17話 最強最高のおばーちゃん
「来た来た。」
高校生になって初めての連休。円香は1人、バスに乗りこんだ。
「なんだか、1人になるのが久しぶりに感じるな……。」
……シャンティは今頃、キラビと元気に『どぎメモ』改め『どぎまぎメモリーズ』をプレイしている頃だろう。
「今ごろまた袋叩きエンドかな♪」
家に置いてきた2人のことを想像すると思わず頬が緩む。
「……ぅッ、」
笑うと脇腹の辺りに稲妻のような痛みが走り、顔を顰める。
昨日胸毛の変態と交戦した時、跳ね返されたシャンティの投球が直撃した所だ。……傷がまだ癒えていない。
「……。」
バスの窓に映る自分の顔が酷くて、思わず首をブンブン振って苦悶の表情を振り払う。
「今日は待ちに待ったおばーちゃんと会える日なんだから、笑顔笑顔……!」
バスの窓に映る自分に笑いかける。
う〜ん、やっぱりおばーちゃん譲りのべっぴんさん♪
瞳の形が片っぽだけ違ったって、それは欠点じゃなくてむしろチャームポイントだ。
「……♪」
バスの窓に映る、動画の再生マークみたいに見える変わった形の瞳を指で小突く。
「こんな細かいとこ、言われるまで自分でも気づかなかったのに……。」
でもまあ、この変わった形の瞳は私とおばーちゃんだけの……と思いかけたところで、シャンティの顔が浮上した。
「そういえばシャンティもだったな……。」
シャンティとお隣さんになって間もなく、直近で見つめられたことがあったが、そのときシャンティの両目が動画の再生マークみたいに見える変わった形の瞳だったことを思い出した。
本人が気づいているかはわからず未だに触れてはいないけど。
「もしかして、シャンティの義妹のバルデもよく見たら……。」
なんて考えていると、バスのアナウンスが目的地への到着を知らせた。
「もう着いちゃった。やっぱり早いな〜。」
考え事は中断して、バスから降りて少し歩く。
「元気にしてるかな〜♪」
円香はおばーちゃんと会うことに全神経を集中することにした。
「懐かしいな〜!全然変わってないや。」
一軒家の門の前に立ち止まった円香は、インターホンの呼び出しボタンに人差し指を立てると、庭の奥に懐かしい人影を見つけた。
昔と全く変わらない、胸元の開いたオシャレな服を来て首にはスカーフを巻いたその人は、遠目の後ろ姿だけで円香を笑顔にさせた。
「……フフ♪」
円香は指を引っ込めると、お腹に力を入れて
「おばーちゃん♪」
懐かしい人を呼んだ。
脇腹の痛みなんて気にならない。
庭の奥の懐かしい人影がこちらに歩いてきて門を開けると、両手を広げ円香を抱きしめた。
「いらっしゃい円香ちゃん♪」
「えへへ、恥ずかしいよぉ〜♪」
円香が会いにきた懐かしい人は、円香が『おばーちゃん』と呼び慕う、円香のひいおばあちゃんだった。
ひいおばあちゃん、改めおばーちゃんは円香を中に招き入れると、ココアとお茶菓子を出してくれた。
「でも驚いた〜、おばーちゃんぜんっぜん老けないね!」
「まだまだ若いからね♪」
「100歳越えなんて、誰も信じないよ〜。」
おばーちゃんは、御年105歳。そして見た目は永遠の20歳……とでも言えてしまう程、肌には張り艶があり、顔にはシワ一つなく、背筋はまっすぐ伸びていた。
「円香ちゃんも、ちょっと見ない間にすっかり大人になっちゃったわね♪」
「まだ15歳ですぅ〜!」
「あら?90歳差なんて誤差みたいなものじゃない?」
「おばーちゃん……一般的な人はだいたいそのくらいで生涯を終えるんだよ……。」
