第十三話 腕を組む理由
額の傷もほぼ塞がり、創傷閉鎖テープも取れた。そろそろ防具をつけて練習できそうだ。
「あー、これ傷跡になりそうだね」
ランチタイムで、葛西が俺の額を見て言った。
「かまへんよ。男やしな。傷は男の勲章やで」
「でも、ほんっとごめんね」
紗奈が謝る。
「や、ええて。紗奈に傷がつくよりマシや」
葛西が「?」の顔をした。
「……あのさぁ、大西ってさ」
「なんや?」
明太フランスを口に入れながら聞いた。
「大西って、ふだん変人だけど、時々さらっと、いいこと言うよね」
ん? なにが?
「そうそう。そうなんだよね」
紗奈がそれに乗っかった。
「わたし、中学のころ、伊織好きだったもん」
は? なに? 今なにを言うの?
松田がご飯を吹いた。きたねぇよ。
「へぇ、なんでなんで?」
葛西が前のめり。五百城は、スンとしている。
「今は完全に男だけど、中学校まで、伊織ってもっと小さくて細かったし、伊織の顔ってよく見ると女っぽいでしょ」
全員が俺の顔を見た。やめろ、恥ずかしい。
「……たしかに。まつ毛長いし」
「で、わたし、ちょっと、ほら、距離近いから……」
うん。紗奈は、他人との距離感を考えた方がいい。
「クラスで浮いちゃってて、そこに伊織が転校してきたの」
葛西も松田も五百城も、紗奈を見て、うんうん頷いてる。
やばい。全員が紗奈の話に入り込んでる。
なんか言わないと……。
「しかも、親同士が友達だったみたいで、土日はいつも一緒だったんだよね」
やばいやばい。なに言われるんだ?
止める言葉が何も出てこない。
「わたし、ついつい、女っぽい伊織にベタベタしちゃってたんだよね……」
少し間が開いた。ホッとした。
「で、で、どうなったの?」
葛西、煽るな。
「中学に入ってから、クラスメイトに見られて、めっちゃからかわれて」
「あー、それ、やなやつだね」
「そしたら、伊織どうしたと思う?」
あー、でた。
女子トークの「どうしたと思う?」攻撃。
「どうしたの?」
五百城まで、乗ってこないで……。
「伊織、おねぇちゃんの制服着て学校に来た」
「は?」
全員が、また俺の方を向いた。
「……え、あ、そんなことあったっけ?」
そんなこともあったな。
「なにそれ? なんで? 女装好き?」
松田が俺に聞いてきた。
「んなわけないやん」
俺は紗奈の方を向いた。紗奈は、手を膝に揃えて、少し下を向いていた。
「それでね、わたしの腕組んできた。『これなら、からかわれんやろ』って。土日に一緒に遊ぶときも、伊織、おねぇちゃんの服着てくれた。……あ、この人、優しいって」
しばらく誰も何も言わなかった。他のグループの話し声が聞こえる。
そりゃそうだ。これのどこに惚れ要素があるんだ?
「ああ……だから……」
五百城が言った。
「だから」ってなんだ?
「だから、大西くんと腕組んじゃうってこと?」
「そう。もうやめなきゃって思ってるんだけど、クセで」
紗奈が、弁当箱の蓋を閉じた。やっと地獄の時間が終わった。
「でもねぇ、今、これだもんねぇ」
葛西……。
「そう、今、これなんだよねぇ」
紗奈……。
五百城は、ただ笑っていた。
「……ん? つーことは、スカート履いてたのか?」
松田まで乗るな。
「中三にもなれば、ねーちゃんのズボンやと丈が足りへん。ホットパンツかスカートや」
「まてまて、中三? お前もう体できてたやろ」
「せやで。惜しみなく見せたってたわ」
葛西の顔が歪んだ。
「紗奈ちゃん、それ、一緒にいて恥ずかしくなかった?」
「慣れ。今から考えると、めっちゃ恥ずい」
「えー、写真ある? 見たい見たい」
五百城が紗奈に言った。
いや、ほんとそれだけはやめて。
「……紗奈、もう許してください」
俺は紗奈に頭を下げた。笑い声が教室に響いた。
平和な時間だと思えた。
その日の授業終わり、俺はいつものように部室に向かった。
道着に着替えて、今日は、校庭に出る。やっと運動できる。これでルーティンの復活だ。
部室の外に出ると、妹顔がそこにいた。
「中元? なにしてんの?」
中元がこちらを向いた。
「あ、大西先輩。先輩って、部活前に走ってるんですよね?」
「そやけど?」
「わたしもご一緒していいですか?」
フラグが立ってたのか……。
俺は少しの間、断る言葉を探していた。
「陸上部だったし、部活前に走りたいんですけど、ひとりだとちょっと恥ずかしいんです」
中元を見た。白道着だ。剣道部だから当たり前だ。
道着は、ある意味でコスプレだ。恥ずかしい人もいるだろう。
恥ずかしいなら、走ってから着替えたらいいじゃないか。
いや、それだと着替えが増えるか。
「……だめ、ですか?」
くそ。妹がいない俺に、この妹顔は刺さる。
「いや、いいけど、遅くても置いてくで。アップにならんし」
「はい! だいじょぶです! ありがとうございます!」
ふたりで校庭に出た。
……中元は、俺の前を走り、一周回って後ろから追い付いてきた。
「元陸上部ですから」
笑いながら抜いていった。ふと、日が陰った。
空を見た。厚い雨雲が太陽を隠していた。
「中元! これ雨降るで。道場もどろう」
「え、え……はい!」
道場まで全力疾走した。
「はぁ……はぁ……」
膝に手を当て、息を整えた。
ポツ……ポツ……
外を見た。
ザーという音と共に、大粒の雨が降ってきた。
「はぁはぁ……間に合いましたね、先輩」
「間に合ったな」
俺はつい、握った手を中元の前に差し出した。
中元は一瞬止まったが、すぐに、小さな拳をコツンと合わせてきた。
「そろそろ夏やな」
梅雨を予感させる雨に、独り言が出た。
「……ですね」
中元がそれを拾って言ってきた。
ストーリーができすぎている。
待ってたかのような、中元の出現。
断り切れない、妹顔。
タイミングが良すぎる雨。
自ら出してしまったグータッチ。
湿り気を含んだ風が、この時はなんだか心地よかった。




