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好き好きモスキート

プゥ〜ン……




「このっ!」




その日、シャンティの部屋から、景気のいい乾いた破裂音がした。




プゥ〜ン……




「がぁぁぁ……!」





一方、円香の部屋。




「ふ……っ!やあッ!」




円香は一心不乱にシャンティから預かっていたお料理ゲーム、『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』のQTEに興じていた。




「うーん……タイミングよくボタン押す系でここまで判定がシビアだとは。」




『お料理ママ伝説』と略称されるこのゲームは、前の持ち主が50分で投げ出しただけあってメインに相当する『お料理』ではかなり難易度の高い操作を要求される。




「……もう少し。」




円香は今『精進』、他のゲームでいう『プラクティス』、即ち練習に相当するモードをプレイしている。




「…………、そこだぁぁあッ!!」




『ほぉ。これはなかなか……♪』




円香が全神経を最大限に研ぎ澄ましボタンを押すと、『精進』モードのクリア画面が表示され、抑揚のないお料理ママのお褒めのボイスが流れた。




「おわっっったぁ〜〜〜〜……。」




円香は緊張の糸が切れてカーペットの上に大の字になって寝転んだ。




『「導刃一志(どうじんいっし)」……全ての料理の基本です。』


「ん?」




円香が起き上がると、ゲーム画面には『スキル習得』の文字と共にデカデカと『導刃一志(どうじんいっし)』の文字が表示されていた。




「何これ?必殺技的な奴かな……?」




決定ボタンを押すと、また抑揚のないボイスが流れた。




『全ての食材(いのち)に等しく刃を震える貴方なら、ステージ2の「活け造り」もきっと成し遂げられることでしょう。』




「……な〜るほど?ちょいちょい『精進』モードでスキルを習得して攻略しろってことね。」




セーブしてゲームを終了し、思いっきり伸びをすると、




パァァァアンッッッ!!!




