カラオケ店員、父になる。中編
日曜日。この日は学生アルバイトたちが多数出勤できるとの事で、俺と真城さんのフリーター組は休みだった。
「それじゃあ、雄二くん、蒼汰のことよろしくね!」
「はい!任せてください!」
元気よく返事をしたが正直自信はない。
「ほら、蒼汰も挨拶!」
「よろしくお願いします!」
まだ少し幼さの残る様な声だ。
いかにも母親に「ちゃんと挨拶するのよ」と言い聞かせられたのだろう。
蒼汰は深々と頭を下げた。
それでもハツラツと元気な様子だ。
「じゃ、5時には迎えに来るから!お昼代とか必要なものはリュックに入ってるから、雄二くんに任せるね!」
「了解っす!真城さんはゆっくりリフレッシュしてきて下さい!」
去っていく真城さんを見送り、蒼汰と二人きりで立ち尽くす。
「なに、、しよっか?」
「腹減った!」
時間は12時、お昼にぴったりの時間だ。
子供って何食べるんだ…?
「雄二?」
考え込む俺の顔を蒼汰は覗き込んでくる。
そんな俺の気持ちをよそに
「雄二、腹減ったよー!」
「ああ、何食う?」
「オムライス!」
「オムライスかー」
駅近くの繁華街に向かい、ファミレスを覗いてみる。
が、どこもファミリー層でごった返している。
(まずいな、、、)
「どこも人多いな...」
「腹減ったよ〜」
「そんな大きな声で言うなよ〜」
「歌魔人のオムライス!!」
「うちのオムライス?」
「うん!母ちゃんと食べたことある!」
ごねられても困る目、渋々蒼汰を連れ、カラオケ歌魔人へ向かう。
日曜だが、店長の計らいで一部屋空けてくれていたので助かった。
「ちわーっす」
「あれ!雄二くんだ!珍しい〜!」
甲高い声でフロントに駆けつけたのは西村。今日も騒がしい。
「大人一人、小学生一人」
「小学生〜??」
そういうと、カウンター越しにこちらを覗き込んでくるやいなや、にっこり微笑んだ
「やだ!弟くん?」
「ちげーよ、真城さんの子。今日だけ預かってんだ。」
「ということは蒼汰くん?こんにちはー!」
「こんにちはー!」
また仰々しくお辞儀をする蒼汰。
ROO14へ案内してもらい、靴を脱いで部屋にあがる。
ここは歌魔人の中でも、子連れの客や女子会なんかによく使われる部屋だ。
他の部屋と違って土足禁止で、床にはふかふかのカーペットが敷かれている。低めのソファにはクッションがいくつも置かれていて、子供が多少走り回っても危なくないようになっている。
まあ、子供向けとは言っても、俺からすれば女子会で使っている客の方が多い印象だけど。
「オムライス食べる!」
部屋に入った途端、蒼汰が叫んだ。
「はいはい、わかったよ」
ドリンクバーでオレンジジュースを注ぎ、トイレを済ませ部屋に戻ると、コンコンコンっとドアが鳴る
「失礼しまーす!」
大きな声で勢いよく入ってきたのはやはり西村。
「お待たせしました、オムライスです!」
「うまそう〜!!」
西村がテーブルに置いた瞬間、ふわりと湯気が立ち上がった。
こんがり焼けたチキンライスを包むのは、黄色くてふっくらした卵。その上にはたっぷりの濃厚デミグラスソース。
甘く香ばしいソースの香りと、バターの香りが部屋いっぱいに広がった。
ROOM1の住人が頼むカツカレーもこのくらい気合を入れてやってほしいところだ。
さっきまで「腹減った」と騒いでいた蒼汰が、目を輝かせる。
「蒼汰くんと雄二くんには、デザートもあるよ〜!」
「やったー!ありがとう!」
そう言うと西村はホイップがたっぷり乗ったガトーショコラをテーブルに置いた。
「こんなメニューあったっけか?」
「昨日、真城さんが仕込んでてくれたの!良かったね、蒼汰くん!」
そうなのか。
昨日はシフトが入れ違いだったから気づかなかった。
「いただきます!」
「熱いから気をつけろよ!」
蒼汰はスプーンを手に取り、小さな口を大きく開けオムライスを頬張る。
