第十九話 一寸のモブにも五分の魂
昼休憩は、あっという間に過ぎた。木陰でひとり涼んで、俺は会場に戻った。
緊張を意識してしまったからか、心臓が鳴りやまない。
体育館フロアに戻った。
二階だけでなく、一階にも人があふれている。
熱気が午前中とは桁違いだ。
顧問が、補欠も含む選手全員を集めた。
「今年は、いける。メンバーは替えない。オーダーだけ替えよう」
え? やっぱり俺出るの?
「大西がマークされた。次からは、大西にポイントゲッターが充てられると思う」
は? え? なんで?
「裏をかく。大西、副将に入れ。平野が先鋒、山脇が次鋒」
そうして、決勝トーナメント一回戦目は、面を付けずに試合前の礼をした。
まずは、正座で、先輩方の試合を見る。
先鋒が一本負けで、次鋒が引き分け。
中堅戦になり、面を被る。
紐を結びながら、勝利を祈る。
「引き分け! それまで」
一敗二分け。俺が負けたら終わる。
吐きそう。こんな時にあくびが出る。
竹刀を持って立った。
「伊織先輩、ガンバです」
中元が目の前で、ぐっと握った拳を見せてきた。俺は頷いただけで、試合場の前に立って、礼をした。
「伊織~っ、頑張れ~」
紗奈の声が聞こえる。声のする方を向いたが、人が多くて、分からない。
歓声がすごい。もう誰の声がどこから来ているのか分からない。
「はじめっ!」
あれ? 音が消えた。
ドンっ!
「うわ!」
俺は飛ばされ、尻もちをついた。竹刀を離してしまった。音が戻った。
「やめっ。白、反則一回」
うーん。身長は変わらんけどなぁ。
相手は一〇〇キロ級の巨漢だった。俺の勝手な推測。
「はじめっ」
は? まじか、こいつ?
とにかく、鍔迫り合いに持ち込んで、相撲のように押してくる。また、飛ばされた。
「……いってぇなぁ」
今度は倒れないように耐えた。だが、俺の足は、白線を超えていた。
「やめっ。白、場外反則一回。合わせて二回。一本」
主審が赤旗を上げた。
歓声の半分はなくなっていた。諦めモードだ。
そりゃそやな。手も足も出せてへんもんな。
「……こっすい剣道してんなや」
心の声とは裏腹に、頭に血が上っていた。
おかげで緊張がどこかに飛んでいった。
気を鎮めようと、一度、天井を眺めた。
「伊織! 負けんなー!」
紗奈の声がする。
一拍遅れて、息が戻った。
息が戻ったとて、こんなん無理ゲーやろ、このデカいのに勝つとか。
視線を敵に戻した。
構えた。
「二本目、はじめ!」
また、音が消えた。
相手は振りかぶっている。そのまま突っ込んでくる。
俺は切っ先を相手の喉に置いた。
どん!
左腕と左足に、敵の体重が乗った。その衝撃が反作用で切っ先と喉の一点に集中する。
審判は三人とも、旗を交差させて振った。無効打突だ。
知ってる。
それでも、こいつは突っ込んできた。
俺の足が浮いた。後ろに飛ばされる。
「こてぃ!」
飛ばされながら、相手の右小手に竹刀を合わせた。
歓声が一斉に上がった。審判を見た。
全員が白旗を上げていた。
「コテあり!」
さらに大きな歓声が上がった。
「三本目、はじめ!」
もう緊張も怒りも全くなかった。
だが、迎え突きを警戒して、突っ込んでこなくなった。
そして、普通に強かった。打突を避けるのが精一杯で、そのまま引き分けに終わった。
モブにドラマは起きへんもんやな。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
試合が終わり、交代するとき、大将の日置さんとタッチを交わした。
「大西、頑張ったな」
「いやもう、吐く寸前っす……」
先鋒が一本負けだから、大将が二本勝ちなら勝利。一本勝ちなら代表戦。その他、負け。
面を外して、天井を向いた。
「伊織~! かっこよかったぞー!」
後ろの方から紗奈の声がする。振り返る元気もない。
中元がドリンクを持ってきた。
「先輩、先生が、息整えて準備しとけって」
「え?」
「代表戦なら、大西でいくって」
は?
「なんで、俺?」
「わかんないですけど、ガンバです!」
無邪気にグータッチを求めてきた。目線は合わせず、拳だけ合わせた。
そして本当に、大将が一本勝ちし、代表戦となった。
顧問がやってきた。
「大西いけるか?」
「いや、無理っす。普通に考えて日置さんでしょ?」
「……そうなんだけどな。日置な、捻挫してんだ」
は? 捻挫? それで勝ったん?
「でも大将戦、勝ちましたよ?」
「向こうさん、穴を大将に置いてきたからなぁ。日置自身が限界だって」
「それでも、僕よりは他の三年生でしょ……」
「三年と話し合ったんだわ。そしたら、来年のことを考えたら、大西だと」
「いやでも、これ負けたらインターハイ出れないですよ? 三年生、最後ですよ?」
顧問が額に手を置いて考え込んだ。
「三年がな、『ここで勝っても、どうせ次負けるっしょ』ってな……」
えええええ。諦めとんのかーい。
「まぁ、日置無しで次は勝てんだろうしな」
笑っとる……お前も諦めとんのか。
なんか腹立つな。
「……わかりました。ほな、やりますわ」
「お、やってくれるか?」
「諦めた先輩方よりは、ましっしょ」
手ぬぐいで、顔の汗をもう一度拭いた。それを頭に巻いて、面をかぶった。
相手はポイントゲッター。
一寸のモブにも五分の魂や。
小手をつけて竹刀を持った。
後ろの応援席を見た。紗奈が見える。応援席の最前列にまで出てきてる。
「伊織!」
「なんや?」
「あたし、見てるから!」
そんなの知ってる。ありがたい。
右手を上げて応えておいた。
五百城は? あ、あいつはフロアか。部員やもんな。ほな、どっかで見てんな。
中元が寄ってきた。日置さんに止められた。
せやんな。
日置さん、ほんまは出たいんやろな。俺の邪魔にならないようにしてくれてんな。
試合場に入った。
一礼をした。
蹲踞をして、切っ先を交える。
となりのコートは試合が終わっていた。
今、フロアに立つのは、俺と相手だけ。
会場は静まり返っていた。
「代表戦、はじめ!」
聞いたことのない歓声が、全方位から押し寄せてきた。




