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第十四話 それぞれの配役

その日結局、雨はすぐには止まなかった。


部活が終わるころには、校庭は水たまりだらけになっていた。


さっきまで中元と走っていた校庭のトラックも、白線の内側からじわじわ黒く濡れている。


道場の入口で、しばらく外を見ていた。


「大西、帰らんのか?」


顧問の先生が後ろから声をかけてきた。


「雨が弱くなるの待ってます」


「傘は?」


「持ってないです」


「朝、降りそうな空だったろ」


「そうですね。今のところ、百戦九十九敗です」


「これから勝ち越せ」


無茶を言うな。


先生はそれだけ言って、教官室の方へ戻っていった。


道場の中では、下級生が片づけをしている。


雨音が強くなってきた。


ここで待っていれば、誰かが傘を持ってきて、相合傘しながら駅に向かう。


だから、俺はそれを避ける。


さて、濡れるの覚悟で、駅まで走ろう。


……あ、遅かった。


「あれ? 伊織? なにしてんの」


松田だ。いつも「なにしてんの?」だな。


「見てわかるやろ? 雨宿りや」


「あ、なるほど」


「で、お前はなにしに来たん?」


「美月ちゃんを迎えに」


「約束でもしてんの?」


「してないけどね。ほら、美月ちゃんが傘持ってなかったら、相合傘で帰れるっしょ」


なるほど。ラブコメのお約束を自演するのか。松田らしい。


「ほら、来た」


松田が指さした方向を見ると、五百城が着替えを終えて、こっちに歩いていた。


「美月ちゃーん、傘ある~?」


松田が大声を出した。そんな声出さなくても聞こえるだろ。


「あるよ」


五百城は歩きながら、鞄から折り畳み傘を出して、松田に見せた。


五百城が、俺と松田の前に着いた。


「大西くん、傘持ってないの?」


「雨も滴るいい男になるために」


「持ってないんだね……」


松田が、五百城の傘をひょいと取り、俺に手渡してきた。


「美月ちゃんの傘は一人用。伊織にそれを貸す。俺の傘は大きいから、美月ちゃんも入れる」


五百城が唖然として、松田を見上げた。


「俺は、伊織と相合傘はしたくない。これで問題解決。じゃね?」


問題解決してるな。確かに。


「伊織、今日はナイスパス。てことで、美月ちゃん、帰ろ」


そう言って、松田は傘をさして、五百城を中に入れた。


五百城はちらりと俺を見てから、松田と一緒に帰って行った。


俺が傘を忘れたことを利用したのか。


松田の勝ち誇ったような顔に腹が立った。


俺は、自分の手元に残された五百城の折り畳み傘を見た。


『UNIVERSAL STUDIOS JAPAN』


あ、USJで雨に降られたってことか。


素直に嬉しかったし、ありがたかった。


少し頬が緩んだ。


だが、他人の傘を使うのも少し気が引けた。


もしかすると、昇降口まで行けば、落とし物傘が余ってるかもしれない。


多少は濡れるが、駅まで濡れるよりはるかにましだ。


折り畳み傘を開くことなく手に握り、昇降口に走って行った。


残念ながら、そこに余ってる傘は無かった。


(ひさし)のギリギリまで進んで、外を見た。


どう見ても、雨脚は強くなっている。


「……ふむ。どないしよか」


折り畳み傘を見ながら、使うか使わないかを迷っていた。


「あれ? 伊織? 傘ないの?」


後ろから声がした。振り返ると、紗奈だった。


「傘ないなら、駅まで一緒に行く? 傘小さいから、ちょっと濡れると思うけど」


手元の折り畳み傘を見た。


それからもう一度紗奈の方を向いた。紗奈は俺の返事を待っている。


「いや、五百城が傘貸してくれた」


「そうなの? じゃあ美月はどうしたの?」


「松田と帰った」


「なるほどね。そゆことか」


なにがなるほどなんだ?


「じゃ、わたし行くわ。茉莉花待ってるから」


「葛西?」


「カラオケ行く。茉莉花って、めっちゃ歌上手」


「そうなん?」


「そうなの。じゃね」


紗奈は傘をさして、雨の中を小走りで出ていった。


昇降口にひとり残された。


生徒たちは、続々と傘をさして帰っていく。


雨脚がさらに強くなってきた。


ふと横を向いたら、少し遠くに見たことのある姿が立っていた。


「ん? 中元?」


その姿の方に歩いていくと、たしかに中元だった。


「中元、どしたん? 傘ないんか?」


「そうなんです。先輩も?」


俺は、手に持った折り畳み傘を中元に見せた。


「五百城に借りた」


「……そうなんですね」


俺は考えた。すごく考えた。


「はい、これ」


折り畳み傘を中元に手渡した。


「……え?」


「又貸しってあんまりよくないけどな。中元が濡れて透けるよりマシやろ。明日、五百城に返しといて」


「……でも」


「ええねんええねん。又貸しして叱られるんは、俺や」


「そうじゃなくて……」


「なくて?」


「それ、先輩、濡れますよ?」


首を傾げた。


「……あ、せやな」


「じゃあ先輩も――」


俺は言葉をかぶせた。


「いや、それだと中元が半分濡れるやん。じゃあ」


そう言って、雨の中に体を突っ込んだ。


頭に雨がどんどん降ってきた。顔に雨が流れてきた。


中元の方を振り返った。


「で、中元。君は、次女やんな?」


「え? はい? えっと長女です」


「おにいちゃんは?」


「いません。妹がひとり……です」


なんだと!?


この妹顔で長女だと?


「すまん。変なこと聞いた。ほなな」


きっと中元は呆れ顔をしている。


俺はそれを見ることなく、駅に向かって駆け出した。


なんだか、いい一日だった。


こんな日は、雨に濡れて帰るのも乙なものだ。


松田と五百城は、あからさまに主役とヒロインの並びだ。


それを紗奈と葛西が、盛り立てる。


正直に言えば、五百城はかわいい。


だが、松田と五百城が付き合うなら、それはそれで構わない。


むしろその方が期待しなくて楽になる。


だって俺はモブだから。


見ていられるなら、それでいい。


――ん?


駅前で、走っていた足が止まった。


さっき俺が中元に傘を渡さなければ、中元と相合傘だった。


俺がそれを避けた。


だけど、そのせいで、中元と五百城の接点が増える。


あの日、俺が怪我をしなければ、中元との接点はなかった。


そもそも、紗奈に謝ろうとしなければ、あの怪我もなかった。


謝れと言ったのは――五百城だ。


雨が、顔を流れていく。


電車に乗る気がなくなった。


俺は改札に背を向け、家まで走って帰ることにした。


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