《擦り込み》
あの地獄の様な、惨劇から30分程の時が流れた。
夢香さんの犠牲もあってか、俺達はなんとかあの場から逃げ出して今はこの滝の近くで休んでいる。
「それにしても、夢香さん...本当に、一人で大丈夫なんですかね...?」
「あいつなら大丈夫よ。だって、あいつ私達の味方じゃ無いから襲われ無いしね」
「え⁉︎ちょっと‼︎どういう事ですか!!」
そんな筈は無い!!話の中で、風花さんと夢香さんはマブだって言ってたし、いつだって俺を黒狐に報告出来たのにしなかった!!
「いい?あいつは私達の味方じゃ無い。けど、黒狐の味方でも無い。あいつにとって、仲間と呼べる物は唯一【面白いモノ】だけよ。」
「そ、そんな‼︎そんな物の為に黒狐を裏切る様な真似をする訳...」
「するわ。あいつならそうする。そうじゃなきゃ私は今、ここに居ないわ」
「でも...」
俺は、風花さんの最もな言葉に反論出来なかった。そうだ...間違いない。話で、聞いた彼女はまさにそういう性格なのだ。
でも...それなら...
「それじゃあ‼︎由...」
問いかけ様とした言葉を自ら静止させる。待て、待ってくれ...由良は...由良はこれを、この事を知っているのか。
俺は、視線を由良の方へと向ける。
目と目が合う。由良は、首を少し横に傾げながら不思議そうに俺の瞳を見つめ返してきた。そんな視線に、何処か居心地の悪さを感じ直ぐに目を逸らした。
そうだ。由良は...由良は知らないんだ。自分の親が彼女である事。スライムには親がいない事。何も...知らないんだ...。
これは、俺の問題では無い。彼女達の問題だ。あくまで、部外者である俺には何も出来ない。分かっている。分かっていた筈だ。だけど...だけど......!!
口の中が、乾いた感覚がして話そうとした言葉も碌に出てこない。ただ、心だけが物凄い音で鳴っていた。
「創君...これは、彼女達の問題よ。私達が、なんとかしてあげられる問題では無いわ」
投げかけられた言葉で、やっと呼吸が出来る様になった。だが、未だに胸の中には深い悲しみが溜まっている。
もう一度、少女の方を見据える。あぁ、悔しい。ひたすらに、悔しい。
分かっている....夢香さんには、夢香さんなりの事情があるって事。そもそも、スライムである彼女がここまで安全な場所で過ごせて、今に至るまで生きているのは、彼女のお陰である事も。
だか...!!こんな小さな少女が、不幸であって良いのか?自分の親を、亡くしたと思いながら長年一人で暮らすこの少女が...果たして、このままでいいのか?
駄目だ...!!そんなの、駄目に決まっている。もう、俺と同じ苦しみを味わう必要なんてこの子には無い筈だ!!
「大丈夫ですか?ご主人様...何処か痛いのですか?」
「大丈夫だよ。何処も痛く無いよ」
「創君なら大丈夫よ。だって、男の子ですもの。さて、私達はちょっと食べ物でも探しに行きましょう」
「でも、今一人にさせる訳には...!!」
「大丈夫よ。ささ、ちょっと行ってくるから。その間に、顔についた汚れでも取っていなさい」
そう言い残し、風花さんは由良を半強制的に連れて行ってしまった。風花さんは、本当に優しいな。
俺は、ノロノロとしたスピードで水辺の近くへと向かう。その足取りは、自分の足では無いかと思う程に重かった。
ふと、水面を覗くと水に映る自分と目が合った。
「ハハッ...」
自分の情け無い表情に、自然と乾いた笑いが溢れる。あぁ、俺はなんでいつもこうなんだ。
悔しい、悲しい、情け無い、苦しい、逃げたい、助けたい、助けて欲しい、辞めたい、帰りたい、辛い、◯にたい...。
そんな、心の靄を晴らす為に冷たい水で顔を洗う。無心だ。何も考えるな。頭を働かせるな。余計な事を考えるな。
自分自身に、そう擦り込ませる。慣れろ...この感情に、慣れてしまえ...大丈夫だ。いつか、慣れる日が来るから。
「すいません、時間が無いというのに余計な手間掛けさせてしまって...」
「大丈夫よ、これくらい。それで、顔の汚れは取れたかしら?」
「えぇ‼︎ばっちり、取れました」
「そう....。それなら良いわ。じゃあ、行きましょうか」
大丈夫。余計な物は、落とす事が出来た。今は、逃げる事は集中しよう。




