第6話 踊るレモンタコ
王国から賜った領地では、毎日が小さな奇跡と大きな笑いの連続だった。
「お父さん!またドラゴンが来たよ!今度は『深海のタコ』って持ってきた!」
旬太がレストランの設計図を眺めていたところに、息子の迅が駆け込んできた。
外を見ると、かつての「脅威」だったドラゴンが、まるで飼い犬のようにしっぽを振り、巨大なタコを優しく地面に置いていた。
タコはまだ生きているらしく、触手がゆらゆらと動いている。
「こいつ、すっかり食材ハンターになったな」
旬太が笑いながら外に出ると、ドラゴンは満足げに鼻息を噴き、空へと舞い上がっていった。
去り際に、先週に旬太が差し出した「特製ドラゴン用ジャーキー」のお礼のように、うれしそうに首を振るのが見えた。
一方、レストラン建設現場では、凛花の「衛生管理革命」が進行中だった。
「魔法で調理する場合の細菌増殖率は、通常の火の3.7倍速いのよ!だから魔法使用後は必ず『浄化の魔法』をかけること!」
凛花が自作のマニュアルを家族に読み上げる。
分厚いファイルには、異世界の微生物学まで研究した跡があった。
「お母さん、それって異世界の細菌のデータどこで集めたの?」
茜が不思議そうに尋ねた。
「王立図書館で三日三晩調べたのよ!魔法の光で増殖する『ルミバクテリア』っていうのがいるの。見た目きれいでも、食中毒の原因になるんだから!」
旬太は感心しながらうなずいた。
「お母さんは秘書の前は食品衛生監視員だったものな。異世界でもその知識が役に立つとは」
「役に立つどころか、必要不可欠よ!」
凛花は真剣な表情で言った。
「だって、この世界の人たちは『魔法で温めたから安全』って思い込んでるでしょ?大きな間違いなの!」
そうこうしているうちに、レストランの骨組みが完成し始めた。
魔法と普通の建築技術が融合した、どこにもないデザインだ。
茜の魔法で空中に浮かぶテーブルが設置される区域。
迅が交渉して手に入れた「喋る看板」看板自体が今日のおすすめを叫ぶという代物。
凛花の衛生管理システムを組み込んだ厨房には、魔法と手動の両方で動く浄化装置が備え付けられた。
そして旬太が考案した「異世界と日本を融合させたメニュー」の数々が、試作段階ながら既に評判を呼び始めていた。
迅は配達ルートの地図の上で頭を抱えていた。
「隣町まで配達するのに、『森の抜け道』を通ると時間は半分だけど、ゴブリンに通行料を要求されるんだよな……」
迅は地図上の森の部分を指さした。
「あのゴブリンたち、先週持っていったカレー味の魔法パンが気に入ったみたいで、今度は『もっと辛いやつ』を要求してる」
「食材で払えばいいじゃない」
旬太が提案した。
迅が苦笑いしながら首を振った。
「父さん、それって賄賂じゃ……」
「異世界では『文化交流』って言うんだよ」
旬太がいたずらっぽく笑いながら言った。
迅は考え込むように顎に手を当てた。
「じゃあ、今度試作品の激辛魔法唐揚げを持っていってみるよ。『通行料』としてね」
「試食タイムだよー!」
旬太の声に家族が厨房に集まる。
今日の新メニューは、ドラゴンが持ってきた「深海のタコ」だ。
旬太が調理台にタコを置くと、奇妙なことが起こり始めた。
まず、タコが怒ると墨ではなくレモン汁を吐いた。
しかもそのレモン汁は、なぜか完璧に絞ったような
鮮やかな黄色で、芳香が厨房中に広がる。
「わあ!いい香り!」
茜が声をあげた。
さらにタコの足が突然踊りだし、テーブルの上で小さなタップダンスを披露し始めた。
「これ、調理済みなの?それともショーなの?」
茜が笑いながら尋ねた。
「両方だよ!」
旬太が胸を張った。
「このタコ、踊りながら自己マリネしてるんだ。見てごらん、レモン汁を自分にかけてる!」
家族全員が笑い転げた。
凛花は笑いすぎて涙を拭いながら、衛生メモを取るのを忘れていた。
踊るタコは最後に優雅にお辞儀をし、ちょうど良い加減に火が通ったところで動きを止めた。
ふっくらとした身はレモンの風味で香り高く、触手はほどよい歯ごたえがあるようだ。
凛花はメモを取りながら言った。
「衛生面では問題ないわ。生きたまま調理される過程で自然殺菌されるから」
「これが『旬太スペシャル 踊るレモンタコ』だ!」旬太が宣言した。




