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舟送り  作者: 網笠せい
第五章 香川県多度津町佐柳島 3
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第三話

 大漁旗を描いて、無事灯篭船の小物を作り終えた三人の目の前に、長さ120cmほどの木材がある。テーブルに鎮座した木材を眺めながら、三人は唸った。


「ここから彫り出すわけやろ? どないする?」

「船の真ん中はくり抜くじゃろ?」

「そうじゃね。まあ、まずは木材にあたりをつけよか」


 拓はノートに描いた設計図を見ながら、油性マジックで木材に印をつけていく。切り落とす箇所にわかりやすいように斜線を引いていくと、四角い木材が船の形に見えてくる。


「おお、船っぽい」

「お前ほんまに、昔からこういうの得意やなぁ」

「タカ兄も仁兄も、中学の技術の授業でやったじゃろうが」

「そんなん子供の頃じゃろが。忘れとうわ」

「そない昔のこと言われてもな」


 拓が木材に船体の目印を打ち終えたとき、横から設計図を眺めていた仁が尋ねた。


「なあ、拓。設計図じゃと、船体に曲線があるけど。ノコギリではできんのと違うか?」

「カーブの天辺のところに線引いとるじゃろ? 残りのところは、ノミやらヤスリで仕上げるんよ」

「ははぁ、なるほどねぇ」

「機関室はどないするん?」

「端材で作るか、割り箸組み上げるかじゃね」

「はー。よう考えたもんやな」


 設計図を作った拓の的確な指示に、兄二人はすっかり感じ入っている。照れくさくなった拓は、隆に水を向けた。


「タカ兄、漁船の模型作っとったじゃろ」

「作ったけども。パーツが出来上がっとんのと、一から作るんは別やがな」

「タカ兄、模型作りゆうがか。昔たまに作ったなぁ」

「……最近は作っとらんかったよ。親父の漁船の灯篭船作るんが決まってから、作ってみたんや」


 仁が父の工具箱から道具を出す横で、隆は床材用の割り箸を木材の上に並べて、長さを確かめた。


「しかしまあ、この船、親父が作ったんじゃろ? ようこげなもん作ったなぁ。これはミニチュアじゃけんど、本物はもっと大きいけん」

「ほんまにな」

「どれだけ大きい木やったんじゃろ」


 そう呟いた仁に拓は笑い声をあげて、「ちゃうちゃう、ブロックごとに分けて作っとるはずじゃ」と応えた。拓の造船所で作る船と同じである。仁は笑われたことに一瞬ばつの悪そうな顔をして、「……畑見てくるわ」と行ってしまった。すかさず隆が声をあげる。


「仁! 俺、トウモロコシ食べたい!」

「焼くんか。茹でるんか」

「かき揚げ!」

「はいよ」


 猫の親子はエアコンの前で寝転がっている。親猫の尻尾に子猫がじゃれついているのが、隆と拓の目に見えた。子猫は飛び上がったり、親猫の尻尾に抱きついたり、小さな尻尾を振って間合いを計ったりと、忙しなく動いていた。


 拓は木材を小脇に抱えて庭に下りると、ノコギリで形を切り出していく。隆は冷蔵庫から麦茶を入れると内廊下に置き、その様子を眺めた。


 ガラス戸を閉めて、隆は縁側に座る。煙草に火をつけてうまそうに目を細める隆に、拓も手を止めて休憩した。二人で煙草の煙を吐き出しながら、遠くから届く海の気配に耳を澄ます。セミの声ばかりが大きく、潮騒は聞こえない。隣の畑で、仁が農作業をしている音がたまに聞こえた。


 隆が煙草をくわえたまま畑の様子を見に行くと、仁がトウモロコシの皮を剥いてコンポストに入れているところだった。隆はかつて自分が贈ったコンポストが活用されていることに、相好を崩した。


「お、使ってくれとる」

「おかげで生ゴミが減ったわ。でもたまに、イノシシが匂いにつられて出てきゆうけど」

「あいつら山の方におるんとちゃうん」

「たまに下りてくる」

「難儀やな。牡丹鍋にしてまえ」


 隆の言葉に仁はくすぐったそうに肩をすくめて笑うと、剥いたばかりのトウモロコシを手に、庭に戻った。庭では相変わらず拓が木材を切り出している。船の形が出来上がりつつあった。


