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第二十二話 松田のターン

約束より少し早く登校し、あの屋上に出る扉の前に向かった。


五百城はまだ来ていなかった。


ドアノブを回した。


扉は開かない。


耳をすませて、五百城を待った。


十分間、足音はひとつもなかった。扉の鍵が開く音もしなかった。


階段の下に、五百城が着いた。


「大西くん、ありがとう。待った?」


「いや、今さっき来たばっかやで」


うそをついた。


「それなら良かった」


五百城が階段を上がり、迷いなくドアノブを回した。


ガチャリという音と共に、扉が開いた。


「うん。やっぱり……」


五百城のつぶやきを俺は聞き逃さなかった。


わけ分からへん。五百城は能力者――そういうことにしておこう。


俺は、五百城の後ろから屋上に出た。


「で、なに? 告白ってわけちゃうやろ?」


「うん。違う」


二秒で否定。


「あのね……」


ここで五百城の謎が明かされるんやな。


目的達成のために、手伝ってほしい。


それで、二人だけの秘密が作られる。


きっとそういうことやな。


「松田くんのことなんだけど……」


は? 松田? なぜここで松田?


「……言いにくいんだけど」


やばい。聞きたい。かなり。


「ちょっと、近すぎて……」


「近い? なにが?」


「頻繁にデートに誘ってくるし、LINEも毎日してくるし、帰りも私のこと待ってるし」


「そら、五百城のこと好きなんやろ」


「でも私は別に好きじゃない」


ええええ、そうなん?


「それなら、そう言えばええんちゃうのん? あいつ、そんなんで関係壊すようなやつちゃうで」


「そんなのわかってるよ。わかってるけど……」


「けど……?」


風が吹き抜けた。五百城が黙った。


長い髪が、頬にかかった。


ここで五百城は、秘密を明かす。


「……ねぇ、今日から一緒に帰ってくれない?」


え? そっち? 秘密は?


「紗奈ちゃんも。待っててくれるかな?」


俺、まだ良いと言ってへんがな。


言ってへんけど、ふたりきりは避けられる。


「わからへんけど、聞いてみたら?」


「えー、大西くんが聞いてよ」


「なんでやねん。自分で聞きや」


「だって恥ずかしいじゃん」


分からへん。これが女心ってやつか?


「ほな聞いたるわ」


俺はスマホを開いてLINEを送った。


〈五百城が一緒に帰りたいんやて〉


すぐに既読がついた。


その五秒後に返信が届いた。


五百城が横から俺のスマホを覗き込む。


トリートメントの香りがした。


〈えーうれしい! いーよー〉


「……だってさ」


スマホを五百城に見せた。五百城は俺の顔を見た。目が合った。


めちゃくちゃ笑顔だった。


「ありがとうありがとう!」


五百城がスマホを持つ俺の手を両手で握り、上下に振った。


少し照れた。


ふたりで教室に入ると、葛西と松田が、俺の席の前で話していた。


「おはよう、松田くん、葛西さん」


五百城がふたりにあいさつした。ふたりが振り向いた。


「あ――」


松田が声を出そうとした。その前に葛西が話した。


「同伴?」


またそれか。もうお約束やな。


「うん、そう。そこで会っただけだけどね」


五百城が笑顔で応えた。松田が顔を背けた。


「あれ? 五百城さん、なにか良いことあった?」


お前も能力者なのか?


「うん」


「えー? なにー?」


「ないしょ……」


きっとここは「ね、大西くん」て続くんやな。


五百城は何も付け足さず、そのまま静かに席に座った。


フラグは立っていなかった。


俺も席に座ろうとしたら、松田に手を引かれ廊下に連れてかれた。


「なぁ、美月ちゃん、なんかあったんか?」


「へ? 知らへん」


「だってな、なんか顔がいつもと違う」


こいつ、結構見てんねんなぁ。


「そんなん言われたかてなぁ」


「隠すなよ。お前と一緒に来るとかおかしいし、お前も美月ちゃん狙ってんの?」


「なんでやねんな。今日はたまたまやし、知らんもんは知らんやん」


松田は視線をずらし少し黙った。


「……そうか。そうだよな。いや、すまん」


「えーよえーよ」


そう言って俺は教室に戻った。


その日の部活終わり、俺はスマホを見ながら、道場の前で五百城と紗奈を待っていた。


「伊織せんぱーい! おつかれさまでしたー!」


中元が少し向こうから大きな声を出して、手を振っている。


中元はおもろい。言動がギャルゲのキャラ。俺の偏見や。


「はい、おつかれー」


俺も手を振り返した。


中元は他の一年部員と帰っていった。


平和やな。


暇すぎる。


遅いねん。


見覚えのある長身が、こっちに向かってきた。


「松田やん。なにしてんねん? 五百城?」


「そう。一緒に帰ろうって誘いに来た」


これは、なんだか罪悪感。


「見てない?」


「見てへん」


「で、お前はなにしてんの? お前も美月ちゃん待ってるとか?」


葛西なみの勘の良さやな。


「いや、後輩の中元ちゃん待ってたんだけど、放置されたところだ」


「狙ってるわけ?」


「だからな、お前と一緒にすんな。モブにはモブの生き方があんねや」


「あー納得。でも、お前なぁ、意外とモテるからなぁ。自分で気づいてないだけで」


「俺を褒めても、五百城はけーへんで」


チラリとスマホに目をやった。この間に五百城からLINEが来ていた。


〈松田くん見えたから、紗奈ちゃんと先帰るね。ありがとう〉


「ごめん」じゃなくて「ありがとう」。


五百城らしい言葉のチョイス。


「ほな、ま、今日は俺と一緒に帰ろうや」


松田と肩を組んだ。肩の位置が高い。すぐにやめた。


「松田さ、最近、一軍とつるんでへんけど、ええんか?」


「一軍?」


「クラスのメインキャラたち。俺、モブ」


「あー、あいつらね。そーだな、確かに……」


こいつはなんも考えてへんのか?


「ま、いいんじゃね? こんなので疎遠になるなら友達とは言わないっしょ」


松田が笑った。俺も笑った。


「お前、たまにはええこと言うやん」


「お決まりなら『たまじゃない』とか言うだろな」


「そうでないなら?」


松田が少し考えた。俺も少し考えた。


「……わからへん。とりあえず、これもアオハルなんやろ? お前的に」


笑い声が大きくなった。


夕方だというのに、まだ全く日が落ちていなかった。


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