ちっちゃい頃から全く変わらない若さを保つおばーちゃんは、円香とはどこか時間の感覚が違うようだった。
「わからないわよ〜?円香ちゃんだって100歳迎える頃には『フッ……1世紀なんて誤差みたいなもんよ……!』って子どもにいってるかも……!?」
「おばーちゃんの中の私ってそんなキャラなの?」
「さあ?どーでしょう♪」
おばーちゃんは口元を手で隠して上品に笑ってみせた。
「もう!私だって立派な女の子なんだからね!?」
「立派な女の子……。」
おばーちゃんは舐めるように円香の全身を見渡した。
「な、なに……!?そりゃ、おばーちゃんに比べたらまだちんちくりんかもだけど
「じゃあ女の子らしくなっちゃいましょうか♪」
「は……?」
お茶菓子を食べ終えて一息つくと、おばーちゃんは円香の手を引き、家を出ると駅前のショッピングモールへと連行した。
「着いたわよ♪」
「いや行動力……。」
「思い立ったら即行動!お店の寿命なんてあ〜〜っという間なんだから。」
「そりゃ、おばーちゃんに比べたらね……。」
「ささ、およーふくおよーふく♪」
「うわあ!?」
おばーちゃんは服屋の試着室へ円香を連行すると、次から次へと胸元の開いた大胆な服ばっかりを円香の元へと持ち寄ってきた。
「おばーちゃん!なんで大胆なのばっかりなのぉ!?///」
「立派な女の子になるんでしょう?っていうかその服使いづらいんじゃない?」
「使いづらいって何!?……まあ着るけど///」
円香はカーテンを閉めて、おばーちゃんセレクトの服に着替えようと今着ている服を脱いだ。
「……、」
試着室の鏡に写った自分の脇腹が、まるでSF映画に出てくる不治の病のように青黒いあざで覆われているのを見て言葉が詰まった。
「サイズ合ってるかしら?」
カーテンの向こうから催促されて服に意識を戻す。
(それにしても……なんて大胆な///こ、こんなの……胸大きいと谷間とかもろ見えちゃうよぉ……///)
「おばーちゃんがお着替えさせてあげよっか♪」
おばーちゃんがカーテンの向こうから再び催促してきたので、円香は脇腹のあざを隠すようにおばーちゃんセレクトの服に着替え、カーテンを開けた。
「あ、合ってる……のかなぁ///」
「……。」
おばーちゃんは無言で円香の全身を舐めるように見渡すと、やがてその視線は開け晒しにされた円香の胸元へと集まった。
「……なるほど
「『なるほど』ってなにぃ!!??//////」
円香は慌てて胸元を手で隠した。
「心配しなくても大丈夫、きっとそのうち着やすいと思うようになるわ。だっておばーちゃんのひ孫なんだもの♪」
おばーちゃんはドヤ顔でサムズアップした。
「も、もうっ!///着替えるから出てって!///」
「その必要はないわ……!」
「あるの!///」
「ないの!」
「なんで頑ななの!?これお店の服でしょ!?」
「ちっちっち……、」
おばーちゃんはカードゲームの手札を見せるかの様に、財布から小さい厚紙を取り出して扇状に広げ、円香に見せた。
「これなーんだ♪」
「何って、値札……まさか!?」
おばーちゃんが見せた値札が、まさに円香が来ている大胆な服に付いていたものであることに気づいた頃には既に、おばーちゃんは試着室に置かれた円香の服を全て奪って店の入り口まで走り出していた。
「ちょっとぉぉぉおお!!??//////」
円香はおばーちゃんを追いかけて走ろうとしたが、
「あぐ……っ!」
稲妻の様に走る脇腹の痛みと声を堪え切れずその場で転びそうになった。
(ダメだ、やっぱりまだ急には動けない……!)
