第二十三話 コスプレカップルの噂
今日も楽しいランニング。中元と校庭を走るのが、もう日課になっていた。
いつものように置いてかれて、一周遅れで追いつかれた時、中元に聞いてみた。
「そんなに足速いのに、なんで剣道部なんか入ったん?」
「そうですね。武道ってなんかきれいじゃないですか。スッと立ってて、静かに速く動く感じ」
中元はペースを俺に合わせて答えた。
「あ、五百城も同じこと言うてたな」
「伊織先輩はなんで剣道始めたんですか?」
「あー、モブだから、かな?」
「モブってなんですか?」
知らへんのか。こいつは、狙って妹顔なわけちゃうんかもな。
「えーと……あ、そうそう。俺な、小さい頃、女っぽくて少しイジメられたんよ」
「あるあるですね」
「そうそう」
「でも、あるあるだと、空手じゃないんですか?」
「あー、せやなぁ。その頃から、予定調和嫌いやったんかな?」
「予定調和?」
「なんか、見たまま思ったまま進んでく感じ?」
「ドラマみたいな?」
「そう。ついつい天邪鬼になってまうんよなぁ」
「へぇ、だから先輩って、変なんですね」
そう言って中元は笑った。
中元の言葉には葛西なみに毒がある。だが、妹顔の笑顔が、なぜか全てを解毒する。
俺は視線を前に戻した。
「やべ、話しすぎた。道場もどらな」
「あ、ほんとだ。先いきますねー」
中元は颯爽と駆けていった。
足速いねん……まじで。
俺だけまた、顧問に叱られた。
次の日のランチタイム。葛西がまた変なことを言ってきた。
「ねぇねぇ、大西くんて、部活の後輩と付き合ってんの?」
カフェオレを吹きそうになり、無理やり飲み込んだ。
「ゴフォッ、ゴホッ……なんやねん、急に」
紗奈が横目に俺を見ている。
「一年の中で、噂になってるみたい」
「は? 身に覚えないで」
「コスプレカップルが仲良く校庭走ってるって」
「あー、中元か。稽古前のアップを一緒にしてるだけや」
「でも、昨日とか顔近づけてイチャイチャしてたって」
そのゴシップ力なら、将来ジャーナリストになれるわ。
「尾ヒレ背ビレに、胸ビレまでついた噂やな」
紗奈が俺の方を向かずに言ってきた。
「怪しいよねー。その子もう、伊織の好みそのままの子だもん」
「紗奈ちゃん、相手知ってるの?」
「こないだの大会で見た。もーなんか、自然に『あざとい』ができる感じ」
うん。だいたい合ってる。
「あれ? 紗奈ちゃん、今日ちょっと辛口じゃない?」
「違うよ。これは分析」
それから紗奈は、俺の方を向いて言った。
「わたしも昨日帰り際に見たけど、伊織と中元さん、並んで走ってたもん」
一拍だけ間を置いて、俺から視線を外した。
「楽しそうだったし」
「ちゃうってば」
めんどくさい。あぁ、めんどくさい。
松田の目が光った。
ここからの展開は読める。
やめろ。
言うな。
松田が口を開いた。
「お似合いじゃん。付き合っちゃえばいいじゃん」
紗奈の顔が曇った。
葛西のニヤつきが増した。
ガタンッ。
五百城が席を立った。
「中元さん、そんな子じゃない。みんなに明るいだけだよ。大西くんだって、先輩として接してるだけでしょ」
その声の強さに、みんな黙った。
「それを簡単に『付き合っちゃえ』とか言ったら、中元さんにも大西くんにも失礼だよ」
五百城は、弁当箱を片付けて、教室を出ていった。
残された四人で顔を合わせた。
「ごめん。そんなつもりじゃ」
松田が俺に謝ってきた。
「俺は別に怒ってへん。なんで五百城は怒ったんやろか?」
「わたしが、茶化したから?」
珍しい。葛西が反省した。
「や、それはいつものことやろ」
「わたしが、中元さんを悪く言っちゃったからかな?」
紗奈が泣きそうだ。
「でも、怒るほどのことでもないような……」
とりあえず、フォローだけしておいた。
その日、午後の授業が始まるまで、五百城は帰ってこなかった。
戻ってきても、俺らと話そうとはせず、あの松田ですら話しかけられない雰囲気だった。
放課後、いつものように中元が剣道場の前で待っていた。
「あのさ、一年生の間で、俺と中元が付き合ってるって噂らしいんだけど」
中元には直球勝負と決めていた。
「そうですね」
「え? 知ってんの?」
「はい」
「ごめんな、迷惑やろ?」
「いえ、全く」
は? どういうこと?
そうか、「伊織先輩となら、うれしいです」とかそれ系か。
「なんで?」
「わたし、なぜか男子からすぐ告白されるんです。噂されてたら、告白されないじゃないですか」
中元は、楽しそうに笑っている。こいつのスキルは、最強メンタリティやな。
「だって、伊織先輩って、絶対、五百城先輩好きですよね。いつも見てるし」
「は?」
「だから、安全安心なんです」
ある意味で計算高い。
「……なるほど」
「だから、これからもお願いします」
中元は俺に頭を下げた。
「せやけどなぁ。別に五百城が好きとか、そんなんちゃうで」
「隠さなくてもいいです。誰にも言いませんから」
否定するのも、めんどくさい。
「あ、今日はランニングお預けですね」
頭を上げた中元に視線を合わせると、部員がぞろぞろと道場に向かっていた。
五百城もそこにいた。
すれ違いざまに、五百城がぼそっと言ってきた。
「たぶん、あれも計算だから……」
「え? なん――」
五百城は止まることなく、そのまま道場に入っていった。
はっとした。
聞き間違いじゃない。
五百城は「計算」と言った。
中元のことか?
それとも自分のことか?




