第4話 ドラゴンも唸る、ビーフシチュー大作戦
そんなある日、王国の騎士団が、強大なドラゴンに悩まされているという話を聞きつける。
王は、ドラゴンを倒した者に褒美と領地を約束していた。
村中が勇者や傭兵の話題で持ちきりの中、田中家の食卓でも話題になった。
「ドラゴンか……あの筋肉、うまく調理すればすごく美味しいんじゃないか?」
旬太が真剣な顔で言う。
「お父さん、まず倒さないと食材にできないよ」
茜がツッコミを入れる。
「騎士団の話では、ドラゴンは最近特に凶暴化して、近くの村を襲っているらしい」
迅が配達中に聞いた情報を報告する。
「それは由々しき問題ね。安全保障と経済活動に悪影響が出ている」
凛花がビジネス視点で分析。
しばらく考え込んだ旬太が、突然顔を上げた。
「よし、やってみようか」
「え?まさか、戦いに行くの?」
凛花が目を丸くする。
「違うよ」
旬太はニヤリと笑い、家族を見回した。
「『出前』で行くんだ。相手がドラゴンでも、お腹が空けば機嫌が悪いのは同じさ。機嫌が悪いから暴れるんだろう。なら、美味しいものを食べさせて機嫌を直してもらおう」
家族は一瞬呆気に取られたが、すぐにそれぞれの役割を考え始めた。
「なるほど。交渉の基本は、相手のニーズを満たすことね」
凛花がうなずく。
「ドラゴンの巣までのルート、だいたい把握してるよ。でも、あの辺りは崖が多いから、疾走の魔法付き荷車では行けないな」
迅が自分で描いた地図を広げる。
「大きな肉を柔らかくする魔法……そうだな、『じっくり火通り魔法』を改良すればできるかも」茜が巻物をめくりながら考える。
こうして、田中家のドラゴン機嫌直し大作戦が始まった。
旬太は三日三晩、ドラゴンの好みを想像してレシピを開発した。
「竜も唸るビーフシチュー」と名付けられたその料理は、異世界の香辛料と、茜の「時間短縮調理魔法」を駆使したとろとろの究極の一品だった。
いよいよ出発の日。
騎士団が遠くから心配そうに見守る中、田中家は巣穴に向かった。
「迅、お前がナビだ。安全なルートで行こう」
「了解。この岩場を迂回して、あの渓谷沿いに進むよ」
「茜、魔法の準備はいいか? シチューを温め続ける魔法と、匂いを拡散させる魔法が要る」
「大丈夫! 『温存の魔法』と『香り拡散魔法』、完璧にマスターしました」
「凛花、いざという時の交渉は任せた。でも、まずはプレゼントを渡す気持ちで」
「ええ、ビジネス交渉の基本はWin-Winですものね。ドラゴンにもウィンになってもらいましょう」
巣穴の前で、巨大なドラゴンがうなるように現れた。その目は赤く、口からは炎の気配が漏れている。
凛花が一歩前に出た。
「ご機嫌いかがでしょうか、偉大なる竜様。私たちは、あなたのご機嫌を直すための一品をお持ちしました」
旬太が村の鍛冶屋に特注した巨大な鍋の蓋を開ける。
とろりとしたシチューの豊かな香りが、魔法で拡散され、渓谷全体に広がった。
ドラゴンの鼻がピクピクと動く。
赤かった目が、少し和らぐ。
迅が魔法で軽量化した鍋を慎重に前に運び、旬太が木の大皿によそる。
その量は人間用ではなく、もちろんドラゴンサイズだ。
一瞬のためらいの後、ドラゴンが一口……そして二口……やがて夢中で食べ始めた。
最後には鍋まで舐めんばかりに。
食べ終わると、満足そうに「グルルル……」と喉を鳴らし、まるで子猫のように地面にごろりと横になった。
遠くで見ていた騎士団長が、呆然と呟いた。
「あ、あれは……『炎竜の鎮静化』……? しかも戦闘ではなく、食事で……?」
その夜、ドラゴンは眠そうに目を閉じ、巣穴の入り口で丸くなって眠り始めた。これまで荒れていた渓谷は、突然平和な静けさに包まれた。




