第四話
翌朝、最初に目覚めたのは仁だった。昨夜は遅くまで兄弟三人で酒を飲んでいたこともあって、いつもより遅い時間だ。ほんのり頭が痛い。
顔を洗った後、仁は台所の流しに置いておいたビールの空き缶を洗って逆さにする。そうして米を炊き、いりこと味噌、ごまをすり鉢に入れて混ぜ合わせながら、さつまを作った。さつまというのは佐柳島や、隣にある高見島の辺りの郷土料理の一つだ。お茶を注いで茶漬けにすると、二日酔いの朝には特に沁みる。米の炊けるいい匂いがしたのか、隆と拓がのろのろと起きてきた。
「おはよう」
「おはようさん。朝ご飯、さつまの茶漬けにしたき」
「ええね」
隆はあくびをしながらガシガシと自分の腹をかき、洗面台に向かう。拓の頭には寝癖がついている。
仁は卵焼きをくるりと返して、皿の上に盛り付けた。切り目を入れて、皿の脇に大根おろしを乗せる。拓が料理の乗った皿を居間のテーブルに持っていく。炊飯器が炊きあがりを知らせる音が鳴ると、隆が仏壇のご飯と水を新しいものに交換した。蝋燭に火を灯し、線香を焚き、おりんを鳴らす。仁と拓は慌てて仏間に向かい、両手を合わせた。
テーブルに戻ってくると、仁がご飯をよそった。茶碗に七分目に盛られたご飯が入っている。三人はご飯の上にさつまを乗せると、急須から茶を注いで、手を合わせた。
「いただきます」
「今日は埋め墓に、石を探しに行くんじゃろう?」
「せやね。灯篭船の底に石を入れんといかんし」
「そしたら進水式やな。船のバランスがとれるかどうか、試してみなあかん」
三人は出汁とごまの香りの芳しいさつまの茶漬けをかきこみながら、午後の予定について話し合う。時計は十一時を差している。
「二日酔いは?」
「大丈夫。ちょっと頭が重いけど」
「日差しがキツいかもしれんね」
「まあ、すぐ終わるやろ。……ごちそうさん」
食事を終えて食器を洗い、洗濯を干す。先ほど顔を洗ったときに隆が洗濯機を回しておいてくれたらしかった。仁が食器を洗う間、隆と拓は並んで洗濯物を干した。自分たちの服もある。
食器を洗い終えて庭にやってきた仁が、物干し竿にいくつも並んだ洗濯物を見て「隆兄と拓が島にいた頃みたいじゃな」と小さく呟いた。
洗濯の後、三人は出かける支度をして、畑に寄った。拓が水を撒く横で、仁が生ゴミをコンポストに入れる。いつもの朝の支度も三人がかりだと早いなと、仁は慣れた手つきでコンポストをスコップでかき混ぜた。
海風に、花の季節を終えた除虫菊が揺れている。畑の脇に虫除けとして植えたものだ。北海道や瀬戸内海の諸島部では、かつて除虫菊の栽培が盛んだった。隣の高見島では五月頃になると、除虫菊の白い花で島の高台が埋め尽くされるほどだったという。
佐柳島でも殺虫剤や蚊取り線香の原料になる除虫菊を栽培していたが、戦中戦後の混乱期に農作物に転換したのもあって、以前ほど多く見られるわけではない。しかし島民にとっては身近な花であり、隆は関西に進学するまでマーガレットを除虫菊だと間違えていたほどだ。当時交際していた恋人から「あんた、少女漫画でマーガレットが出てくる度に、除虫菊やと思うとったん?」と呆れられて、ようやく間違いに気付いた。
近年、除虫菊はその花の美しさから瀬戸内海の因島などでも栽培され、観光名所になっている。隣の高見島でも栽培している人がいると聞く。
「……そない変わらんのになぁ」
畑を後にする弟二人に遅れて、隆はぼそりと呟いた。花には変わりないのにな……というのが、隆の感想である。
坂を海に向けて下っていくと、塀の上で猫が休憩していた。木陰で海風に吹かれて、気持ちよさそうにしている。電柱の脇には五、六匹の猫が寝そべって、伸びをしたりあくびをしたり、毛繕いをしたりしていた。
「ほんまこの島、あっちこっちに猫がおるなぁ」
観光客がワッと声を上げたのに気付いて目を向ける。カメラのシャッター音が続けざまに鳴った。猫が堤防の上を飛んだらしかった。
三人はしばらく海沿いを歩いて船着場に着くと、漁船に乗って埋め墓に向かった。穏やかな波の揺れと、海風が心地いい。桟橋から浜辺に下りると、埋め墓の方に向かい、三人の先祖が埋まっているという墓の周りで、丸い石を探した。手のひらサイズの平たい石もあれば、握りこぶしサイズの丸々とした石も、おにぎりのような形の石もある。島のあちこちに残っている石垣は、こうした石を使ったものかもしれない。
「あんまりたくさん入れるのもよくないけん、少なめにな」
三人は灯篭船の船底に入れるのにちょうどいい石をいくつか見つけた。石の裏には苔が生えていたり、小さな虫が隠れていたりする。石についていた苔を取り除いて、隆は海辺に行き、寄せては返す波でそっと洗った。
「こんなもんかな」
「せやね」
三人は埋め墓を後にして、漁船に乗り込む。凪いだ海を、父の漁船がゆっくりと進んでいく。遠くから、祭囃子の音が聞こえてきた。
「仁、行かんでええんか」
「盆踊りは夕方からじゃろ。あとで行くって言うといた」
「そうか。……ほな、進水式やな」
三人は家の近くの船着場で漁船を止めて降り、浜辺に向かう。海水で石を洗って拭くと、灯篭船の底にそっと納めた。機関室や大漁旗のついた床板を上に乗せる。海風に小さな大漁旗がはためいた。三人はズボンの裾をめくって、浅瀬に灯篭船をそっと浮かべた。足元にかかる波の行き来がくすぐったい。
「浮かぶか?」
「……どうやろ?」
恐々と灯篭船から手を離す仁の目の前で、小さな船はプカプカと浮いた。
「よっしゃ!」
「……ええね!」
強い海風が吹いたとき、灯篭船が傾いたのに三人は慌てて手を出して、船を回収した。ここまで苦労して作ったのだ。お盆の終わりに父の魂を送るまで、何かあってはいけない。
「……これ、さらにお供物乗せたら、バランス変わるんじゃなかろうか」
灯篭船のスクリューを指で回しながら、拓がぽつりと言う。隆と仁は言葉に詰まって顔を見合わせる。波に乗って浜辺へと打ち上げられた灯篭船が、ほんの少し傾いたまま、白い砂浜にめり込んでいた。遠くから聞こえていたはずのお盆の祭囃子が、だんだんと近づいてくる。
【参考資料】
YouTube - たどりつく多度津 - 多度津町タウンプロモーション 『たどつ冒険の書18 「花咲く高見島」』
紀陽除虫菊株式会社 『除虫菊とは?』https://kiyou-jochugiku.co.jp/about




