表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/12

第二話 やっぱり、が続く

今日の教室は、転校生が来た日特有の、少し浮ついた空気があった。


俺の心は、むしろ沈んでいた。


隣にヒロイン。一般モブとして、これは避けるべき状況。


しかもそいつは、「やっぱり逃げた」とつぶやき、俺の名前を知っていた。


普通の転校生ヒロインなわけがない。


休み時間のたびに、五百城の席の周りには女子たちが集まってきた。


「前の学校どこ?」


「部活入る?」


「五百城って名字、珍しいね」


「読み、『いおき』で合ってる?」


五百城は一つずつ答えていた。トーンはずっと同じだった。愛想は良い。だけど、やたら落ち着いていた。


嫌な予感を抱えたまま、昼休みを迎えた。


昼を知らせるチャイムが鳴ると、教室は一気に騒がしくなった。弁当を広げる音、椅子を引く音、購買へ走る足音。


俺は弁当を持っていつもの屋上に――行けるわけがない。


現実では、屋上へ続く扉には、安全管理のために鍵がかかってる。これが当たり前だ。


そして現実の俺は、弁当もない。


五百城の周りに女子が集まった。俺の机に女子のケツがあたった。


人が増えるたび、机が押された。


邪魔だと言わんばかりの顔をされた。


俺は購買に行こうと、財布を尻のポケットに入れ、席を立った。


廊下に出るまでの間、背後から声が聞こえていた。


「松田、朝から転校生とイベント起こしてたじゃん」


足が止まった。


振り返ると、松田が友人たちに囲まれていた。


「スポドリかけたんだろ?」


「朝イチで転校生とぶつかるとか、なんのラブコメだよ?」


「受け止めてたら、完璧だったのにな」


松田は笑ってそれに合わせていた。


いつもの松田だった。軽くて、陽気で、場の空気を受け流すのがうまい。周囲もそれを分かっている。


「……ねぇ!」


五百城が後ろから声をかけてきた。少し遅かったか。


「購買行くんだよね? 私も連れてってほしい。初日でお弁当ないから」


俺は扉を目の前にして黙った。断る言葉を探した。


「大西、連れてってあげたら?」


女子のひとりが言う。


そこは、「それなら私が行く!」ちゃうんか?


フラグは立てたくない。


だが、モブは波風を立てない。ここは断れない。


「ほな、五百城さん、行こかぁ」


笑顔を作り、五百城の方を向いた。五百城は笑顔で席を立ち、「じゃ、後で」と女子たちに言って俺の方に向かってきた。


購買へ行き、パンを買い、教室に戻る。ミッションはそれだけだ。


「朝、あれ、あえて()けたよね?」


廊下を歩きながら、五百城が聞いてきた。


「なんの話?」


「普通は、あそこで避けないよ?」


「避けるやろ。ぶつかりそうやったら」


「そっかな? ぶつかると思うけど。ほら、出会う場面になるから」


背中が冷えた――いや、この言い方は悪い。


ただ、冗談として処理できなかった。俺は話すことをやめ、完全に黙った。


五百城は窓の外を見た。


雨がガラスに細い線を作り、校庭の白線をぼかしていた。横顔は静かだった。


購買に着き、俺はいつものようにパンを二つ買って、先にレジの列を抜けた。


五百城はまだサンドイッチを選んでいた。


ここで五百城を置いていくと、その後に「なんで待ってくれないの」イベントが発生する。ここは「待つ」の一択だ。


遠目に五百城を眺めながら待った。やはり、見た目だけで目立っていた。


他の女子より一段白く、少し背が高い。都会的な顔つき。黒髪ロングに花のヘアピン。


どこからどう見てもヒロイン級だ。


そのヒロインが、レジを抜けて、手を振りながら俺のところに小走りでやってきた。


ありえへん。


俺は五百城を見ないように、体ごと背けて、教室へと向かった。


「ちょっと……待ってよ」


五百城は慌てて後ろについてきた。


教室に戻ると、松田が五百城の席の隣に座っていた。


「おいおい、そこは俺の席や」


そう言って、松田を立たせた。


松田は席を離れる際に、座ろうとする五百城にサラッと言った。


「五百城さん、袖まだ濡れてるだろ。ジャージ借りてこようか?」


朝ぶつかった相手に気を遣うだけなら、普通に見える。


普通じゃないけど。


だが、松田ならやる。むしろ、さらっとやる。そういうやつだ。


でも、いつもより、一段近い。


初対面の転校生に対する距離ではない。隣のクラスの友人に話しかけるくらいの近さだった。


五百城は一瞬だけ返事が遅れた。


その一瞬を、俺は見た。


「ありがとう。でも大丈夫。もう乾きかけてるから」


「そっか。ならよかった」


松田は安心したように笑って、自分の席へ戻った。


周囲の女子が小さく盛り上がった。


「松田くん、なんか優しい?」


「もしかして、ねらってる?」


「朝の責任感じてるだけじゃない?」


や、それ小さくないで。丸聞こえやん。


でも、五百城は何も言わなかった。


ただ、俺を見た。目が合った。


俺は見なかったことにして、自分の席に座った。机にパンを置いた。


隣には、かわいい転校生が座る。


話しかけられて、ふたりの関係が動き出す。普通なら、憧れの展開だろう。


最近のラノベだと、放課後に呼び出され、嘘告されれば、そこから復讐か恋が始まる。


そんな都合のいい流れは、現実には起きない。


朝の出会いイベントは、避けた俺にではなく、松田に起こった。


松田の方を見た。松田は、他の男子たちと何やら笑いながら話をしていた。


五百城は、俺の隣ではなく女子たちの集まる席に移り、サンドイッチを食べていた。


俺は、ひとりスマホを見ながらパンを食べていた。


何も起きなかった。


これでいい。


昼休み終わりのチャイムが鳴った。


教室は騒がしいままだったが、全員が自分の席へと戻ってきた。


五百城も、隣の席に戻ってきた。座りながら、小声でぼそっとつぶやいた。


「やっぱり……」


そのまま午後の数学の準備を始めた。


俺は、五百城を見たまま固まった。


五百城の向こうでは、降っていた雨が止み、太陽が雲の隙間からいくつもの光の筋を作っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