さっきからしきりに、壁の向こうから乾いた破裂音がしていることに気づいた。




「シャンティ何してんだろ?」




このまま放っておいてもうるさくて昼寝もできなさそうなので円香は様子を見にいくことにした。






「もう、こっちまで聞こえてるよ〜?どうしたの。」




円香が音を聞きつけシャンティの部屋に入ってきた。




「すみません円香さん、ですがヤツが……!」


「ヤツ?」




円香がシャンティの目線を追うと、不快な高音を奏で優雅に宙を舞う黒くて小さい『ヤツ』がいた。




「蚊かぁ……。」


「なんっっでまだ夏じゃないのに出てくるんですか!?」


「そんなこと言われたって知らないよ……。」




プゥ〜ン……。




「万死ッッ!!」




シャンティがタイミングを測って蚊にダイブし渾身の合掌を叩き込んだが、手を開くとそこにヤツの姿は無かった。




「がぁぁぁ……!」


「そんな必死になる?」


「なりますよ!?さっきからプンプンプンプン!!」


「蚊ってそういうもんじゃない?地球で暮らすなら慣れてよ。」


「無理です……ッ!!」




プゥ〜ン……。




「ぐがががが……!!」


「じゃ、帰


「待ってください。」




自室に帰ろうとした円香の肩を、シャンティが渾身の力で押さえつけた。




「なに?いい機会じゃん、今年で慣れといてよ。」


「い、や、で、す……!!」


「はぁ……。」




円香はしぶしぶシャンティの部屋に残った。




「円香さんは地球歴15年の大先輩ですよね!?何か、対策とか!蚊だけに効く毒薬とか……!!」


「まぁ〜無いことはないけど、この時期はお店に並んでないよ?」


「そんなぁ……。」




プゥ〜ン……。




「絶滅ッッ!!!」




シャンティは視界に入った蚊にダイブし渾身の合掌を叩き込んだがまた外れ……。




「なんで私にばっか絡んでくるんですかヤツは!?」


「え〜っと、なんだっけ……確か二酸化炭素?吐いた息とか、肌からの蒸気を匂いみたいに感知して寄ってくるらしいよ。」


「じゃあ……ヤツの息の根を止めるには息をするなと!?」


「こっちの息の根止めてどうするの……。」




プゥ〜ン……。




(おん)ッッッ!!!」




シャンティは視界に入った蚊にまたまたダイブし渾身の合掌を叩き込んだがまたまた躱され、盛大に壁に激突した。




「そうそう、飛び回ってるのを殺りにいくより、寄ってきたのを叩く方が仕留めやすいよ?」


「それを早く言ってください……。」




シャンティは両の掌を構え、蚊を待ち構えた。




プゥ〜ン……。




蚊はシャンティを嘲笑うかのように、開いていた窓から悠々と空へ羽ばたいていった。




「がががががが……!!」


「窓は閉めといた方がいいね。」


「……(ふん)ッ!」




シャンティは窓を強く閉めると、買い物袋を肩にかけた。




「知りませんあんなヤツ!……夕飯の買いもの、行きますよ……!」


「はいはい♪」




円香とシャンティは晩御飯の買い出しに、スーパーへと繰り出した。




「あ〜、思い出してもイライラします……ッ!」


「大変だねぇ〜。」


「他人事だからって!」


「だって他人事だもん。シャンティには蚊を惹きつける何かがあるのかもね♪」


「おのれ蚊めぇ……!!」




円香はシャンティが腕をポリポリと掻いているのが目に留まった。




「あ。やられてたんだ。」


「もぉぉぉお何なんですかこれ!?痒くて痒くて……ああイライラします……ッ!!」


「蚊が血を吸うときに出す唾液の成分らしいよ?」


「うぇっ……じゃあ知らない間にペロペロされてたってことですか!?」




シャンティが青ざめた。




「まあそうだね。痛みを感じにくくする麻酔効果もあるんだって〜。」


「無理無理無理無理ッ!?キモすぎます……!?」


「まあまあ、相手はちっちゃい虫なんだし……。」


「ちっちゃい虫じゃなかったらもっと無理です!!」


「あ〜、うん。等身大だったら卒倒するわ。




円香はスーパーの入り口の前で足を止めた。




「……着いたよ。」




2人はスーパーに入り、ひとしきり必要なものを揃えレジへと移動した。




「これお願いします!」


「ご利用ありがとうございます♪……あら?随分と可愛い子ね♪」


「「いやぁそれ程でも……///」」


「「……え?」」




円香もシャンティも、レジのお姉さんの褒め言葉を自分へのものだと思って疑わず、お互いに隣から声がしたことを不思議がって顔を見合わせた。




「……あら。」