倒れると思った刹那、円香の身体は誰かに支えられて転倒を免れた。
「……大丈夫、じゃないわね?」
頭の上から聞こえた声は、おばーちゃんのものだった。
「おばー……ちゃん?」
顔を上げると、さっきまでおばーちゃんがいた出入り口付近で買ったばかりの服の紙袋が乱雑に床に落ちて、中身が床に散らかるところだった。
今まさに落ちているのは決して安くなんてない服なのに、一瞬も躊躇わず私のところに駆けつけてくれたことが嬉しくて、円香の腕は無意識におばーちゃんを抱きしめていた。
「……こら。」
「…………、ごめんなさい。」
いつもよりちょっとだけ低い声に、つい謝ってしまう。
「大丈夫ですか!?」
遅れて、店員さんが落ちていた服を漏れなく綺麗に畳み見直して慌てた様子で駆けつけた。
「ありがとう。でも遅いわね。……危ないと思うよりも早く守り切りなさい。」
「は、はいぃッ!?」
店員さんがびっくりして、教官に怒られた隊員さんみたいに背筋をピインと伸ばしていたが、その頬はほんのり赤く染まっていた。
……ありゃ堕ちたな。おばーちゃん、美人だし。
「……さて、怪我してるのを黙っていた悪い子にはお仕置きが必要ね?」
おばーちゃんがちょっとワルい笑みを浮かべた。
「よろしくお願いしますッ!///」
「貴方じゃないから……。」
「は……ッ!?すみません///」
おばーちゃんのことは大好きだけど、この店員さんみたいに、時々初対面の人を可笑しくしちゃう所は嫌い。
「……あら?」
店員さんから紙袋を受け取ったおばーちゃんが何やら不審がっていた。
「どうしたの?」
「……軽い。」
「え……?」
おばーちゃんは紙袋の中を漁ると、
「……足りない。」
「何が?」
「スカーフが無い。」
「そんなことは……!?」
店員さんが慌ててレシートと紙袋の中身をチェックし始めた。
「ねえ、スカーフってもしかして……、」
円香が吹き抜けになっているショッピングモールの向こう側を指差すと、その先にはダウンジャケットにジーパン姿の細身の青年が服装に似つかわしくないラグジュアリーな紫色のターバンの様なものを頭に巻きつけて悠々とエスカレーターを下ろうとしていた。
「……ッ!!!」
「アうわっ!?」
円香が『アレ』と言い終えるよりも早く、おばーちゃんは円香をお姫様抱っこしてものすごい速さで通路の手すりまで走ると、手すりを踏み台にしてエスカレーターの真上まで跳躍した。
「おばーーーちゃん!?」
「……なんだ?」
紫ターバンの青年が上を向くと、円香をお姫様抱っこしたおばーちゃんが眼前に迫っていた。
「でぇぇえやぁぁああッ!!!」
青年が状況を認識するよりも早くおばーちゃんの後ろ回し蹴りが紫ターバンの青年のこめかみを蹴り抜けた。
「ぐほあっ!?」
青年は下のフロアの通路までぶっ飛び、解けた紫色のスカーフがヒラヒラと円香の上に落ちてきた。
「ふぅ。一件落着ね☆」
「やり過ぎだよぉ!?」
「そんなことないわよ。円香ちゃんへのプレゼントをパクって生きてるなら儲けものじゃない?」
「えぇぇ……。」
「さ、服受け取って帰りましょ♪」
おばーちゃんは円香に笑いかけると、ニコニコしたままお姫様抱っこの状態で悠々と通路を歩き出した。
「いや下ろしてよ!?」
「下さないけど?」
「流石に恥ずかしいよ……///」
「お仕置きなんだから我慢しなさい♪」
「ちょっと〜〜!?」
円香が抗議している間も、おばーちゃんの歩みは止まらない。
「おいこらテメー……!」
「……。」
と思ったら、後ろからドスの聞いた声がしておばーちゃんは足を止めた。
「『テメー』……?」
おばーちゃんの声が一転して不機嫌なものになった。
「テメー以外いねーだろ!?人の首どーしてくれとんのじゃ!?」
「どう……?」
