第十七話 モブのスタメン
次の日。いつものランチタイム――のはずだった。
俺の席に松田が座り、五百城、葛西、紗奈がそれを囲む。俺は少しだけ、後ろに下がった位置で、パンをほうばる。
ぶっちゃけ、もはや話を聞いてない。だいたいは、歴史ゲーで、誰でどの都市を攻めるべきかを脳内シミュレーションしてる。
「――っえ? そうなの!?」
紗奈が大きな声を出した。びっくりして、カレーパンのカレーがパンから飛び出た。
「そうなの。大西くん、先鋒になった。私は、応援だけ」
四人が俺を見た。俺は手にこぼれたカレーを舐めていた。紗奈がウェットティッシュを黙って手渡してきた。
「なんで? モブじゃなかったの?」
葛西は煽ることしかしらんのか?
「そんなんしらんやん。センセが勝手に選んだんやん」
「あ、俺もスタメンに戻った」
お、松田。ええぞ。その我の強さ。いつもはうざいが、今日は歓迎しよう。
「そっか~、運動部って楽しそうだね。わたしら文化系は、土日やることないもんね」
紗奈が卵焼きを箸に挟んだまま言った。
「え、わたしあるよ?」
葛西が珍しく、自己主張した。
「茉莉花なにかあるの?」
「彼氏の応援。バスケ」
え? 彼氏おったん?
「うっそ~、いつの間に~?」
紗奈が絡んだ。
「そろそろ一年かな? 違う学校の人だけど」
「え~、なんで言ってくれないの?」
「え~、だってぇ、言うようなこともなかったからぁ」
葛西のふざけた言い方に、紗奈が少し寂しそうな顔をした。
「そっかぁ。わたしだけ、陰キャかぁ」
それ使い方間違ってんで。陰キャ全員にあやまれ。
「それならさ」
五百城が口を開いた。
「紗奈ちゃん、剣道部の応援来てよ。わたしもいるし、大西くんも出るし」
「え~、めんどくさいよ~。伊織さ、どうせ適当に試合するだけだもん」
うん。たぶん、あってる。
「頑張ってる人を応援するわけでしょ? 伊織、頑張ったことないじゃん」
うん。完全にあってる。
「でも、今回は頑張ると思うんだ」
五百城、なにを根拠に言ってんねん。
「だって、かわいい後輩ができたから」
は? なんのこと?
「え? なに? 大西くん、今モテるの?」
かーさーいー……
「んなわけないやんけ」
俺はカレーパンの最後の一口を、口に詰め込んだ。
「伊織、そうなの?」
口に残るカレーパンを飲み込んでから答えた。
「なんのことかわからへん。中元のこと?」
「そう。私が貸した傘を、中元さんに貸して自分は走って濡れて帰ったんだって」
紗奈も葛西も、なぜか納得した表情になった。
「それ、伊織っぽい! 変に思わせぶりなんだよね」
なんやそれ。相合傘フラグを避けただけや。
葛西がそれに乗った。
「そう、わかる! 変人じゃなかったら、絶対モテてるよね」
褒めるなら、普通に褒めてくれ。
「で、中元さんが、大西くんのこと、『キレイですね』って」
五百城が言った。紗奈が高速で五百城の方を振り向いた。
「キレイ? この顔がってこと?」
葛西が俺の顔を見てきた。
「ううん、剣道が。みんな、飛んだり跳ねたりしてるのに、大西くんだけ動きが静かでキレイだって」
飛んで跳ねたら、疲れるじゃないか。
「それに、部活前に一緒に走ってるし」
紗奈が、今度は俺の方を振り向いた。
「ほんと?」
「あれを『一緒』というなら、ほんまやな。追い抜かれて、先に行ったはずが、また追い抜かれてるだけや」
「お前、女子に周回遅れ……」
お、松田おかえり。その突っ込みは嫌いじゃない。
「やるねぇ、その子。どんな子?」
葛西のあの顔が戻ってきた。
「え? 俺に聞いてんの?」
「そりゃそうだろ。俺は知らんからな」
松田、無理して入らんでもええと思う。
「妹顔の長女。それ以外しらへん」
うん。これはほんとだ。
「なんかあやしいなぁ。隠さなくても良くない?」
葛西さん、あなたは一度、口を縫ってあげたい。
「人懐っこくて、構いたくなる感じかな~。私と真逆で、なんかちょっと嫉妬しちゃう」
五百城が静かに付け加えた。
嫉妬? 誰に?
「そっかぁ。じゃあ、伊織の応援行こうかな」
この話の流れで「じゃあ」ってなに?
逆ちゃうのん?
もう応援いらないよね、ちゃうか?
「やった! 私、部活で話す人少ないから、めっちゃ嬉しい」
めっちゃ? 俺の関西弁が移ったか?
「うん。初めて伊織の頑張る姿、見れるかも」
「俺は、いたってまじ――」
紗奈に頭を叩かれた。
「あたしが行くんだから、本気だしてよ?」
「……痛いわ。そりゃスタメンから、それなりにやるがな」
「違う!」
紗奈が声を張った。背筋が伸びた。
「ほ、ん、き。わかった? わかったら『はい』でしょ?」
「……はい」
紗奈が口を閉じて、手を振り上げた。
「はいっ!」
俺が返事すると、紗奈は笑顔で手を下ろした。
なんや、この茶番。やっすいラブコメか?
その様子を五百城は、笑顔で眺めていた。
部活に行くと、スタメン組は別メニュー。中元たち三人の指導係からも外れた。
試合の前日の金曜日。いつも通りのルーティン。中元とふたりで校庭を走る。
中元は先を行く。一周回って俺に追いつく。
そして、俺を追い抜いて――いかない。
いかない?
「先輩、明日頑張ってください!」
妹顔のお決まりのセリフ。嫌いなやつ、おる?
「ありがとう。それなりには頑張る」
「……それで……あの……」
中元の頬が赤い。そりゃ走ってるもんな。
「なに?」
「……あの……伊織先輩って呼んでいいですか?」
「ほへ?」
変な声が出た。
「なに、とつぜん」
「え……と……。なんか名前かっこいいなって」
両親のセンスを褒められてもなぁ。
「あん? かまへんけど」
「ありがとうございます! では、先、行きます!」
中元はやっぱり俺を置いて先に行った。
今日の部活は調整だけで、一時間ほどだけ軽く流して終わった。
レギュラー組だけ、明日のためのミーティング。ほかの部員は一足先に帰った。
他のスタメンたちと一緒に、防具と竹刀を袋にしまう。緊張しているのか、誰も言葉を発しない。
防具袋を開けると、それはそれは素晴らしい匂いがした。
防具袋と竹刀袋を持って、道場を出た。
誰も待っていなかった。
少し期待した自分を反省した。
梅雨入り前の湿った空気が頬を撫でた。