「かわいい〜蒼汰くん」
「そんなに見てたら食べにくいだろ!」
「そんなことないよ!雄二くんのことは一切見てないから、早く食べなよ!」
こいつは。
そんなこと言いつつ、店内は混んでいる為、仕事に戻っていった。
よほどカラオケ歌魔人のオムライスが好きなようでぺろりと、平らげ、蒼汰はガトーショコラを食べ始めていた。
「よかったな〜、ケーキまで作ってもらって。」
「うん!良かった!母ちゃん料理上手なんだ!」
「そうか〜、良いな〜」
離れている時にこんなふうに褒めてもらえて、さぞ自慢の息子だろう。
いや、真城さんの育て方が良いのだろう。
「蒼汰、カラオケやってみるか?」
「うん!」
「何が好き?ヒーローとか?」
「蒼汰が好きなのはこれー!」
そう言うと俺が持っているデンモクに器用に文字を入力していく。
小学一年生。すごい。
俺なんて毎日のように、「曲名がわからない」「この歌手の曲を出してくれ」とデンモクを片手にカウンターまでやってくるお年寄りや、酔っ払って何度説明しても操作を覚えてくれない客の相手をしている。
それなのに蒼汰は、教えてもいないのに迷うことなく目当ての曲を探し当てた。
「……お前、俺よりデンモク使うの上手くない?」
「そう?」
「そうだよ。俺、毎日これ教えてんだけど」「蒼汰はいつも使ってるから!」
得意げに胸を張る蒼汰を見て、俺は思わず笑ってしまった。
〜♪
ROOM内に流れるのは店内BGMでも流れる、人気バンドの曲だ。
「バンドなんて聴くのかー!」
「うん!みんな知ってるよ!」
今の小学生はJPOPやらKPOPやらの英才教育を受けているようだ。
すごい。俺なんかより断然詳しい。
二人でカラオケを楽しんでいると、あっという間に夕方になっていた。
二人で、というより俺はずっと聴いていただけだが。
一段落したので、俺は思い切って聞いてみた。
「友達と喧嘩したんだって?」
「んー」
何やら気まずそうな表情をしている。
「誰にも言わないから話してみろよ」
蒼汰はこちらを真っ直ぐに見つめ、頷いた。
ポツリポツリと話し出す。
「喧嘩したんじゃないんだ。母ちゃんのことバカにされたんだ。」
「え?」
「お前ん家父ちゃんいないんだってなーって、母ちゃんは捨てられたんだって」
そう言うと丸くて大きな瞳に涙が滲みだす。
「そんなこと言われたのか?」
「うん...」
「蒼汰はどうしたいんだ?」
「蒼汰が母ちゃん守る!」
「そうか、偉いな、蒼汰」
俺は思わず蒼汰の頭に手を置いた。
小学一年生の小さな手。
その手で母親を守るという。
なんだか妙に頼もしく思えた。
真城さんは蒼汰を妊娠している時に旦那に逃げられ、今までずっと一人で蒼汰を育ててきた。
そんな母ちゃんを貶され、いても経ってもいられなくなったのだろう。
なんて真っ直ぐな子供なんだ。
俺にはそんな風に思える様な相手は今までいただろうか。
当たり前のように両親がいて、そんな風に親のことを考えたことがあっただろうか。
「雄二!」
「ん?」
「これ歌おう!」
そういうと、俺の前にデンモクを突き出して来る。
「まだ歌うのかよ。」
「まだ雄二の歌聞いてないもん!」
「俺、人前で歌うの恥ずかしいんだよ。」
小学生の前で恥ずかしがるのはどうなのか。
自分が、なんだか馬鹿らしくなって来る。
「ほら、早く!」
「はいはい。」
渋々デンモクを受け取った。
「蒼汰、こんな歌も歌えるのか?」
「歌える!母ちゃんとよく歌うんだ!」
「まじかよ」
デンモクには90年代のこてこてのロックバンドの代表曲が表示されている。
「雄二より上手く歌える!」
「言ったな…?」
気づけば俺は、蒼汰と一緒になって笑っていた。
今日一日中、ずっと子供の面倒を見るのは面倒だと思っていた。
早く5時にならないのかな、とも思っていた。
なのに。
なんか俺、蒼汰との休日、普通に楽しんでないか?




