第5話 異世界 田中屋、開店準備中!
ドラゴンはその後、すっかりおとなしくなり、むしろ田中家を気に入ったらしく、たまに「ごちそう」を期待して村の近くまでやってくるようになった。
王様は約束の褒美として、彼らに小さな領地と、「王国御用達料理人」の称号を与えた。
今、田中家はその土地で、念願のレストラン「異世界 田中屋」の建設を進めている。
設計は凛花が、資材調達は迅が、魔法による設備設置は茜が担当。
もちろん、総料理長は旬太だ。
「でも、異世界でも衛生管理はしっかりしないとね」凛花が、自分で作成した分厚い衛生管理マニュアルを家族に配布する。
「特に、魔法で調理する部分は、従来の基準に当てはまらないから、新基準が必要だわ」
「お母さん、もう休憩しよ? 異世界に来てから、お母さんが一番仕事してる気がする」
茜が泡魔法で食器を洗いながら言う。
「配達網も拡大しないと。隣の町まで注文が来るようになったから、新しいルートを開拓中だ」
迅が地図に線を引きながら報告する。
「よし、今日の新メニューは……ドラゴンが持ってきた『炎りんご』のパイにしよう」旬太が真っ赤なリンゴのような果実を手に、目を輝かせる。
その実は触るとほんのり温かく、時折ぷちぷちと小さな火花を散らす。
「中身はとろ〜り甘いんだけど、皮をむく時にちょっとしたコツがいるんだ。普通に包丁を入れると……」
パチン!と旬太の手元で小さな爆発が起こり、彼の前髪が少し焦げた。
「……ほら、こうなる。でも大丈夫、専用の魔法の皮むき器を開発したから」
旬太が取り出したのは、枝の先に水魔法の球がついた、何とも原始的な道具だった。
「これでそっと包むように……よし!」
炎りんごは無事に皮をむかれ、中から琥珀色の輝く果汁があふれ出た。
甘い香りが台所に広がる。
「これでパイを作れば、食べると口の中でほんのり温かく、後味にスパイシーな余韻が……」
「お父さん、それ、食べた後お腹の中で爆発したりしない?」
茜が心配そうに尋ねる。
「大丈夫! 炎りんごの特性を研究したよ。消化されるときに発生する熱量は、ちょうど体を温める程度で、冬にはぴったりのデザートになるんだ」
旬太はそう言いながら、焦げた前髪をきれいにするため、茜に泡魔法をお願いした。
どんな世界でも、ちょっとした笑いと、たくさんの混乱、そして何より父親の料理があれば、どうにかなる。いや、むしろ、家族それぞれの特技が生きるこの世界の方が、楽しいかもしれない。
しかし、彼らが知らないのは、転生をもたらした青白い光の真相だった。
それは異世界の「美食神」によるいたずらで、世界中の中から家族の絆と料理の力を試すために選ばれた結果だった。
美食神は雲の上から鍋を覗き込み、田中家の進捗を満足げに観察している。
神の姿はふっくらとして、大きなエプロンを着ており、手には魔法のしゃもじを持っていた。
「なかなかやるじゃないか。衛生管理まで考えているとは感心だ」
美食神は次の試練を計画し、ほくそ笑んだ。
「次は海の魔物を使った料理に挑戦させてみよう。深海のタコや、光る魚たちで、新しい味覚を開発させるのも面白い」
田中家は、美食神の計画を知らず、レストラン開業に向けて準備を続けていた。
ドラゴンは時折訪れ、新しい食材を提供し、家族の努力を間接的に支援する。
「異世界でも、衛生管理と配送効率、そして魔法調理の融合が成功の鍵だ」
凛花がマニュアルを修正しながら言うと、家族はそれぞれの役割を確認し、笑い声と共に建設作業を進めた。
どんな混乱も、家族の笑いと旬太の料理で解決できると信じて、彼らは異世界での新生活を楽しみ始めていた。




