蛇は目を覚ましたようです
目の前が真っ黒になってから随分と時間が経ってから、小さな僕は意識を取り戻しました。どのぐらい時間が経っていたかはよく分かりませんが、生まれた森に戻ったとき、近くに造りかけですが立派だと分かるお城が出来ている位には、時間が経っていた様です。
意識が無い間の記憶は殆ど覚えていませんでしたが僅かに残った記憶から、”人間”の『調教』という魔法で下僕にされ闘わされていたり武器扱いされたり馬扱いされたりと散々でした。
しかし最近の記憶は結構ハッキリしていて、小さな僕が人間の下僕から解き放たれた理由も、最近の記憶にバッチリ残っていました。
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ー???ー
私がソイツを見つけたのは偶然だった。
か弱き蛇共を殺し、その稚児をも惨殺してゆく性根の曲っていそうな陰鬱な雰囲気の、黒いローブを纏う人間。
惨殺に満足したのか、まだ微かに息のある蛇の稚児を見逃し、・・・あるいは長く苦しませる為わざと息の根を止めぬまま、その人間はゆっくりと森を去って行った。
意識をその場に集中すると様々な情報が頭に流れ込んでくる。総数1074匹、死亡985匹、生き残り89匹。その内83匹は間も無く死ぬ。
残りの6匹も、身体が細切れだったり木の幹や地面に串刺しになっていたり、全身の皮を剥がされていたり苦しみの果てに息絶えるしかない状態で、その場に満ちる蛇共の怨念がそんな死に損ないの蛇の稚児に纏わりつき形を成そうとしていた。
しかし、憤怒や恐怖、生への執着といった複雑な感情を持っていないたかが小動物の怨念では、死にゆく命を永らえさせる程度の効果しかないだろう。
そんな事を考えていた私の頭に流れ込んで来た新しい情報。
その情報が来た瞬間私は思わず目を瞬かせ、ソイツを探した。
見つけたのは産まれたばかりの小さな蛇で、外傷もなく正常に見えるが、身動き一つしない。
それが恐怖からでは無く、頭と尻尾の先以外の骨を全て失っているからなのだという事が、流れ込んで来た情報からわかった。
その蛇は長い間じっとしていたが、ある衝動に突き動かされ身じろぎを始めた。
その衝動とは『食欲』。
あまりにも場にそぐわぬ感情を発露したソイツに私は微かな興味を持ったが、それなりに名の知られている神である私が下手に手を出せば何が起こるかわからない。
だから私はささやかな贈り物として『ニグ』という名を与え、その場を後にした。
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小さな僕を捕まえたのは大して強く無い、獣使いという職業の男でした。
男は、小さな僕の他にも牛や鳥や猿といった家畜寄りの魔物を使役して、冒険者と呼ばれる人間達が出場する大会に参加し優勝しようとしていました。
捕まえられてから、来る日も来る日も男の言うままに戦いに明け暮れ、時には明らかに格上だと分かる魔物を相手にさせられ死にかけました。
そんな時、男は決まって僕たちを治療もせずに放ったらかしにしました。
1度、見知らぬ女の子が僕の身体に何かを塗っている時に、『瀕死の状態から回復した魔物はより頑丈に育ち、回復力も高くなる』と言っているのを聞きました。
記憶は飛んで小さな僕の身体がかなり大きくなった位に痛みで目を覚まし(?)ました。
痛みの理由は明白で、仲間の猿の魔物が僕の尻尾を掴んで僕を敵に叩きつけていたからです。
猿はうまい具合に僕の頭を敵に命中させたり、男の命令で剥き出しになった僕の牙を掠らせたりとやりたい放題です。僕も僕で身体に力を込めて打撃を与えたり力を抜いてしならせた身体を巻き付けて動きを妨害したり、そのまま噛み付いたり・・・、痛みに耐えながら人間を全滅させたとき、あの音が身体の中から聞こえました。階位が上がったのです。
ちなみに相手は人間の盗賊という連中で凄く臭かった。
次の記憶で僕は首に何かを巻き付けていて、そこから伸びる綱と綱の先にある荷車を引いていた。
荷車は車輪が大きく造られた特別製?という奴で、車体の下を僕の身体が小さくうねりながら這っていた。この頃の僕は大きくなりすぎて猿が振り回したりしない代わりに馬代わりに馬車を引かされていた。戦闘では、使役されている魔物の中で1番硬く、力が強かったので切り札扱いされていた。
完全に目が覚めたのは獣使いの男が目指していた大会の決勝戦の最中で、僕の動きを妨害する為か相手の魔法使いが顔を目掛けて見えない魔法を放ってきた。
獣使いの男は避けろと命令していたが、頭の中で『避けるな』と誰かが囁いていて、その言葉に従った。
見えない魔法を顔に受け痛みに仰け反る僕に向かって、獣使いの男は命令をしてきた。
『このクソ蛇!!ボケっとしてないでさっさとテメェの仕事をしやがれ!!!』
その命令を、僕は実行した。
僕が与えられた仕事、それは戦う事。
僕の敵と戦う事、敵は何処だ?
頭が少しクラクラしている、後ろから叫び声がする。
叫び声を上げるのは逃げる時と攻撃の時だ。
叫び声を上げるのはいつも僕の敵だ。
後ろだ、後ろに敵がいる。
クラクラする頭に命令が入り込んできた。
敵と戦え、敵を倒せ!!
強い口調だ、優先しなければ。
魔法のせいで見え辛いままの視界など二の次だ。
さぁ敵を倒そう、後ろで叫んでいる敵を倒そう。
僕が全力で振り切った尻尾に、何かがぶつかり千切れた感触がした。それから数秒後に、僕は目を覚ました。
ゆっくりとまばたきをし周囲を見渡すと、沢山の人間が動かずに此方をみていた。僕はお腹が空いたので近くに居た牛と猿と、背後でズルズルとのたうっていた人間を食べた。咀嚼し飲み込むとあの音が聞こえた。
ミチミチ、ブチブチ
しかしいつも聞こえていた雑音のような音が聞こえず、代わりに心地よい『音』が頭に響きました。僕にはその音が何か意味があるように聞こえ、その音をもっとよく聞きたいと思いました。
ーー個体名『ニグ』の階位が上がりました。神の祝福により【言語理解】を獲得しました。神の祝福の残数は2です。
ーー個体名『ニグ』は規定の階位に到達したため進化します。
ーー個体名『ニグ』は奇妙な毒蛇に進化しました。
音の意味が分かると同時に頭がスッキリとした。そして僕の身体がずっと大きくなったのもわかった。
周りの人間達はそんな僕を見て色々な声を上げているが手を出そうとはしてこない。自分より大きな強さのわからない獲物には襲い掛からないのは、人間も獣も変わらない。
そんな事を思いながら、僕は森に帰るために思い切り息を吸った。色んな匂いがするけどもぼくは目的の匂いを、故郷の森の匂いを忘れない、間違えない。
嗅ぎ取った匂いを頼りに、僕は生まれ育った森に向けて大地を這い進んだ。