「もうはや、完成しゆう!」

「まだ序の口じゃ。外側のカーブを作って、中をくり抜かんといかん」

「こだわるなぁ」

「親父の初盆や。こだわってなんぼじゃろ」


 驚く仁に拓はそう言うと、額に浮かんだ汗を拭った。アゴの先から、ぽたりと汗の雫が落ちた。


「ちょっと待ってて。ノミとヤスリ持ってくるわ」


 仁は縁側から上がってガラス戸を開けると、すぐに父の工具箱を持ってきた。そうして工具箱を縁側に置くと、内廊下に置かれていた冷えた麦茶を一気に飲み干した。


 拓は油性ペンを再び出して、木材に印を打っていく。ノミを構えてハンマーで軽く叩きながら、船底のカーブを作り出していった。


「そういえば、タカ兄は?」

「知らん。さっき畑にきよったが」


 弟二人がそう話しはじめた頃、玄関の扉がガラガラと音を立てて開いた。


「あっついなー。冷凍庫にポッキンアイス入れといたから、食べようや」

「アイス。いつの間に」

「来たときに持ってきて、入れといたんや。冷やっこいもん、食べたなるやろ?」


 拓が作業の手を止める。畑から戻ってきた隆はポッキンアイスを半分に割って、仁と拓に渡した。自分の分も取り、残り半分は冷凍庫に入れる。三人兄弟は縁側に並んで、午後の光があふれる庭を眺めた。父が庭に植えた低木の葉に、日差しが当たって輝いている。じきに日が傾いて、夕暮れどきになるだろう。


「……なんか、子供の頃みたいやな」

「そうじゃね。でもおふくろも、親父ももうおらんき」


 拓はアイスの最後の欠片を頬張って、仏壇を見る。初盆用に果物がいくつも供えられた仏壇には、若い母の写った古びた写真と、老いた父の写真が並んでいた。


 庭の端にある木の上から、セミがジジッと鳴いて飛んでいった。三人が子供の頃にはしゃぎ回っていた部屋も庭も、なんとなく小さくなったような気がして、三人は黙って縁側に座ったまま、それぞれの父との記憶を思い浮かべた。


 しばらくそうしていた三人は、風鈴の音で我に返ったように、再び灯篭船作りを再開した。隆は船底用の割り箸をちょうどいい長さに切り、仁は小刀でスクリューの形を削り出し、拓は船の真ん中をくり抜いていく。


 日が傾きはじめた頃、涼しい風が木々を揺らし、鳴いているセミの声が変わった。ヒグラシのカナカナカナ……という声に、仁は庭から家に上がって、夕食の支度をはじめた。


 今晩の夕食はトウモロコシのかき揚げだ。トウモロコシの芯に沿って包丁を入れると、黄色い粒がころころとまな板の上に転がった。ボウルに入れて、片栗粉と小麦粉、塩、卵と一緒に混ぜると、仁は油を張ったフライパンの中に、スプーン二杯ずつ落としていった。


 トウモロコシの黄色が油の中で鮮やかになる。菜箸でトウモロコシのかき揚げをひっくり返す仁の腹が、食欲をそそる香りにぐうと鳴った。冷蔵庫には、隆と拓がそれぞれ持ってきたビールが冷えている。


 仁は味見をしたいのを我慢しながら、皿に敷いたキッチンペーパーの上にトウモロコシのかき揚げを乗せていった。朝に漬けておいたキュウリにも、しっかり味が染み込んでいることだろう。


「仁兄、そろそろ迎え火焚かんと」

「ああ、そうじゃね。頼んでもええ?」

「わかった」


 拓は隆が切り落とした割り箸の先を集めると、玄関に出て、土の上に小山を作る。ライターを何度か押して火をつけた。しばらくして、燃え移った火が小さな焚き火を作る。今年亡くなった父の迎え火の煙が、ゆっくりと夕焼け空に昇っていった。


