6話 お命頂戴
「……よし!」
円香はエプロン姿に着替え、腕捲りをし気合を入れていた。
「可愛いですね円香さん♪」
「いや〜、それ程でも?」
西の地平線に太陽が腰まで浸かった頃、2人はシャンティの部屋のキッチンに立っていた。
「何度やっても、この瞬間はワクワクしますね……♪」
シャンティは鼻歌混じりに一本のゲームソフトのケースから中古ゲームショップのシールを剥がした。
「『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』……!どんなレシピが入ってるんでしょう♪」
『何度も』とは言っていたが、裸エプロンにならずとも料理が作れるゲームディスクにシャンティが特別胸を高鳴らせていたのは明らかだった。
「また隠しコマンドで裸エプロン入ってたりして。」
「不吉なこと言わないでくださいよっ!?」
シャンティは『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』のゲームディスクを胸元に挿入すると、割烹着姿に変化した。
「お〜……。」
「ど、どうなってますか……!?」
「これなんていうんだっけ?ええっと……そうそう、割烹着だ!」
「割烹着……!」
シャンティはクルクル回って全身に布がまとわれていることを確認した。
「すごい。肌が……、肌が!ちゃんと隠れてますっ♪♪」
シャンティは喜びのあまり部屋をピョンピョン跳ね回った。
「喜ぶところそこなの?」
「じゃあ円香さん裸エプロンになってみます……!?」
「……ごめん。」
シャンティはゲームディスクのケースをリビングに置いて戻ってくると、ほっぺをパシンと叩いて気合を入れた。
「さあ、これでお料理ママの妙技……を…………。」
張り切っていたシャンティが絶望の表情でフリーズした。
「どうしたの?」
「このディスク、プレイ時間50分のデータしかありません……!?」
「あちゃ〜、あんまりボリューム無かったか。」
「じゃなくて……、」
シャンティの顔がさらに青ざめた。
「『ラード』さん、ステージ2で40分挑戦した挙げ句、挫折してこのゲームぶん投げてます……。」
お料理ゲームで2ステージしか遊ばないなんてこと、ある……?
「……え、まってステージ2で挫折ってことは、レシピ1種類しかないの?」
「今の私では、ベーコンエッグしか作れません……。」
シャンティはガックリと肩を落とし、気まずい沈黙が2人を包んだ。
「ま、まあ!朝ごはんならハムエッグで全然有難いし!」
「そ、そうですよね!?お腹も空きましたし、作りましょう!」
「……最悪、『おふくろシミュレーター』もあるし。」
「次行ったら裸エプロンですよ……?」
「スミマセンデシタ。」
2人は改めてキッチンの前に立った。
「それでは、調理を始めましょう。」
シャンティの声に抑揚がなくなった。
「……。」
「返事は?」
「は、はい……!」
円香が返事をすると、シャンティは粛々とフライパンに火をかけ、冷蔵庫からベーコンと卵を取り出した。
「お手本どおりに調理しましょう。」
「うん!……って、なんだかえらく儀式的だね。」
「まずはベーコンをカットしましょう。この様に……ッ!」
シャンティがベーコンを放り投げると、空中でカットしフライパンに着地させた。
「おお……!」
「ではどうぞ。」
「よ、よし……!」
円香はまな板にベーコンを置いて包丁を構えたが、シャンティに手を抑え制止された。
「え?」
「そんな持ち方では手を切ってしまいますよ?」
シャンティは抑揚のない声で円香を諌めた。
「そっか、確かネコの手だよね。そういうとこ、ちゃんとしてるんだな……。」
食材と包丁を持ち直した円香を再びシャンティが制止した。
「そんな持ち方では手を切ってしまいますよ?」
「いや、持ち方はこれで
「お手本どおりに調理しましょう。」
「……え
「お手本どおりに調理しましょう。」
・・・・・・。
「いやいやいやいや、流石に空中で切るのは無理だよ〜。」
円香は三度包丁を構えたがまたまたシャンティに制止された。
「お手本どおりに調理しましょう。」
「融通効かないなっ!?」
円香はシャンティの制止を振り切ってベーコンをカットしフライパンに投入した。
「……次は『生卵』を『カット』しましょう。」
「『カット』……?」
聞き馴染んだ単語どうしの聞いたことない組み合わせに、円香はもう悪い予感しかしなかった。
「……まさか。」
「この様に……ッ!」
シャンティは生卵をフライパンの真上に放り投げると出刃包丁で一刀両断し、殻をキャッチして中身だけをフライパンに着地させた。
「ではどうぞ。」
「「いやそうはならないでしょ!!??」」
フライパンの上でパチパチと美味しそうな音を奏でる卵の黄身はなぜか無傷だった……。
「普通の人は空中で卵の殻だけ切るなんてことできないの!もう普通に調理す
卵を持ちフライパンのふちで割ろうとした円香をシャンティが制止した。
「もういいです。食材の代わりにお前が死ねばよかったのに……。」
「 」
今までのシャンティの人柄からは想像し得ない切れ味の言葉の刃に、円香の心は一刀両断された。
「……食材たちに感謝を込めて。お命、頂戴いたします……♪」
フリーズする円香を他所に、シャンティは淡々と調理を続けると美味しそうなベーコンエッグを2人前食卓に並べ、合掌して調理の終了を宣言した。
「……ふぅ。できましたよ円香さ
「 」
「円香さーーーん!?」
円香がフリーズしていることにようやく気づいたシャンティは円香に駆け寄り、肩を揺すった。
「シャンティ……はは。私の命は生卵より軽かった……。」
「正気にもどってくださーーーい!!??」
円香が落ち着いた頃、シャンティは円香に全身全霊の土下座をしていた。
「……なるほど、アレはお料理ママのキャラクターが乗り移っちゃったんだね。」
「すみません、まさか性格まで変わってまうとは……。」
「よかったぁ〜。シャンティに嫌われたのかと思ったよぉ……。」
「そんな!?私が円香さんを好きになる道理はあっても、嫌う要素なんて皆目ありません!」
「フフ。ありがと♪……でもずっとあの感じだと、そりゃ50分で挫折しちゃうよね……。」
「このゲームは封印しましょう。」
「う〜ん……、」
「何か?」
円香は何か引っかかる、と言う様子で顎を触って唸った。
「……このゲーム、私が預かっても良いかな?」
「ハムエッグなら『おふくろシミュレーター』でも作れますし、私は構いませんけど……これ、やるんですか?」
「うん。前の持ち主は1時間足らずでぶん投げちゃったみたいだけど、ちゃんと向き合ってみたいんだ♪」
「……そうですか♪」
シャンティは胸元から『40分で支度する 国営放送お料理ママ伝説』のゲームディスクを取り出し、円香に手渡した。
「ありがと♪とりあえず……、
時計を一瞥した。
「お腹すいちゃったし、晩ごはん食べよっか?」
「はい♪」
「じゃあ手を合わせて、
食卓を挟み向かい合わせに座った円香とシャンティは合掌すると、
「いただきま
「お命、
「ちょっ!?蒸し返さないでくださいよ〜〜!?」
背景、おばーちゃん。
買ってきた中古のゲームを確認したらなんと、前の持ち主が50分でぶん投げてました。ほんっとありえないよね!?
……なーんて♪
おばーちゃんよく言ってたよね?『どんなディスクも優劣なんてない、思い入れ次第でどこまでも楽しくなれる』って!
今度会ったら、また一緒にゲームしようね♪




