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第十五話 寝るだけの体育祭

校内行事でもっとも嫌いな体育祭。それが今日、梅雨入り前の金曜日に行われた。


昨日の夜、俺は、雨が降るのを願っていた。この学校では、雨が降れば体育祭は中止になる。


だけど、昨日の夜まで降っていた雨が嘘みたいに、今日は朝から空が晴れ上がっていた。


校庭の端には、まだ少しだけ水たまりが残っている。


体育委員が石灰で引いた白線は、ところどころ、水を吸ってにじんでいた。


朝の教室では、五百城が少しうきうきしていた。


「高校でも体育祭あるっていいね」


「うーん。俺は嫌いや」


「なんで? 楽しいじゃん」


「あれは、陽キャ男子が女子に自分を見せる祭典やろ。俺にしたら日に灼かれる拷問や」


葛西が話に入ってきた。


「大西くんも自分アピールしたら?」


「騎馬戦の馬だけで、どないしてアピールすんねん?」


「ヒヒーンとか叫んだら? 得意でしょ?」


俺と葛西の会話で、五百城が笑った。俺も葛西との会話に慣れてきた。


開会式は、校長の長い話から始まった。青春とか団結とか、そういう言葉を何度も使う。


他人の高校時代に興味は湧かない。


俺はグラウンドに、誰にも分からないドラえもんを描いていた。


「大西くん」


後ろから小さな声がした。振り返ると、体操服の五百城がいた。


なんとなく、少しだけ目のやり場に困った。


「なに?」


「今日、なに出るの?」


「だから、騎馬戦の馬やて」


「それだけ?」


「綱引きとか玉入れやらは、出なくてもばれへんもん」


「去年も?」


「去年は完全にさぼって教室で寝てて、めっちゃ怒られた。今年はこれでも頑張ってる」


五百城が笑った。


校長の長い話が終わった。俺の出番もほぼ終わった。


グラウンドに大量の椅子が、クラスごとにまとめて並べられている。


俺は、その一番後ろに座り、タオルを頭にかけた。寝るためだ。


スマホは持ち込めない。昼までは寝るしかやることがない。


少しウトウトしてきたとき、タオルをめくられ、いきなり太陽が顔に直撃した。


顔を上げると、背中越しに紗奈が顔を見せてきた。


「なにしてるの?」


「見りゃわかるやろ。寝てる」


「なんでそんなにやる気ないの?」


「運動音痴には、頑張れる場所がない」


「別に音痴じゃないでしょ」


「ほら、なに? 一番以外は全部同じってやつ。こんなのは一軍のためのイベントや」


紗奈がタオルを俺の顔に投げた。


「あーもう。勝手にいじけてなよ」


足跡が遠くなっていった。


また怒らせた。


いじけているわけではない。無駄なエネルギーを消費したくないだけだ。


グラウンドを蹴る音と黄色い歓声だけが聞こえる。あと、少しの野次と。


本当にそのまま寝て過ごし、ランチタイムを迎えた。だが、多くの人は教室に戻らず、木陰で弁当を広げている。


俺は購買でパンを買い、日焼けを嫌がる女子たちと俺と同じモブたちと、教室でそれを食べた。


文化系モブたちの目が死んでいる。


分かる。気持ちが分かりすぎる。


パンを食べ終えスマホを眺めてると、クラスの女子が話しかけてきた。


「ねぇ、聞いていい?」


めんどくさい。


「なに?」


「あのさ、松田くんと五百城さんて付き合ってるの?」


「なんで俺に聞くねん。しらんやん」


「……え、だって、大西くん、ふたりと仲良さそうだし」


「『そう』ってだけやな。んまぁ、付き合ってないんちゃうかな」


俺は机に突っ伏しながら、話した。


「……え、じゃあじゃあ……」


その女子が、身体を揺らして、何かを言いたげにしていた。


言われることは分かっていた。


「松田くん、今、彼女いる?」


はい、ビンゴー。


「あー、おらんのちゃう? 聞いたことない」


その女子は俺にお礼を言うこともなく、キャーキャー言いながら、固まりへと戻っていった。


時計は十二時五十分。俺は、タオルを握ってグラウンドに戻った。


「伊織、どこ行ってた? 騎馬戦はじまるぞ」


俺を見つけた松田が、俺の手を引いた。松田は興奮している。


「間に合うたやん」


「おう。勝とうぜ!」


そう言って、俺を男集団に突っ込んだ。


始まった。


騎手が一分もたたず、はちまきを取られた。


俺の体育祭は終わった。


また、特等席に戻り、タオルをかぶった。こうすると時間の感覚も分からない。


「「「松田くーん、ガンバってー」」」


女子たちの応援が聞こえる。五百城の声が混ざっている。


松田は何種目出てるんだ?


――俺にゃあ、無理だ。


音が一斉に引いた。ざわつきだけが聞こえる。


起きてタオルを取った。近くにいたメガネ男子に聞いた。


「なんかあったん?」


「え? これから最後の男女混合リレー」


「なんで静かなん?」


「え? 今、集計してるから」


「なんでそれで静かなん?」


メガネの奥は、めんどくさいと言わんばかりの表情だ。


「これで優勝が決まるから、正確な数字出してるんだろ!」


そんなに怒らなくてもええやん。


「なるほど。頭いいな」


妙に納得した。


走るメンバーは、もうスタートライン近くに集まっていた。


そこに五百城がいた。違和感なく、松田もいた。


「……ま、そうやろなぁ」


俺はまた、タオルを持って立ち上がった。


「え? どこいくの?」


「もう帰ろかなと。あと結果発表やろ? もうセンセも見てへんやろ」


俺は人目につかないよう、校庭の端を歩いた。


「五百城さーん、がんばってー」


「松田くん! はやいはやいはやい」


混ざり狂う応援の中で、「五百城」と「松田」の単語だけが、きれいに聞き取れた。


トラックの方を一度だけちらりと見て、俺はコソコソと昇降口に向かった。


スニーカーを手に持ち、誰もいない廊下を教室まで歩いた。


窓の外から歓声が聞こえる。


教室に戻り、着替えて帰る準備をして、机に突っ伏した。


歓声が止んで、教頭の声が聞こえたころ、教室を出て裏口へと向かった。


裏口の扉に手をかけたところで、また校庭から拍手が起きた。


俺は、その拍手を背中で聞きながら、静かに扉を開けた。



―― 第一部 完 ――


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