カラオケ店員、父になる。前編
冷たい風が吹き抜ける。
毎朝通るイチョウ並木の葉もすっかり枯れ落ち、冬本番が始まった。
カラオケ歌魔人はというと、相変わらずの人手不足だ。
募集をかけても今どき最低賃金じゃ誰も応募してこない。
しかし困った。
12月は忘年会、クリスマス、大晦日とイベント盛りだくさんだ。
いくら廃れたこのカラオケでも「激安」を謳っていれば客はやってくる。
入店半年の俺でもわかる。
この状況で無事に年を越せるのか...?
「真城さん、おはようございます」
「おはよう、雄二くん。今日も寒いね〜」
元気よく出迎えてくれたこの女性は真城涼香さん。
小学一年生の息子をもち、仕事に子育てに勤しむシングルマザーだ。
「真城さん、今日店長は?」
「遅刻よ〜、いつものことね!」
「またっすか?!」
「もう、期待もしてないわ。あ、そうだ。今日、シフトの締め切りだからよろしくね〜」
「はーい」
「どうせクリスマスも年末も予定ないんだろうけど〜」
「失礼っすよ!真城さん」
真城さんはいわゆるバイトリーダー的ポジションで、カラオケ歌魔人スタッフのお母さん的存在でもある。
バイトのシフト管理まで任されている。ベテランスタッフだ。
「はよーっす」
そんな気だるげな声で入ってきたのは、佐久間 龍。
顎には薄ら髭を生やし、長く伸び切った髪を緩く一つに束ねている。
見るからにだらしない。
が、これでも彼はカラオケ歌魔人の店長である。
「店長遅刻っすよ」
「あ~、すまんすまん。」
「店長、新しい求人応募ありました?」
「ないね〜」
「やっぱり時給上げないと!」
そんな俺の訴えを華麗にスルーし、店長は不気味な笑みを俺に向けた。
「年末年始、頼むよ、期待のエースくん」
「勘弁してくださいよ」
12月に入ってからの俺はというと毎週6連勤。
学生バイトたちがテスト期間やらインターンやらで、シフトから抜けていき、馬車馬のように働かされている。
これ、労基とやらに引っかからないのか。
いつか訴えてやるつもりだ。
なんやかんやで時間は15時。
忙しいランチタイムも過ぎ、穏やかな時間が流れていた。
店長は裏口でたばこを吸っているらしい。
そんな時だった。
真城さんが青ざめた表情でこちらに向かってきた。
「雄二くんごめん。」
「どうしたんすか?」
思わず立ち上がる。
「小学校から連絡あって、蒼汰が怪我したって」
「大丈夫なんすか?全然、こっちは気にしないでください」
「一人で大丈夫?」
もはや店長は、頭数にカウントさえされていない。
「大丈夫っす!」
「ごめんね、早退させてもらうね」
そう言うと真城さんは慌ただしく店を飛び出していった。
ーーー次の日。
出勤してきた真城さんは、何やらげっそりした表情をしていた。
「おはようございます。昨日、大丈夫でした?」
「雄二くん、おはよう。怪我は全然!本当に、擦り傷くらいだから!
「よかった!」
「ただね...」
真城さんの表情が再び暗くなる。
「蒼汰、喧嘩しちゃったみたいで、相手の男の子に怪我させちゃったみたいなのよ。」
「喧嘩っすか?」
小学生の喧嘩なんてよくあるものだ。
「それがね…一方的に怪我させられたって言うのよ。蒼汰は何も話さないしね。」
話を聞いてみると、体育の授業中に、蒼汰が友達に向かって飛びかかり、勢いで尻もちをついてしまったそうな。
「相手の子の親御さんも、知ってる人だったから、直接謝罪はできたんだけど…」
真城さんは言葉を詰まらせる。
「喧嘩した理由とか何も教えてくれなくて。」
「小学生同士の喧嘩だから、たいしたことじゃないんじゃ?」
「それがね、これが初めてじゃないの。困らせたくないのか、私に話してくれないのよ。」
いつもの元気な真城さんからは想像もできない様な暗いトーンだ。
「最近、蒼汰の事全然理解できなくて…」
「なんだなんだ、二人して〜。仕事中に私語が多いぞ〜。」
そこへ、いつの間にか戻ってきた店長が、話に割って入ってきた。
一通り事情を説明した。
「よし、雄二!お前蒼汰の面倒見てやれ!」
「は?」
突然突拍子のないことを言うんだこの人は。
「俺が面倒見て、どうなるんすか?」
「真城に1日休みをやろう!」
「え?」
「母親にも休息が必要だからな!それに、他人の方が話せたりするもんだ!」
「は?俺子供の面倒なんて…」
俺は子供が苦手だ。
「雄二くんに悪いよ」
真城さんが申し訳なさそうに俺を見る。
「いいじゃないか、1日だけ遊んでやれよ!」
店長が俺の肩を叩く。
「雄二、どうせ休みの日は何もすることないんだろ?」
「そうっすけど、何したら良いんすか!」
「ROOM一部屋、貸してやるよ!」
「カラオケっすか?小学生と?」
「甘く見るんじゃねえ、今の小学生はお前らなんかより全然歌詳しいぞ!」
何やら知ったふうに語る店長。
「…わかりましたよ。預かります。」
「本当に!?」
真城さんがぱっと顔を明るくする。
「雄二くんありがとう!」
そう言って手を取って喜ぶ真城さんを見て、俺は後には引けなくなってしまった。
こうして俺の、大波乱1日お父さん体験が始まる。