 遅れてやってきた隆が、切り落とした木材の端を追加で持ってきて、迎え火の中に入れた。


「親父、帰ってくるかな」

「お盆じゃからな。おふくろと帰ってくるじゃろ」


 二人は煙草を吸いながら、迎え火を見守る。海風に乗って、煙が細くたなびいていた。煙の匂いに混じって、台所からいい匂いがする。


 迎え火がすっかり消えたのを見守ったあと、拓は持ってきた灰皿に煙草の先を押し付けた。隆もそれに続く。


「腹減った」

「今日は頑張ったからな。ビールがとびきりうまいやろ」

「……その前に、仏壇に線香あげんとな」


 拓は傍に置いていたペットボトルの水で迎え火を消すと、群青色に変わっていく空を眺めた。様々な色が混ざり込んで、次第に夜になっていく。


 部屋に戻った二人に、仁は台所から「はよテーブル片付けよー」と言う。隆と拓は顔を見合わせて、「おふくろみたいじゃ」と笑った。


 夕食にトウモロコシのかき揚げと鯛の刺身を食べた三人は、ビールを飲んでへべれけになりながらも作業を続けた。


 灯篭船作りは順調に進んでいた。拓は船の外側をていねいに削り出していき、隆はくり抜いた船の床板を作った。仁は普段父の漁船に乗っているだけあって、スクリューの形を見事に彫り出した。スクリューの真ん中に竹串を差して、船尾に設置する。灯篭船の本格的な制作に入って二日ほどしか経っていないが、仁の当初の懸念は吹き飛ばされた。


「いや、まっこと、ようできるもんじゃなぁ」

「これならなんとか間に合うけん」

「あとは機関室やな」


 三人はテーブルの上に缶ビールと端材や割り箸を並べて、ああでもない、こうでもないと機関室を組み立てていく。そうして窓の位置を決めると、カッターナイフで切り出した。


「機関室の中はどうする? 舵とか」

「悩むとこやなぁ……」

「舵はあった方が、親父は喜ぶじゃろ」

「まあ、サングラスかけて舵握ってる写真、残ってるくらいじゃしなぁ」

「なんやそれ、知らん」

「俺も」


 隆と拓が口々にそう言う中、仁はごそごそと襖の奥を探す。ようやく見つけてきた衣装ケースの中に、いくつか古いアルバムが入っている。仁は中からアルバムを取り出して、パラパラとページをめくると「これ」と二人に見せた。


 隆と拓は写真を見た瞬間、笑い転げた。パイロットがするような大きめのサングラスをした父が、舵に腕を乗せてポージングしている。相当若い頃の写真らしい。随分格好をつけている。


「こういう写真て、多分どこの家にもあるんやろうな。きっと普通の家は、車のハンドルなんやろうけど」

「これ写真撮っとるの、おふくろじゃなかろうか。じゃけん、格好つけとるんじゃろ」


 なるほどなぁ……と三人は笑い合って、ビールを一口飲んだ。仏間の線香の煙が、真っ直ぐに立ち上っている。子猫が座布団の上で丸くなって眠っているのを、すぐそばで親猫が見守っていた。


 隆は折り紙と竹串で小さな舵を作ると、機関室の辺りに設置した。仁が上から機関室を被せるようにして、ボンドで接着する。拓は灯篭船の甲板に竹串でポールを立てて、自分が描いた大漁旗を巻きつけた。仁が先に作っておいた小物を甲板に並べていく。浮きと浮き輪、投網を船の縁に並べると、ますます漁船らしくなった。


「できたな」

「ええね!」

「ようここまでのもん、作れたなぁ」


 ついに灯篭船が出来上がった。一本の材木から削り出したようには見えない、立派な木造船だ。機関室の窓が多少歪んでいるが、酔いで手元が狂ったせいだろう。


 完成した灯篭船を持って、三人兄弟は仏壇の前に座る。


「親父、親父の漁船ができたで」

「どうじゃ、なかなか似とるやろう」

「しかしまぁ、親父はこの船のでかいがを作ったんじゃから、大したもんじゃ」


 三人の声に応える者はない。短くなった線香が赤く灯っているだけである。


「……あとは、船底に重しの石を入れて安定させるだけじゃのう」

「埋め墓のか」

「せやな」


 隆はスマホの時刻を見る。夜の十一時だった。いつの間にか、夜が更けていた。


 三人は出来上がったばかりの灯篭船をスマホで撮影すると、段ボールに納めて棚の上に置いた。うっかり子猫に荒らされてしまっては堪らない。

 

「ほな、灯篭船の完成を祝して」

「かんぱいー!」

「お疲れさん」


 三人はぬるくなったビールを喉に流し込みながら漬物を肴に、しばらく笑い合った。

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