第7話 異世界 田中屋、開店への道
その夜、仮住まいの温かい灯りの下、田中家は笑い声に包まれていた。
鍋の湯気が上がり、今日の珍事が次々と話題に上る。
「そういえば、なんで私たちこんな異世界に来たんだろうね」
茜がふと口にした問いに、旬太は鍋をかき混ぜながら、にっこりと答えた。
「運命だよ、運命。だって、ここに来てから家族みんなが輝いてるじゃないか」
凛花は、山積みの衛生管理マニュアルと建築許可書類を見つめ、首をかしげた。
「それはそうだけど……あまりに都合よく特技が活かせる環境すぎない?まるで誰かが仕組んだみたい」
その瞬間、雲の上の宮殿で、「美食神」が小さく咳払いをした。
鍋に映る田中家の様子を見つめ、そっと笑みを浮かべる。
「バレそうでヒヤヒヤするな。でもまあ、彼らが楽しそうだからよしとしよう」
その直後、地上では予期せぬ訪問者があった。
隣町から噂を聞きつけた、エルフの一家が、レストラン建設現場に現れたのだ。
「すみません、まだ衛生検査が終わってないので……」
凛花が丁寧に断ろうとしたその時、旬太が厨房から顔を出した。
「特別に、試作品だけでもどうですか?今、『ゴブリン産キノコと魔法チーズのフォンデュ』を作ってたところです」
エルフの子供たちの目が、一瞬で宝石のように輝いた。
「お願いします!」
こうして、その夜は急きょ試食会へと変貌。
溶けた魔法チーズのとろりとした香りが仮住まいに広がり、エルフの家族は一口食べるごとに歓声を上げた。
「森の長老の祝宴より美味しい!」
「今まで食べたどんな料理より素晴らしい!」
大絶賛のうちに帰っていくエルフ家族を見送りながら、迅が満足げに言った。
「これで口コミが広まるな」
「でもまずは衛生管理を完璧にしないと」
凛花は、抱えていた分厚いマニュアルをぎゅっと抱き直した。
「そしてもっと新しい食材を探さないと」
旬太は、目を輝かせて窓の外の夜空を見た。
「魔法で厨房をもっと効率化できる方法、考えてみるね」
茜は、すでに閃いたアイデアを羊皮紙に走り書きし始める。
それぞれの特技、それぞれのこだわり。
時には「そんな調理法は衛生上アウトです!」「でもこれが魔法食材の旨味を引き出すんです!」とぶつかり合いながらも、一つの目標に向かって進む家族。
遠くの空で、月明かりを浴びて銀色の鱗を輝かせたドラゴンが悠々と飛び去るのを見ながら、旬太は静かに思った。
『どんな世界でも、家族が笑っていれば、それでいい。ましてやこんな面白い世界なら、毎日が冒険だ』
建設中のレストラン「異世界 田中屋」の看板が、茜が仕込んだほのかな魔法の光で、温かく優しく輝き始めていた。
数日後、建設現場では「お父さん!ドワーフの職人さんたちが、『厨房の換気システムが伝統的な石造り建築の美学に反する』って言ってます!」
迅が慌てて駆け込んでくる。
背後から、がっしりした体格のドワーフたちが「この鉄の筒は芸術的でない!」と主張する声が聞こえる。
旬太は鍋を置き、額の汗を拭った。
「え?でもこれがないと煙が……」
その時、茜がひらめいた。
「魔法で目立たなくするのはどう?『透明化の魔法」をかければ、機能はそのままで見た目は石造り風に!」
「待って、それ衛生管理上、『可視化できない設備は検査対象外』になる可能性が……」凛花がマニュアルをパラパラめくる。
「じゃあ、検査時だけ可視化するスイッチを付けよう!」
迅が提案する。
ドワーフの親方が首をかしげる。
「ふむ……魔法と技術の融合か。面白い。我々も協力しよう。ただし、1つ条件だ」
「はい?」
田中家が一斉に身を乗り出す。
「開店したら、我々ドワーフのために『山の深部で採れる輝き石で焼くステーキ』をメニューに加えてくれ!」
旬太の目が輝いた。
「それはぜひ!どんな食材ですか?」
「火山の奥深くに棲む、炎を吐く牛だ。肉はマグマのように熱く、噛むと宝石のように輝くジュースがあふれる」
凛花がメモを取りながらため息をつく。
「……火傷防止対策と、宝石成分の消化可否の確認が必要ですね」
開店まであと少し。
でも、それまでの道のりも、きっと笑いと発見に満ちているに違いない。