おばーちゃんが円香をお姫様抱っこしたまま振り返ると、さっきの青年が60度程首を傾げたままガンを飛ばしていた。
「……やだ。円香ちゃん抱っこして浮かれてたらちょっと手加減し過ぎちゃったみたいね。」
「ふぅざけてんのかテメー!!」
「アナタ……。さっきから『テメー』『テメー』って、誰にものを言っているのかしら?」
「知るかっ!?」
「知りたいならまず自分から名乗るものでしょう?」
「別に知りたかねーっつの!」
「……。」
おばーちゃんは飛び退いて適切な距離を取った。
「君にワンダーとってもスイート!」
おばーちゃんは今まで円香が幾星霜と見て、完コピするまで練習してきたシュガー・パティシエールと寸分違わぬ迫力で名乗りを始めた。
「最強最高の菓
「え……?」
「…………コホン。」
「おばー……ちゃん?」
「…………、そう!最強最高のおばーちゃん……!『バニーユ・マドレーヌ』!!」
おばーちゃん、改めマドレーヌは痛快な口上と、決めポーズ……はできないので円香をお姫様抱っこしたまま青年に自己紹介をしてみせた。
「いや、どう見ても『おばーちゃん』なんて見た目じゃ
青年が突っ込もうとした瞬間、青年がこめかみに重機がぶつかったかの如く重い衝撃を覚えると、ブレイクダンスの様な体制で通路を転がされていた。
「ぶべら……ッ!?」
「私が円香ちゃんのおばーちゃんに見えないって……?」
「今のは褒められてた気がするんだけど……。」
「あら?誰がなんと言おうと、私は円香ちゃんのおばーちゃんだし、円香ちゃんは大事な私のひ孫よ……!」
「う、うん……///」
「てて……、何しやがんだバ
青年が罵倒を終える頃、青年の後頭部はマドレーヌの足に踏みつけられ柔軟が特技な人の開脚の様な体制で120度脚を開いて倒れていた。
「ブら……ッ、」
「誰が『ババア』ですって……?」
「うわぁ理不尽……。」
「そう?」
マドレーヌは飛び退いて間合いをとった。
「ちくしょ……。」
青年がふらつきながらなんとか立ち上がると、携帯していた折りたたみ式のナイフを展開した。
「下手に出てりゃ調子に乗りやがって!!」
「ハンバーグをご所望なら、ファミリーレストランは上の階よ?」
マドレーヌは吹き抜けの反対側にある上のフロアの一角を顎で指した。
「ちょっと!?流石に煽る所じゃないって!危ないから私下ろし
「馬鹿にしやがってえぇぇ……ッ!!」
マドレーヌは逆上した青年の突進突きを、風に舞う木の葉の様にいとも容易く躱してみせた。
「てぇえッ!?」
「……『危ない』なんて、誰に言ってるのかしら?」
「おばーちゃんだって!?」
「フフ♪面白いこと言うのね?この世に私の腕の中より安全な場所なんて無いのに♪」
「……それ、あんまり他人に言っちゃダメだよ?」
「じゃあ円香ちゃんにだけ言うわね♪」
「わざとやってる……?」
この美貌と強さで、お姫様抱っこされてそんなこと言われたらひ孫でもなきゃまず『堕ちる』。……さっきの店員さんがやられようものなら辺り一面鼻血の海だったところだ。
「無視してんじゃ
青年が額に青筋を浮かべてマドレーヌがいた場所をナイフで薙ぎ払ったかと思うと、
「ぬバ……ッ!?」
青年の後頭部は再びマドレーヌの足に踏みつけられ、柔軟が特技な人の開脚の様な体制で180度脚を開いて倒れていた。
「構ってほしいならしばらく床になってなさい。……踏んでてあげるから。」
マドレーヌは絶対零度の眼差しで青年を見下ろした。
「……グホァッ。」
マドレーヌが青年を足蹴にして押さえつけていると、やがてショッピングモールの警備員が駆けつけ、ひったくりの現行犯ということで青年は奥に連れて行かれた。
「……さて、移動移動♪」
「早く下ろしてよ〜……///」
「何言ってるの、まだお仕置き執行中よ?」
