第二十六話 主人公は自ら舞台を作る
次の日の朝、教室に入ろうとすると、いつものように五百城が席に座って本を読んでいた。
「おはよう、五――」
松田が俺を発見して、走ってきた。
そのまま手を引かれ廊下に出された。
「おはよう、伊織」
「お、おはよう。なんやねん、いきなり」
松田が俺の手を離して、姿勢を正した。
「俺さ、今週末に決勝戦あるじゃん?」
「お前の予定とか、俺に関係あらへんがな」
「あるんだよ。それでさ、美月ちゃん、連れてきてほしい」
「は? 自分で誘えや。お前らのことやろ。そんなん、しらんがな」
巻き込まれたくないんだよ。
「それがさ……」
松田が小声になった。
「最近、美月ちゃんがちょっと冷たいんだよな」
「そうか? 昼普通に話してるやん」
「あの時間はいいんだけど、LINEの返信も遅いし、なんか避けられてるかなって」
気づいてしまったか。
「気のせいちゃうか? てか俺、週末、ヘソのゴマ数えなアカンねん。それに丸二日かかる」
「ふざけないでくれ。本気なんだよ」
「なにが?」
「俺は優勝して告白する」
なんなんだ、そのやっすいラブコメ展開は。
「やめとき。その設定はさすがに滑る。おもんない」
「これしか思いつかなかったんだよ」
俺は悩んだ。正直、面倒くさい。
だが、松田の顔は本気だ。
その面白くない展開を本気でやろうとしている。
「……いや、多分な、振られるで、それ。ラブコメモブからの忠告や」
松田は即答した。
「わかってる。でも、ここで何もしないまま終わるのは嫌なんだよ」
この手のヤツは、自分で自分の物語を作って演じるのだろう。
振られなくても振られても、自分が主人公になれる。
「あー……わかったわかった。ほんで、何したらいいねん」
松田が分かりやすく笑顔になった。
「さすが、親友!」
それは違う。お前の親友たちは、窓側にいる。
「昼に、それとなく『松田の応援行こうぜ』って言ってくれ」
「そんなんでいけるのん?」
「葛西にもお願いしてあるから」
「紗奈には?」
「紗奈ちゃんは、美月ちゃんに話しちゃいそうだからな」
おお、ちゃんと人を見ている。えらいぞ、松田。
「あー、わかった。ほなな」
俺は教室に入り直すところからやり直した。
「おはよう、五百城」
五百城が俺の方を向いた。
「おはよう、大西くん」
席に座ろうとすると、後ろから声がした。
「大西くん、わたしには?」
「なにが?」
「おはようは?」
「忘れてた。葛西、おはよう」
本当に忘れていた。
葛西とは、五人ランチが始まる前まで、ほとんど話したこともなかった。
葛西の顔をじっと見た。いつものリス顔だ。
「……なに? キモい」
「うむ。今日も葛西は葛西やな」
「なにそれ。マジでキモい」
「褒め言葉や」
それだけ言って、席についた。
午前の授業が終わり、財布を持って購買に向かう。
教室を出る時、紗奈にばったり会った。
「あ、伊織、わたしも購買行く」
「また、ママの寝坊か?」
「そう」
「そか、ほないこか」
二人で購買に向かった。
「昔みたいに、ここで組んでたら、わたしらも噂されるのかな?」
「やめや。高校でそんなんしたら、えらいこっちゃで」
「しないよ。噂されるのやだもん」
「せやなぁ。あれは、天性のアイドルなんかもしれんな」
中元の話をしながら、パンを買って教室に戻った。
扉を開けて中に入る時、ため息が出た。
「……はぁ」
紗奈がそれを拾った。
「どしたの?」
「なんでもない」
俺は、自分の席に座りながら、口を開けた。
「松田、週末、決勝戦なん?」
松田の目が輝いた。
「そう。なんで知ってんの?」
お前が言ったんだろ。
「や、さっき廊下で聞いた。勝ったらインターハイやんな?」
「え、すごいじゃん。松田くん、スタメン予定?」
葛西が乗ってきた。ノリノリで乗ってきた。
「スタメン。右サイド」
ちょっと絶妙。主人公ならトップ下じゃね?
「松田、応援、来て欲しいのか?」
松田の表情が少し曇った。葛西の視線が痛い。
すまん。俺はモブキャラを崩したくない。
「来てほしくないやつ、おるか? 来てくれ。みんな来てくれ」
その開き直り、嫌いじゃない。
「ほな、いこか。声は出さんが見ててやろう」
「じゃ、わたしも行こうかな。でも、大西くんとふたりはイヤだなぁ」
そう言って紗奈を見た。紗奈が餌に食いついた。
「わたし? どうしよう。伊織、ほんとに行くの?」
「しゃーなしや。飯仲間の友情ってやつやな」
友情……もっとも嫌いな言葉のひとつを、今使った。
「うーん。じゃあ、美月も行くなら行こうかな」
全員が、五百城の方を見た。
「五百城さん、どうする? 一緒に応援行こうよ」
葛西が押す。横綱のごとく押す。
「……そうだね。私も行こうかな」
寄り切り。
松田が小さくガッツポーズをした。
「ほんでもな、応援って何するん? うちわ作るん? 『ガオーして』とか」
「わざと言ってるでしょ、それ」
紗奈がつっこんでくれた。
「いや、ファンサ欲しくね?」
「それいいね! 松田くん、試合中にハートマーク作ってよ」
葛西が波に乗ってきた。サーファーになれそうだ。
「いや、試合中だから」
松田が真顔で断った。
つまらん。お前に真剣な顔は似合わない。
よく見ると、松田の口角が小さく動いている。
ニヤけたいのを我慢している。
「松田、良かったな。俺も、女子に囲まれてハーレムだ。週末だけは、ラノベの予定調和を楽しもう」
「嬉しいけど、ラノベって何の話だ?」
「モブが女子に囲まれるという非現実」
「なるほど」
松田が笑った。紗奈も笑った。五百城は少しだけ微笑んだ。
葛西だけは、あからさまに嫌な顔をした。
そうして、無事なのか何なのか、週末俺は、女子三人に囲まれて松田の応援をすることになった。