円香とシャンティがキョトンとした顔で見つめ合っていると、お姉さんがシャンティの腕の虫刺されに気づき、ねっとりとした湿度のある視線を向けた。




「でもわかります。お客様、とぉ〜っても魅力的ですから……♪」


「……、」




円香はシャンティの虫刺されに向けられたレジのお姉さんの視線にうすら寒さを感じ我に帰った。




「あんまり褒められると照れちゃいますよ〜///」


「ほらほら、仕事の邪魔しないっ。」


「は〜い。」





レジのお姉さんがお釣りをシャンティに手渡し、会計を済ませた2人は近くのテーブルに移動した。




「よかったねー可愛い可愛いシャンティちゃん。」


「もう、やめてくださいよ〜♪」




2人が袋に荷物を入れていると、レジのお姉さんが駆け寄ってきた。




「ほら、噂をすれば


「すみません!新しいスタンプカードを渡し忘れてちゃって……!」


「あ、ありがとうございます。」




シャンティがお姉さんからスタンプカードを受け取ると、お姉さんは少し黙って、




「…………。それじゃあね♪」


「はぅわっ!?///」




シャンティの耳元で囁くと、持ち場のレジに戻って行った。




「……。」


「円香さん、どうかしましたか?」


「いや、なんでもない……けど。」




円香の視線の先ではレジのお姉さんがときおりシャンティにねっとりとした視線を向けていた。




「早く帰ろ。」


「はい♪」




円香とシャンティはスーパーを後にした。




「…………あの子、シャンティちゃんっていうのね?いい匂いで、ほんと、とぉ〜っても魅力的。…………ペロペロしちゃいたくなるくらい♪///」






夜。


街の灯りがすっかり消えた頃、半開きの窓から吹き込む風の音以外何も聞こえない静かな部屋で、シャンティは眠りこけていた。




「……zzZ」




更に夜が更けた頃……。




「むにゃ……、」


『可愛い……


「いやぁ……///」


『美味し……


「そんなに褒めてもなにもでませんよぉ……///」


『血は出てるけど……♪』


「ちぃ……?」




シャンティが顔を上げると、そこにはスーパーで会ったレジのお姉さんの姿があった。




「お姉さ……、え!?」




目が覚めたシャンティは布団から飛び退いた。




「あら、もう起きちゃったの。」


「いったいどこから……!?」


「そ、こ♪」




お姉さんが指差した窓は全開になっていた。




「戸締りはちゃあんとしないとダメよ?」


「な、なんでここが……!?」


「私ね?一度嗅いだ人の匂いは忘れないの♪」


(にお)……!?///」


「大丈夫、いい匂いよ?」


「ありが……って、何しにきたんですか!スタンプカードならもう貰いましたよ……!」


「やぁね、今はプライベートよ。シャンティちゃんを味わいに来たの♪……血ぃ、吸わせて?」




お姉さんは片目を瞑り、ペロッと舌を出して可愛く頼んでみせた。




「ちちちち、血ぃ!?まさか私を食べる気ですか……ッ!」


「死んだりしないから安心して?ただ……ちょおっと、痒いだけだから。」




お姉さんは自分の首元を指でトントンしてみせた。




「……、なっ!?」




シャンティはお姉さんが指差した所を指でなぞると、自身の首元に虫刺されができていることに気づいた。




「まさか……もう……、


「痛くなかったでしょう?……じゃあ再開♪」




お姉さんがシャンティにゆっくりと覆い被さって来た。




「だだだだダメですッッ!!!」




シャンティはお姉さんを払いのけると、近くに置いてあった『バトルシエ闘度100』のゲームケースからディスクを取り出し、胸元に挿入してシュガーの格好に変化した。




「あら可愛い……///」


「ここじゃ円香さんが……ッ!」




シャンティはお姉さんに突進し組みつくと、全開の窓から外へ飛び込んだ。




「あら……大胆///」




落下してる最中も、お姉さんは余裕の表情で恍惚としていた。




「このままお巡りさんに突き出してやります……ッ!」


「それは困るわね。」




お姉さんは空中でシャンティを振り解き着地すると、夜の闇に溶け込んだ。




「逃げ


「るわけないじゃない……♪///」




お姉さんは地上に降りたシャンティの左耳を優しく咥えた。




「はむっ♪」

「ひいぃっ!?///」




シャンティは慌てて絞り機で薙ぎ払ったが手応えは無かった。




「シャンティちゃん、お耳が弱いのね……♪」


「うううううるさいっ!!!/////////もう怒りました……!!」