マドレーヌは円香をお姫様抱っこしたままショッピングモール前の広場まで出ると、[こしぬけチキン]と書かれたのぼりのすぐ横にある見覚えのあるキッチンカーの前で立ち止まった。
「これ、どこかで……。」
「……。」
マドレーヌは無言でキッチンカーの後ろに回り込むと、おもむろにポッケから鍵束を取り出し背面のドアを開錠した。
「え……?」
「お邪魔するわよ。」
「どぅわぁぁぁあ!?」
マドレーヌが円香を抱いてキッチンカーに上がり込むと、お昼に備えて営業準備をしていたいつかのヒヨコ型宇宙人がびっくらこいて隅っこまでものすごい速さで後退りした。
「ナゲットさ
「ママママッ、マドレーヌさん!?」
ヒヨコ型宇宙人は円香よりもマドレーヌに反応して腰を抜かした様だった。
「なんだ、いたのね。」
「ノックぐらいしてくれよ!?」
「円香ちゃん、ナゲットのこと知ってるの?」
「まあね♪」
※9話参照
「ん……?」
ヒヨコ型宇宙人、改めナゲットはようやく円香の存在に気づいて円香に目を向けた。
「なんで嬢ちゃんがマドレーヌさんと一緒にいるんだ?」
「ひ孫なの♪」
「どぅええ!?マジか。世間って狭いもんだなぁ。どうりで似てる訳だ……。」
「えへへ♪ナゲットさん、おばーちゃんとも知り合いなの?」
「おばッ!?……まあ、ひ孫の特権か。マドレーヌさんはすんげぇぇえお人なんだぞ?なんたって
「ナゲット?」
「ん"ん"……ッ!ま、武勇伝は『おばーちゃん』に聞かせて貰うんだな。」
ナゲットはようやく抜けた腰が治ったのか、手すりに掴まりながら立ち上がった。
「……で、わざわざ中まで上がり込んで来るたぁ、どんなご用件で?」
「……そうだった。アナタに構ってる場合じゃなかったのよ。」
「とんだ当たり屋だな……。」
マドレーヌが慣れた手つきでキッチンカーの引き出しを引っ張り出すと、布団を敷けばベッドになりそうなサイズ感の台が出てきた。
「ちょっとここ借りるわね?」
「ど〜せ拒否権ねえんだろ?」
「よくわかってるじゃない♪」
マドレーヌは台の上に円香を仰向けに下ろすと、入ってきたドアと窓、カーテンを閉めてキッチンカーの中が外から見えない様にした。
「おばーちゃん、何を……?」
「いい?円香ちゃん。」
マドレーヌは円香の額の上に優しく手を置いた。
「これからちょ〜っと痛いかもしれないけど、私がもう一度こうするまで目を瞑って耳を塞いでいてちょうだい?」
「え、何するの……!?」
「はいっ、目ぇ瞑る!」
マドレーヌは額の上に置いていた手を下ろし、そのまま無理やり円香の瞼を下げさせた。
「えええ!?」
「諦めな嬢ちゃん、マドレーヌさんを止めんのは無理だ……。」
ナゲットの声には諦めと哀愁が漂っていた。
「はいっ、耳も塞いでね♪」
円香はマドレーヌに手首を掴まれ半ば強引に自分の手で耳を塞がれた。
「……よし。」
マドレーヌは首に巻いていたスカーフをはだけると、真っ白な背面に
[シュガー・パティシエール 設定資料]
とマジックで書かれたディスクを、スカーフの下から露わになった、シャンティやバルデと同型のディスク挿入口に挿入した。
「……あ、見物量はこのキッチンカーで良いわよ♪」
「もともとマドレーヌさんのもんだろう……。」
「あら、そうだったわね。」
マドレーヌは口元を手で隠して上品に微笑むと、白とピンクを基調としたポップでスイートなショートドレス姿……、
『バトルシエ闘度100』のゲームディスクに描かれた少女がちょうど成人まで成長した様な容姿の、シュガー・パティシエールへと変化した。
「名乗りは省略……ッ!」
「良いって、もうさんざん知ってっから。」
「そう?今ならこしぬけチキンの在庫分で手を打つわよ?」
「……なんかすんだろ?さっさとしちまえって。」
「そうね。」
マドレーヌ、改めシュガーは太極拳の様な動きで滑らかに腕を動かすと、両手がほんのり桜色の光を纏った。
