。


「すいません……これ、ネックレス一個買うたら、サングラス一個っての、ありっすか?」


我ながら図々しい。


「え、ああ、なるほど。いいですよ」


店員のお姉さんが笑った。


大阪育ちで良かったと心から思う。


店を出て、速攻でサングラスのレンズを抜いた。


そうしているうちに時間が近づいてきた。


俺は電車に乗り、サッカーの試合会場に向かった。


そこはスタジアムではないが、サッカー専用のグラウンドで、応援席が設けられていた。


剣道と違って、人だらけ。


鳴り物がうるさい。相手校は、吹奏楽とチアが付いていた。


こちらは、吹奏楽部の紗奈が応援に来られることから、お察しだ。


なんとなく、応援席は、八割くらいは相手校で埋められている気がする。


残り二割の中に、五百城たちを探した。


人の頭の間から、ひょこひょこと手だけが見えた。


紗奈だった。


その隣で、もう一本の手が、やたら雑に揺れている。あれは葛西やな。


走って紗奈のところに向かった。


この華やかな空間は、俺はひとりでは耐えられない。


「サンキュ、紗奈。ここ、怖いわ。ひとり無理」


「こわい? なにが?」


「人が」


「なんで? 剣道でもいっぱい人いたじゃん」


「や、剣道はな、ほら、同じ穴のムジナ的な……」


「わけわかんない」


俺も分かんない。


「あれ? 大西くん?」


葛西が俺を見つけた。


「せや。葛西、おそよう」


「なんか、オシャレじゃない?」


「ん? なにが?」


紗奈が俺をマジマジと見る。


「確かに、雰囲気が違う。色気ついた?」


「え? だから、なにが?」


「私服」


自分の服を見た。父親のデニムとゴルフパーカー。


「ん? おとんのジーパンとパーカー。さっき駅前で買ったアクセ、合わせて千円やで」


「うそ?」


「まじ」


オシャレ番長、葛西が値踏みしてきた。


「ワイドパンツに、スポーツテイストを取り入れた、とかかと思った。メガネも似合ってるし」


「ちゃうがな。マジでおとんの服パクっただけ。メガネは変装。女子三人に男ひとりとか恥ずかしいやん」


ふたりがまた俺をマジマジと見る。


「センス? 結局は素材なのかなぁ。身長普通だけど、体型も姿勢もキレイだもんね」


「葛西に褒められたら、こそばゆいわ。アイスでも買うてきたらええんか?」


「欲しいけど、大西くん、またひとりになるよ」


「……やめるわ」


葛西が笑った。


「あれ? 五百城は?」


「まだ来てない。試合には間に合うってLINE来たけど」


紗奈はスマホでメッセージを確かめながら言った。


グラウンドの方を見ると、松田がアップしていた。


「松田! 来たったで!」


俺は松田に向かって手を振った。


松田は俺に気づいて、走って――来なかった。


手だけ振り返してきて、またボールを蹴りだした。


「あれ? 『点入れるから見てろよ』とか、わざわざ言いにくると思ったのに」


紗奈がそれに答えた。


「伊織さぁ、松田くんも真剣なんだよ。伊織だって同じだったじゃん」


そう言えば、俺も紗奈の声には手を上げただけだった。


「でも、美月遅いね~」


「せやなぁ」


五百城が来ないまま、試合が始まってしまった。


ふたりはあまり気にすることなく、本気で松田を応援していた。


「海斗~、走れー、もっと走れー。そこパス! そうそう!」


葛西が、立ち上がって、手で指示を出している。


監督かお前は。


見ていて面白い。


紗奈はスマホを気にしている。


「ねぇ、美月に何度かLINE送ってるけど、返信こないんだけど」


「え?」


「なんかあった、とか?」


「んー、ちょい心配やけど、物事は良い方向に考えようや」


ハーフタイムまで残り一五分となったとき、俺のスマホにLINEの新着通知が届いた。


五百城からだった。


〈大西くん、助けて〉


とっさに、スマホを伏せた。


紗奈も葛西も試合を観ている。


小さくほっと息を吐いた。


「五百城、駅に着いたけど、迷ってんねんて。迎えに行ってくるわ」


紗奈に言った。嘘をついた。


「え? わたし行くよ」


「や、葛西と二人きりとか無理。会話がもたへん」


「……あ、そか」


「うん。そう。ほな行ってくるわ」


俺は、観客席を抜けて走って会場の外に出た。


〈どこ?〉


それだけ送信して、歩きながら新着を待った。


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