「言わなくてもわかるわよぉ?シャンティちゃんの血行が良くなって、いい匂いが濃くなって


「ッ!!」




シャンティは声がした場所に絞り機の光弾を撃ち込んだが、また手応えが無かった。




「大人しくしてればいいのに……。」


「誰が……ッ!」




また声がした場所に光弾を撃ち込んだが手応えは無し。




「よく考えてみて?お姉さんが優しくハグして、大好きな首を気持ちよぉくしてあげるの♪何も悪いことはないでしょう?」


「気持ち『悪い』ですッッ!!」


「おっと。」




またもや光弾が空振りした。




「はむ♪」

「ひゃわわっ!!??//////」




シャンティは左耳にまた生暖かくて湿った感触を受けた。




「あんまり痛いことはしたくなかったんだけど……ごめんなさいね?」




お姉さんは太ももに装備していた黒光りする警棒のようなものを展開させると、傘程の長さのステッキになりそれをシャンティに向けた。




「仕込み杖……()り合おうってわけですか……ッ!」


「あら良い目///」




お姉さんが鋭く踏み込み、正面から突きをお見舞いした。




「ぐ……っ!?」




シャンティは絞り機の銃身でガードし、後退した。




「そのコスチュームは飾りじゃないのね?……良いわぁ///お肌もいっぱい出てるし、ペロペロしたくなっちゃう//////」




お姉さんは再びシャンティに踏み込んだ。




「ひいっ!?無理無理無理無理!?」


「ね、早く観念してペロペロされよ?///」


「無理無理無理無理無理無理無理無理!!」


「無理じゃないの、舐めさせて?あと吸わせて?」


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!」




恍惚とするお姉さんが夜の闇に溶けて繰り出す攻撃を、シャンティはなんとか凌いでいたが徐々に押され始めていた。




「う〜ん……元気がいい子には効くまで時間がかかるのが難儀ねぇ……それとも、




お姉さんがまた夜の闇に溶け込むと、煽るようにシャンティの周りを駆け回り囁きかけた。




「お耳が真っ赤……♪」


「ッ!」


「可愛い……♪」


「……、」


「こっちこっち♪」


「このっ……!」


「やっぱりこっちかも?」


「……、」


「じゃあこっち♪」


「いい加減に……ッ!!」




シャンティは自身の右方向に光弾の弾幕を撃ち込んだ。




「やっぱり効いてるわね。ぺろっ♪」


「ひっ!?///」




シャンティは左の頬に生暖かく湿った感触を受けると、大きく飛び退いた。




「ねえ、気づいてる?」


「……ッ!」




シャンティはまた、自身の右方向に光弾を撃ち込んだ。




「私はこ、こ♪」


「なんで……ッ!?」




シャンティは喉を優しくつつかれ、慌てて後ろに飛び退いた。




「確かに、『右から声がした』のに……!?」


「やっぱり気づいてなかった。」




こんどは姿をくらまさず、お姉さんはシャンティの前に(とど)まった。




「『右から声がした』んじゃなくて、『左が聞こえない』の。ほら、今だって声が右耳だけ聞こえてるでしょ♪」


「そんな……なんで……!?」


「さあ、なんででしょう?……でも、左耳がホワホワして気持ちいぃでしょう?」


「そんな、麻酔みた……、




〜〜


『蚊が血を吸うときに出す唾液の成分らしいよ?』


『うぇっ……じゃあ知らない間にペロペロされてたってことですか!?』


『まあそうだね。痛みを感じにくくする麻酔効果もあるんだって〜。』


〜〜




シャンティはお昼に円香が話していたことを思い出した。




「まさか……唾液ッ!?」


「ぴんぽぉん♪大正解。」




お姉さんはべえっと舌を出して見せた。




「血を貰ったところも、痛くないようにちゃあんと舐めてあるでしょ?」




「…………蚊、ですか。」


「『蚊』っていうの?この星の虫にもおんなじようなことできる子がいるみたいだけど……。」


「フフ……タネがわかってしまえば


「『勝てる』?」


「当然!」




シャンティはまた絞り機から光弾を、こんどはしっかりと目標を目で捉えて撃ち込んだ。




「いない……!?」


「自慢じゃないけど……ちゅ♪」




シャンティは左脚の太ももに生暖かく湿った感触を受け、たまらず飛び退いた。




「なっ!?」


「私、速さにはそこそこ自信があるの♪」




(不味い!?やっぱり左が全く聞こえてない……!?今ので左脚も使い物にならなくなる……!)