「『キュ……』、おっと。服を脱がさないと。」
「俺ぁ外出てっから終わったら教えてくれ。」
「そう?見物量は命で良いわよ?」
「まだ死にたくねえんでな。」
ナゲットはキッチンカーの後ろのドアから外に出ると、外から施錠した。
「……じゃあ改めて。」
シュガーがまた太極拳の様な動きをして両手にほんのりと桜色の光を纏うと、
「『キュアスプリール……、
グロテスクな青痣に覆われた円香の脇腹に手を添え、
「指圧ッ!!』」
「ぃぃいいっッ!!??」
指圧した。
「少しの辛抱だからね?」
「ぃぁ"ぁ"う"……ッ!!」
円香は目を瞑って耳を塞いだまま、時々……と言うには頻繁に苦悶の声を漏らして、痛めの美顔エステくらいの痛みに5分ほど耐えると、額に手を置かれる声がして目を開いた。
「……おばー、ちゃん?」
円香が目を開くと、シュガーの代わりに、膝に手をついて肩で息をするマドレーヌの姿があった。
「お腹は……どう、かしら……。」
「お腹……、」
円香が患部の脇腹に視線を落とすと、グロテスクな青痣は跡形もなく消え失せ、健康的な肌色に戻っていた。
「え……!?すごっ!?おばーちゃん何したの!?」
「ちょっと……、マッサージを……ね。」
マドレーヌがふらつきながらキッチンカーのドアを開けると、円香が台から飛び起きて軽やかな足取りでキッチンカーを降りた。
「おお、元気になったな嬢ちゃん!」
「おばーちゃんのお陰でね♪……って、ナゲットさんに怪我のこと言ってたっけ?」
「……会話の端々(はしばし)で苦しそうな声してたぞ。」
「上手く隠せてたつもりだったんだけど
円香がさっきまで痣に覆われていた脇腹をさすろうとすると、突然腰の辺りから持ち上げられる様な浮遊感に見舞われた。
「なあっ!?」
「はいお仕置き再開♪」
気がつくと円香はマドレーヌにお暇様抱っこされていた。
「いやいやいやいや、おばーちゃんさっきめっちゃ疲れてたじゃん!?」
「おん?中から『はっ!』とか『ふっ!』とか聞こえてたが、マドレーヌさんうどんでもこねてたのかw」
ナゲットが半笑いでマドレーヌを煽った。
「あらやだ、こんな所に美味しそうなおうどんが。」
マドレーヌは冷淡な声で詰め寄ると、獲物を狙う猛禽類の様な鋭い眼差しでナゲットを睨んだ。
「おお怖っ!?俺ぁ店の準備すっから後で買いに来てくれよな〜!」
ナゲットは逃げるようにキッチンカーの中に引っ込んでいった。
西の空から黄金色の日差しが差し込む頃、マドレーヌの家の玄関前。
「円香ちゃん、本当に泊まっていかなくていいの?」
「バス使えば30分もかかんないし、また来るよ♪」
「1人で寂しくない?」
「うん♪1人じゃないし。」
「……そう。」
「ねえおばーちゃん?」
「なぁに♪」
「やっぱりその、服……。」
円香はマドレーヌセレクトの胸元が開いた大胆な服をショッピングモールからずっと着せられていた。
「返してくれないの……?」
「今度会いに来たとき、ね♪」
「そんなことしなくても会いに行くのに……!」
「はいはい、ほら帰った帰った。」
「……うん。またねおばーちゃん!」
走り去っていく円香の背中が見えなくなるまで、マドレーヌは手を振って見送った。
「……『1人じゃないし』、かぁ。是非ともお目にかかりたいものね♪」
マドレーヌは含みのある笑みを浮かべ、家の中へ戻ると、テーブルに置かれた1枚の便箋を手に取った。
背景、おばーちゃん。
……って、もうこんなお手紙書かなくても、これからはたっくさんお話できるね!
お洋服ありがとう!(チョイスにはちょ〜っと問題ありな気がするけど……)
お休みできたらいっぱい会いに行くから、おうどんこねて待っててね♪
「……やっぱり踏んでおけば良かったかしら?」
マドレーヌは1枚の便箋を読み終えると、広げて一冊のアルバムに綴じ込んだ。




