第二十四話 あざとさって何ですか?
今日から、女子初心者三人も防具をつけて稽古する。
稽古が始まる前に、一年の男子たちが、女子に防具の付け方を教えていた。
俺は軽く素振りをしながら、その様子を眺めていた。
中元の周りに男子が集まっていた。
他の二人がかわいそうだ。
中元が笑いながら、誰かの肩を軽く叩いた。
うむ。微笑ましい。
いや、香ばしい。
十五、六歳のガキに、中元の妹顔は、毒だ。
まあ、俺には関係ないな。
打ち込み台に移動して、面の打ち筋を確認していた。
「あの……」
後ろから声がした。
手を止めて後ろを見ると、一年女子のひとりだ。
名前は知らん。
少なくとも、俺の中ではモブだ。
「なに?」
「この胴紐の結び方、教えてください」
紐は結ばれてなく、手で胴を持っていた。
「それ、一年男子の仕事ちゃうのん?」
「だって、あれですもん……」
その子は、顔を中元に向けた。
納得だ。まだキャッキャしてやがる。
周りを見渡したが、先に道場に入っている二年は俺だけだった。
「しゃーないな」
もう一人の女子もやってきて、ふたりの前で自分の防具を外し、もう一度付けた。
ふたりは俺の真似をしながら、防具を付けた。
「最後、紐をキュッとしばりや。締めが弱いと稽古中に落ちてくんで」
「はい。ありがとうございます」
素直だ。そうそう。これが普通の後輩だ。
「大西先輩は、あれ、良いんですか?」
「ん? なにが?」
「中元さんに男子が群がってるじゃないですか」
「んー、いいんじゃない? 思春期の男子には、妹顔は麻薬なんやろ」
「そうじゃなくて。先輩、中元さんと付き合ってるんですよね?」
うん、読めてた。そうくるやんね。
ここで噴いて軽く咳をしてから、違う違うっ、照れながら否定する展開やんね。
「いや、全く付き合ってない。妹顔に興味はない」
後半はうそだ。妹顔は正義だ。
ふたりは顔を見合わせてから、俺に礼をして、小走りに戻っていった。
これで噂もなくなる。俺、策士。
次の日の朝、家を出ると、そこに紗奈が待っていた。
「伊織、おはよう」
「え? なにしとん?」
「待ってた。一緒に学校いこ」
「なんや、いきなり」
「え……美月にあやまりたい」
「そんなん自分でいきーや」
「だって……緊張する」
「ほんで、LINEすればええのに。家の前で待たんでも」
「だって、絶対に『いやや』って言うでしょ」
それはそうだな。
「んま、ほな行こか」
俺は紗奈と同伴登校することにした。
「なんとなくやけど、五百城は怒ってへんと思うけどな」
「なんでそう思うの?」
「だから、なんとなく。別の理由がありそう」
「理由ってなに?」
「わからんのやなぁ」
それ以上の言葉が出てこなかった。
教室に入ると五百城はもう席に座っていて、本を読んでいた。
紗奈がおそるおそる口を開いた。
「……美月」
「あ、紗奈ちゃん、おはよう。昨日はごめんね」
五百城はさらっと謝った。
「え、あ、こっちこそごめん。怒ってないの?」
「うん。私もなんでカッとなったかわかんない。気分悪くしちゃったよね。ごめんね」
これはたぶん嘘だ。
五百城は、何かを演じている。
俺にはそう見える。
「ううん。悪いのはわたしの方だから」
とにかくあっさり仲直りした。
葛西と松田も、まあ、なんやかんやで謝った。
詳細は割愛する。長くなる。
ランチタイムも無事に戻って、部活も平常で、波風立たない日々が続いた。
俺はモブな毎日に没頭できる――そう思っていた。
季節はもう梅雨に入って、校庭でランニングができない日が多くなっていた。
そういう日は、道場で素振りと打ち込みをやる。
当然、中元も一緒だ。
「いや、中元な、右手使いすぎやねんて」
「だって……」
「だってちゃうわ。左手だけで持って振ってみ」
「重たいですよぉ」
そう言いながらも、正中に沿って竹刀が降りた。
「お、太刀筋きれいじゃん。そんな感じ。あとは、振るって言うよりも、重力で落ちるのを止める感じ。それで竹刀は速くなる」
俺の言葉通りに中元が動いた。シュッと風を切る音がした。
「あ、すごい」
中元が笑った。
「そうそう。陸上で体幹できてるからやろな。覚えも早いわ。素質あるんちゃう?」
「えへへ」
リアルに、「えへへ」なんて言うヤツはいない。いないはずなのに、ここにいる。
「てへ」なら萎えるが、「えへへ」は刺さる。
「中元はモテるやろなぁ」
「もう、そんなことないですよぉ」
語尾を伸ばして、俺の肩を軽く叩いた。
おもしろい。おもしろいほどに、ギャルゲーだ。
数日経ったある日のランチタイムで、何度目か分からないニヤつきで、葛西がまた切り込んできた。
「ちょっと大西くん、あの噂、大きくなってるじゃん」
だが、俺は動じない。なぜなら、一年女子たちに否定していたからだ。
「かまへんで。事実ちゃうから」
そう言いながら俺は、今日はパンではなく、爆弾おにぎりをほうばった。
「毎日、道場でいちゃこいてるって!」
いちゃ「ついてる」じゃなくて、「こいてる」……。
言葉のセンスに嫉妬する。
紗奈が横目で俺を見る。松田の口角だけが両側とも上がった。
「なんでやねんな。俺、素振りしてるだけやで。なんか勘違いされとんちゃうか?」
紗奈が少し強めな口調で会話に入ってきた。
「伊織さ、それもう止めた方が良くない?」
「なんで?」
「恋愛ごとってトラブルの元になるし、あとで面倒になるかもよ」
「あー、確かになぁ」
妙に納得した。そこに五百城が静かに入ってきた。
「でも、大西くん、それ中元さんに直接言ったらダメだよ。きっと傷つく」
「そうなん? なんで?」
「中元さんはきっとみんなに明るく接しているだけだから。なのに、そんなこと言われたら傷つくよ」
一理ある。うん。確かに。
場が静まった。
葛西がひとり、不穏なニヤけ顔で、俺を見ていた。
――こいつ、楽しんでやがる。