「でもダメねぇ、攻撃しなきゃなのについ舐めちゃう……。我慢しないとなのに、そんな格好ズルいわよ///」




お姉さんはほっぺに両手を添えて悶えていた。




「知りませんよっ!?」


「ねえ、やっぱり大人しく私にちゅーちゅーされる気はない?私、戦うの好きじゃないの……。」


「死んでもごめんです……ッ!」




シャンティはまた光弾を撃ち込んだが、依然、手応えは無かった。




「もう狙いもつけられてないじゃない、あんまり無理はしないで?」




(不味い不味い不味い!?暗いのと聞こえないのでこっちの攻撃が全く当たらない……!左を舐められたから、朝まで待つこともできない……!?なんとか策を






「シャンティ!」






シャンティの目の前にいきなり円香が現れた。




「円香さん!?寝てたはずじゃ


「ドッカンバッカンやってたら起きるわっ!とにかくこれ使って!」




円香はシャンティに『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』のゲームディスクを押し付けた。




「これは……?」


「いいから!」




シャンティはゲームディスクを胸元に挿入すると、割烹着(かっぽうぎ)姿に変化した。




「……『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』?」




「よしっ!露出も減ったし、これでいけるね……!」


「あぁら、今どき割烹着……?」




お姉さんは立ち止まって舐めるようにシャンティの服装を観察した。




「お肌は隠れちゃったけど…………やぁだぁあ///お人形さんみたいで可愛い♪///」




お姉さんは自分の身体を抱きしめクネクネと悶えた。




「円香さん、アイツの能力は


「見てたから知ってる!」


「見てたなら助けてくださいよッ!?」


「だって舐められたくないし。」


「そんな薄情なっ!?」


「文句言わないっ!麻酔効果のある唾液にあのスピード……もう時間がないんでしょ?」


「……はい。さっき舐められた左足の感覚がなくなり始めました……もう、跳ぶことも走ることも……!」


「わかった。」


「作戦会議は終わったかしら?」




頬を赤く染め息を荒くしたお姉さんが痺れを切らして暗闇の中から催促してきた。




「うん♪」




円香はシャンティの左に立つと、シャンティの胴体を抱えて拘束した。




「ま、円香さん!?」


「私は舐められるのも吸われるのもやだから降参しまーす♪」


「円香さぁぁあんッ!!??」


「ふぅん……?」


「どこにいるか知らないけど今のうちだよお姉さん、どーぞどーぞ♪」


「裏切り者ーーー!?」




「それじゃあ……、




(シャンティ。右から、首を狙って来る……!)




円香がヒソヒソ声でシャンティに囁いた。




「いただきまぁ




円香の予告通り、お姉さんがシャンティの右側から首を狙って飛び出してきた。




「……ッ!」




シャンティが暗闇の中で出刃包丁を振るうと、シャンティの首に触れられる距離まで迫っていたお姉さんが警戒して飛び退いた。




「やだ、まだ抵抗す




余裕を見せていたお姉さんの身体に、燻し銀に輝く出刃包丁の軌跡が浮き上がった。




「る……!?」




「……『隠し包丁』。」




「がは……ッッ!?」




お姉さんが吐血し、膝をついた。




「やった……!」


「くっ……おのれぇ!」




余裕を見せていたお姉さんの表情に初めて怒りが浮かび上がった。




「いよっし!手応えあり♪」


「でも攻撃が浅いです、仕留めきれてません……!」




「なんで……、




お姉さんがポツリと口を開いた。




「なんでわかってくれないのよぉッ!?私はシャンティちゃんに痛いことする気なんてないの!!なんなら気持ちいいのに……!!私はただペロペロしたりちゅーちゅーしたいだけなの!なのに……、




お姉さんの頬を一筋の涙が流れた。




「どうして、こんな酷いこと……。」


「ペロペロもちゅーちゅーも酷いことですからね!!??」


「うぅ……、」




お姉さんは泣き崩れた。




「ちょっ、泣かないでくださいよ!?なんで変態行為されてる私が悪いみたいになってるんですか!?」


「あーシャンティ泣かしたー。」


「円香さんも悪ノリしないでくださいっ!」


「ごめんごめん。あっちは戦意喪失したみたいだし、ちゃっちゃと通




円香が取り出したスマホが宙を舞った。




「ほ……




手を離れたスマホに驚いてお姉さんがいた場所を見ると、そこには足一つ分の地面が抉れた跡だけがあった。




「う


「円香さんッッ!」




シャンティが円香の背後に周るのとほぼ同時に、円香は背中に強い衝撃を受け前に飛ばされ地面を転がった。




「くっ……、」


「シャンティ!」




自分の目の前で膝をつくシャンティの背中を見て、円香は庇われたことを理解した。




「なに……今の……。見えなかっ




円香とシャンティの左から、稲妻のような踏み込みの音がした。




(左から来る!)




「……、」




(シャンティは気づいてない……!?そうか、左耳を舐められて音が……!)




円香は後ろに倒れ込むほど、シャンティの腕を全力で引っ張った。




「まど




シャンティの目と鼻の先をものすごい勢いでお姉さんが通り過ぎて行った。




「か……さん?」


「なんとか避けられた!……とにかく立って!」




円香はシャンティの左腕を担ぎ、2人で立ち上がった。




「ありがと


「お礼は後っ!シャンティさっきの攻撃、視えてたよね!?」


「は、はいっ!でも視えるだけじゃ回避も……それに、左脚ももうほとんど感覚がありません……!」


「よし、それで充分!」


「え




今度は2人の背後から稲妻のような踏み込みの音がした。





「シャンティいくよっ!」


「ええっ!?」




円香は踏み込みの音を聞いて、シャンティの腕を担いだまま咄嗟に自分だけ前に飛び出し、反動でシャンティを音が聞こえた方に振り回した。




「……捉えましたッ!」




シャンティは遠心力が乗った右手の出刃包丁の斬撃でお姉さんの攻撃を受け止めた。




「……ッ!」




シャンティは動きが止まったお姉さんを切りつけ、お姉さんのガードを振り切って数発の斬撃を浴びせた。




「くっ……!」




お姉さんは堪らず飛び退いて体制を立て直しまた暗闇に溶け込むと、2人の周りを縦横無尽に高速移動した。




「なんて速い包丁さばき……、でも!」




お姉さんがまた強く踏み込んだ。




「はぁぁあ……ッ!」

「……ッ!」




「がっ……!?でも、

「……ッ!」





「いつまで動けるかしら♪///」

「……ッ!」




円香はシャンティを軸にして常にお姉さんの対角を取るように立ち回り、シャンティが右手で包丁を捌いてなんとか攻撃を凌いでいた。




「くっ……、ああもう邪魔過ぎるッ!!」




お姉さんは連続で強めの踏み込みを行い、2人の周りを高速移動して撹乱すると、遅れて今日一番の踏み込みの音が暗闇に轟いた。




「……仕掛けて来ない!?」


「いや、上から来るッ!」




2人が空を見上げると、仄暗い夜空にぐんぐんと高度を上げるお姉さんの姿があった。




「不味いですっ!?上から来られたら円香さんが


「いや、それでいい……!」


「円香さん?」




2人が立ち止まっている間にも、お姉さんは更に高度を上げ、急降下による大技に備えていた。




「軸周りで平面の攻撃を抑えていれば、いつかは上から仕掛けてくる……、


「だから今こうして


「シャンティ、お料理ママの理不尽クッキング……いけるよ、ねッッ!!??」


「円香さ




円香はその場でグルングルと回転してシャンティを巻き込むと、背負い投げのような体制で回転に加速をつけた。




「アクロバティックなやつ、


「なるほど、空中でなら……!」




「くるくる回って悪あがき?……2人ごとのして、たっぷりしゃぶってあ、げ、




「「いっっ、




円香がシャンティの身体を背負い投げの要領で肩に引っ掛けると、シャンティは跳び箱の頭跳ね飛びの要領で円香の肩を上から押し返し、身体全体で伸び上がって……




「「けぇぇぇええ!!」」




お姉さんが見せたジャンプを超える速度で跳びあがった。




「え……




「お料理ママ、基本の型……!」




「な




「『導刃(どうじん)……、一志(いっし)ッ!!!』」






シャンティとお姉さんが空中の一点ですれ違い、ほんの一瞬、2人の交点が夜空の星のように眩く煌めいた。




「ば……、




「……食材たちに感謝を込めて。」




猛スピードで落下してくるお姉さんの身体を横断する様に、夜空を結ぶ星座を彷彿とさせる一本の燻し銀の光の線が走った。




「ば…………




「お命、頂戴いたします……♪」




シャンティは出刃包丁を納刀すると、高度を上げながら目を閉じて静かに合掌した。




パンっ……




「ばかなぁぁぁあ!!!!??」




お姉さんの身体に刻まれた出刃包丁の軌跡が輝きを増し、星の誕生のような小爆発を起こしてアパートの壁にめり込んだ。




「おー……。」




円香が感心していると、




「円香さん受け止めてくださーーーい!?」




上空から体制を崩したシャンティが落ちてきた。




「ええええ無理無理無理無理!?」




円香は咄嗟にシャンティを避け、シャンティは頭から地面に落っこちた。




「酷い……。」




円香は大の字になって空を仰いでいるシャンティを抱え起こすと、お姉さんがめり込んだ壁を確認した。




「あの変態は……完全にノビてるね。」




壁にめり込んだお姉さんが完全に伸びているのを確認した円香はスマホ拾って通報すると、やがてお巡りさんが来てお姉さんを回収していった。




「終わった……。」


「もう2度と窓開けて寝ません……。」




憔悴しきった2人を嘲笑うかのように、2人の背後から薄明るい空が昇ってきた。







背景、おばーちゃん。


『一寸の虫にも五分の魂』とは言いますが、彼らの所業は『一寸』だから『五分』で笑って許せるんだと痛感しました。

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